第156話 挑戦という狂気的な性

 ――――遂に、要塞都市・アストラガーロの円形闘技場において、闘技大会が開幕した。





 闘技場の観客席はやはり満員御礼。血気盛んな冒険者も多いが、普段は至って落ち着いて日常を過ごしていると見える住人たちも猛り狂った雄叫びを上げ、猛烈な圧を伴った歓声が絶えない。





 普段静かに、粛々と日常を過ごしている中での唯一の愉しみなのか……はたまた、日頃の労苦で鬱積したストレスを血と闘争の歓喜で晴らそうというのだろうか。この日に限って、闘技場内の熱気と殺気は、娯楽都市・シャンバリアの強欲に目が眩んだ人々の比ではなかった。




 闘技場の内外には少しでも良い席へ座る権利を持つチケットを高額転売するダフ屋が徘徊し、どうやら金銭などを選手たちの勝敗に賭けている輩もいるようだ。





 ――エリーたちは滞在1週間あまりにして、ようやくここ要塞都市・アストラガーロの人々の本質を見た気がした。





 優秀な役人によるとても自治と治安の行き届いた国であり、非常時に極めて適切に迅速に対応出来るだけの人材が豊富にいる。冒険者として世界中を渡り歩いた経験のある者が中心となって作り上げた、なるほど国としての民度も練度も高い処なのだ。





 だが、その内実は人間の持つ欲望と希望、闘争心と探求心…………陰も陽も含め、人間の本性をあらゆる意味で否定しない国のようだ。





 一見相反する、激しい闘争で血を見ることをどうしようもなく好む獰猛さが露出しているかと思えば、困難なことへ挑戦する者や生命と尊厳を懸けて戦う者への敬意と愛すら同居していた。





 ガラテア帝国のように闘争を中心とした『力』を信奉することとはまたどこか違う、人間の在りようを厳しく、かつ柔軟に受け止めている…………実にタフな国民性だ。得ることも失うことも等しく尊び、また清も濁も肯定しているようだった――






「――うっわー……初めて来た時もなんとなく感じたけど……やっぱ大会となるとものすっごい熱気ねー…………」




「――闘技場が……いや……国そのものが見えない炎で燃えてるみたい…………」




「――あア……おめえら気を抜くな――っつうのは野暮な話だな。むしろどう上手く余計な力を抜くかってとこだな。」





「――そのようですね。ここは……娯楽都市・シャンバリアで私欲に突き動かされている人々の熱とは何か違います。もっと危険で獰猛で、かつ静謐なものが同時に渦巻いています。」





「――そんな感じだな。みんな、この熱気に気圧されるんじゃあないぞ。技や力や運の前に……胆力で負けてしまっては話にならんからな……」





「――ハイっス…………!!」






 ――――出場することになったエリーたちは、一度ガンバ、空中走行盤エアリフボード、そして『黒風』から降り、事前に配られた冊子に書いてあった開会の式典通り入場口から入り、国主が座する方へ向けて縦一列に並んだ。





 ――すぐ隣には、これから争い合う他の選手たちが並んでいる。





 使用すると思われる乗り物は、レーシングカーなどはもちろん、小型飛行機、早馬、チャリオット…………多種多様な乗り物で勝負するようだ。皆一様に緊張感が張り詰めつつ、その顔つきは精悍だ。





 ――そして……ただのレースではまず用いられないであろう、銃器や刀剣、薬品などの類いも携えている。無論エリーたちも。これから行なわれるレースの苛烈さが予想出来る。





 ――――やがて、国主・ゴッシュ=カヤブレーが、席を立ち…………登壇してマイク越しにスピーチを始める。新装されたスピーカーからひとたび、ハウリングの甲高い音が響き渡り、全員が身を竦める。やがて観客たちも一度静寂に包まれた。





「――――アストラガーロの国民たちよ。勇猛果敢な冒険者たちよ。そして、生命と尊厳を懸けてこれから戦う挑戦者たちよ。今回もこの神聖な大会に顔を見せてくれたことを心から感謝する。今回の競い合う闘技は、『レーシング』だ。始まればたちまち、過酷で苛烈な闘いが幕を開けるだろう――」





 そこでゴッシュは闘技場全体を睥睨し、軽く咳払いをしてから続ける。






「…………だが、いつもながら私は思う。どんなに過酷で苛烈な勝負に身を投じようとも、その肉体と精神の限界に挑む人間の姿。その鍛え抜かれた心根と努力、肉体は等しく美しい。それは遙か東方に構えているガラテア帝国のような狂信的な力への妄執とは違うものだと私は認識している――――」





 ――ガラテア帝国を名指しし、彼らとは違うことを主張する。これもまた国全体に意識として息づく勇敢さゆえか。





「――闘争の渦中では確かに人間は無慈悲だ。今回もお互いを阻害し、痛めつけ合う苦しいものとなるだろう。だが忘れてはならない…………大事な事は力と技の試し合いでも、利益の追求でもなく――――ただただ目の前の困難と壁を乗り越えようとする、真に尊き人間の魂と、それによって動かされる可能性である、と。」





 ――これから行なわれることが危険な試し合いであることは明白ながら、それでもゴッシュは挑戦する人間のスピリットと熱情こそが大切である、と理想を語る。





「――もう一度言う。今回も危険で苛烈な闘いとなることは明白だろう。もっと平和的なイベントやコンサート、ライヴなどを行なうことも出来るが、私は敢えてこの古来からの闘争の儀を肯定し、執り行う。そこに人間の生命の死以上に、熱量を伴った精神の輝きがあると信じて――――以上。挑戦者たちは配置についてくれ。」





 ――ゴッシュが自らレースのスタート地点に付くことを促すアナウンス。





 ゴッシュの語る理想に従うならばこれは神聖な試合なのかもしれないが――――ライバルを殺してでも勝利を得ようとする闘技大会はやはり野蛮であり、人間が求める精神的な潤いとは言っても過激すぎることは多くの人が自覚していた。恐らくはゴッシュ自身も。





 ――だが、エリーたちも引き下がれないし、負けられない。グロウをはじめとした仲間たちの未来の為に――――野蛮であり、狂気的である。と同時に、人間の持つ開拓者精神フロンティアスピリッツにも似た限界へ挑戦するという本能と本性。それらがこの闘技大会そのものを突き動かす原動力なのだろう。





 皆、己の乗り物に搭乗し、ある者はエンジンを吹かせ、ある者はもう一度入念に全身をほぐす。





「――よっし。イロハちゃんの作ってくれたこのブーツも異常なし。すぐにでもぶっ飛ばせるわ。」




「――こちらテイテツ。ガイ。ガンバの動力部や燃料、操縦系に異常は無いか確認を。」




「――オーライ。どこもおかしくはねえよ。エンジンも充分に温まったぜ。」





「――で、出来るだけ人が死なないようにしたいな…………僕たちはもちろん、他の人も――」





「――はっ、よっ――――ふうーっ…………私も空中走行盤も調子は良い。グロウ。もうそんな甘えはいい加減割り切れ。この勝負は……恐らく、自分の身を守るだけで精一杯だ。」





「――おっしゃ…………みんな、心してかかるっスよ――――!!」






 ――エリー一行はもう準備が完全に調った。不安と恐怖を振り切り、闘技場内のトラックの上で陣取り、スタンバイ状態だ。






「――――では、闘技を始めるぞ。3……2……1――――」






 ――カウントダウンが終わる刹那。全員の目に勇気の火が燃え始め、その顔つきを煌めきと共に引き締め、力を込める――――





「――――スタートッ!!」





 ――――ただの戦闘とは違う、あるいはそれ以上の戦いの幕が上がり切った――――

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