第16話 凍てつく獅子・リオンハルト

 ――急発進。そして急カーブ。



 無茶な運転ながらもガイは必死にハンドルを切り、エンデュラ鉱山都市にガンバを走らせる。




「――いたぜ、セリーナだ! おお、荷物を取り返したみてえだぞ!!」



「あれは……ガイたちのガンバか。無事あっちも取り返したか。早かったな」




 互いに必要なものを取り返したことを確認しながら、立ち止まって再会する両者。




 まずはセリーナの方から、急停止したガンバに駆け寄る。




「見ての通り、取り返してきたぞ。ガイ、ほら。テイテツも」



 ガイに刀を2本、テイテツに光線銃ブラスターガンと端末を渡した。



「――でかした、セリーナ。すぐにエリーの所へ戻るぞ」



「私も乗せてくれ。空中走行盤エアリフボードも脚部噴射機工もバッテリーとガスが心許ない。それに、テイテツに見せたいものが……」




 セリーナは一旦大槍を小さく収納し、後部座席へと素早く乗り込みドアを閉める。そして、テイテツへ先ほど見つけた薬剤を渡す。




 セリーナが乗り込むと同時にまた車体を急発進させた。




「テイテツ。貴方ならこの薬剤がどんなものか、はっきり解るだろう?」




「これは……」




 テイテツは赤く光る溶液とカプセル類を一瞥し、念の為取り返したばかりの端末でデータベースを検索した。





「――ええ。確かにこれは危険な物です。エンデュラ鉱山都市がガラテアの支配を受け入れた中に、『これ』が含まれていたとすると、事は予想以上に大きい。エリーの身も危ういですね」




「どういうこった、テイテツにセリーナ!?」




 オトリを任せたエリーの身に予想以上の危険、と聴き、思わずそう聞き返すガイ。




「説明は……移動しながらにしましょう。一先ず運転に集中してください」




「……おう」




 ガイは頷き、エリーの許へと戻るべく、アクセルをさらに踏み込んだ――――





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「ハアッ……ハアッ……ハアッ…………」





 ガイたちが着々と反撃の準備を調える中、エリーは疲弊しきっていた。




 既にエリーは独断で35%近くは『鬼』の力を開放していた。




 そうしなければ、もたない。




 そうしなければ、今この瞬間まで生き延びられなかったからだ。




 ――目の前の男たちを殺さない程度に再起不能にする。




 エリーはそれを鉄則として戦い続けていたが…………あまりにも『タフ過ぎる』。




 攻撃を当て続けているのに、全く昏倒する気配がない。




 取り囲む男たちの底なしの、異常なスタミナの前に、エリーですらも疲弊でダウンしてしまいそうだった。




「……ハアッ……た、頼むから……もう倒れてよー……これ以上『鬼』の力を開放したら…………あんたら死ぬのよ……あたし自身も、どうなることやら――――」



 エリーの言う通り、あまりにも長時間『鬼』の力を開放すれば、どんな恐ろしいことになりうるのか。それは誰にもまだわからない。



 わからないが、少なくともエリー自身の経験則から言えば、大抵は精神的なコントロールを失って暴走状態となり、周囲を焼き尽くし、皆殺し尽くすことは明白だった。




 今までは鏖殺おうさつした後で正気に戻って何とかその場を去る事は出来た。しかし、正気に戻ったと同時にエリーの眼前に広がるのは焦土。良くて五体満足でいられなかった人間の惨殺された焼死体だ。エリーたちは生き延びる為とはいえこの過ちを幾度となく繰り返してきた。




 そして生き延びることは出来ても、無惨な結果を見て空虚と悲しみに沈み、己の生い立ちを呪ってきた――――加えて、グロウが加わって不殺ころさずを意識し始めている。



 長時間の『鬼』の力の開放で、もしかしたらただ辺りを焦土にしてしまうよりももっと恐ろしいことが起きるかもしれない。故にエリーは力を抑えながらも男たちと戦い続けてきた。誰一人殺すことなく窮地を脱する為…………。



 35%の力の開放でも、既に2時間近くは戦い続けただろうか。エリーも疲れ切っていた。




 そして、『力』の暴走は『精神』という名の己の『制御』を失ってから起きるものだ――――





「フゴーッ……フゴーッ…………ぐおおおおおおッッ!!」




「うわっと! でりゃあッ!!」




「ブグッ…………むうううううう…………!」




 また男が一人突進してきて、躱しつつ一撃。




 エリーの怪力ならばとうに大事な骨も筋も砕かれているはずなのに、男たちは悶絶すらせずに目を真っ赤に血走らせ、呼吸は荒く、体力は漲っていた。





「――ハアッ……ハアッ……お願いだから……一人ぐらい倒れてよ…………これ以上戦ったら、あたしの制御が……どうなるか――――」





 無限とも思える男たちのスタミナを前に、エリーの視界が霞み、暗くなってくる――――





「……リー…………エリー…………!!」





「――はっ――――」




「エリー!! 待たせたな、無事かっ!?」




「――ガイ!! みんなも――――!」




 愛しき恋人の力強い声に、エリーは目を見開き、閉じかけた意識をハッキリと取り戻す。




「――どきやがれええい!!」




 ガイはガンバを荒々しくかっ飛ばし、エリーを囲う男たちを薙ぎ倒しながらエリーの許へと戻ってくる。




 車の突進だけでなく、テイテツが出力を下げた光線銃で撃ち、セリーナがガンバの車体の上から大槍を振るう。ある者は焼き焦げた服で転げまわり、またある者は大槍の一閃で大きく突き崩されている。




 ――遂に、ガイたちはガンバと武器・道具類を取り返してエリーの許まで戻ることに成功した。





「――ガイぃ~……遅いよお…………もうちょいで、あたしが、あたしで無くなるとこだったじゃあないのお~…………」




 途端に安堵し、一旦『力』の開放度を緩めてへたりこむエリー。



「……すまねえ。ちょいと手間取っちまった。この様子だと、一人も殺さずやり過ごせたみてえだな――――よく頑張った。」




 テイテツ、セリーナ、グロウがエリーを囲むように円陣を組む中、ガイはしっかりとエリーを抱きしめ、頭を撫でて親愛を以て慰めた。




「――だが、まだやり過ごせたわけじゃあねえ。俺たちも戦う! 戦って、全員で抜け出すぜ!!」




「――うん!!」




「エリー。これを」




 テイテツがエリーに投げて渡したのは、ゼリー飲料型の栄養補給薬だ。すぐさま飲み干し、汗で大量に消耗した水分と栄養、精神力を補給する。




「――みんな、気を付けて! こいつら……ただの人間じゃあないよ。何度ぶちのめしてもぶちのめしても立ち上がってくる……底なしの体力よ!!」




 ガイも2本の刀を両手に構えつつ、低く押し殺したような声で呟く。




「底なしの体力だと……? この鉱山の言い伝えに、ガラテアの鳥頭野郎共の干渉――――まさか――――」



「――恐らく、そう考えて間違いないでしょう」




 テイテツもガイの疑念に、いつもの通り抑揚も感情らしさもなく答える。その焦りも怒りもない返答が、なおさら事実として事の重大さを皆に伝えていた。




「……なんてことを…………やはりそうなのか!? ――許せん!!」




 セリーナは一人、臓腑から気炎を吐いて激怒する。




 ガイはひと呼吸した後、皆に指示を叫んで伝えた。




「――いいか! これが本当なら、案外悪いのは鉱山夫どもだけじゃあねえかもしれねえ! 殺さねえ程度に叩きのめして、とにかく戦力を削ぐぞっ!!」




「うん!!」

「了解」

「……わかった」

「ほ、本当に…………?」




 皆が同時に首肯する中、グロウは未だ躊躇いを捨てきれずにいた。




「……まだわかんねえのか、グロウ!! これは生き残りを懸けた殺し合いだ…………荒野でセリーナに殺されかけた時とはヤバさが段違いだッ!!」





 一喝するガイ。




「………………」




 グロウは煩悶の念が面から抜けないが…………黙って首を縦に振った。




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 処が変わって、先ほどガイたちがガンバを取り返した、ガラテア駐留部隊の兵舎より、動きがあった。




「――はッ。間違いございません! エンデュラ鉱山都市の者どもが鹵獲してきた偽装軍用車両……それも、元々は我が軍の専用機を改造したと見られる車両を、3人の容疑者が奪い去った様子を目撃致しました! 取り逃してしまったことは真に不覚…………ッ!! 厳罰を甘んじて受けるつもりであります!!」




 奥地での鉱山夫たちとエリー一行の争いを確認し、兵士たちが銃器を手に走り回る物々しい空気の中、先ほどガイたちに拳銃を向けた兵士数名が、目の前の座椅子に掛ける将校に報告していた。




「――貴官らへの厳罰など、今はどうでもよい。貴重な兵力を失うだけだ。それよりも、鹵獲していた車両は元々我が軍の物だった、と?」




 椅子に腰掛ける将校は、身体は机の方を向きながら、ただただ自らの装備を点検している。




「……はっ。それは間違いございません。重ねて申し上げます!」




「ふむ……そして、彼奴等が宿帳に記していった者どもの名前と、守衛が身分証明の際に確認した写真と、撮った写真……彼奴等が騒ぎを起こしている当人である可能性が極めて高い、か…………」




 将校は点検の片手間、リスト化した書類のコピーを確認し、むう、と唸る。



「エリー=アナジストン……ガイ=アナジストン……セリーナ=エイブラム……テイテツ=アルムンド……そして新規に戸籍を作成したこのグロウ=アナジストンとかいう謎の少年――――我らが相手にしている者どもは、予想以上に我が軍の覇権にとって、多大な影響があるやもしれんな――――」



「……閣下……多大な影響、とは……?」




 閣下と呼ばれた将校は、机に置いてある真っ黒いコーヒーらしき茶を、一口大きく啜る。




「――いや。まだ私の単なる憶測に過ぎんよ。ただの腕の立つ冒険者風情かもしれん。今は、な――――」




 将校がリストを捲ると――――エリーがナルスの街で、戦車を放り投げる瞬間を捉えた写真も、鮮明に刷られていた。




 数秒の沈黙ののち――――将校はすくっ、と立ち上がり、装備品を自らの軍服に巻きつけた。




「――これより、エンデュラ鉱山都市の鉱山夫どもと冒険者どもの暴動の鎮圧に向かう。指揮はこの私――――リオンハルト=ヴァン=ゴエティア准将が執る。各員、速やかに装備を調え車両に乗り込め」



「――はッ!!」



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 それから30分ぐらいだろうか。




 エリーたちは鉱山夫たちと再び戦い続けた。




 今度はガイの決断――――グロウからすれば断腸の思いにも等しいが、殺しはしないまでも、男たちが二度と襲い掛かれぬように人体の要所を攻め続けた。




 まずは眼を潰して視界を奪い、耳を切りつけ聴覚を不能にし、鼻も叩いて野獣そのものな男たちの嗅覚を消した。




 そして出血多量で死なぬよう図りながら……男たちの腕や脚の大事な腱を切りつけ、断っていった。




 エリーは体術で腕や脚をわざと複雑に折れるように骨を打ち、ガイは刀の刃で、セリーナは槍の刃で容赦なく五感を潰しながら手足の腱を断った。テイテツは光線銃の出力を巧みに調節し、男たちの衣服を燃やしたり、威嚇射撃を行なう。




 そんな中、グロウは――――



「うばあああああッ!!」



「ひっ……!」




 逆上した魔獣の如き咆哮を上げ、男がグロウに迫る! 





「――グロウ!! 躊躇うな! いけ!!」




「――うっ……わあああっ――――」




「――ふがああああっ!? ……あ、足が、痺れて――――」





 ――グロウは、今になってようやっと自分に与えられていた武器――――ボウガンのトリガーを引き、矢を射った。





 矢には殺傷力はそれほど無いものの、強力な神経毒が塗ってある。まともに当たれば、まず麻痺して全身が動けなくなるほどの…………生命を奪うことを嫌うグロウに、最大限譲歩してエリーたちが渡した武器がボウガン。弓矢の類いとした。





 ようやっと戦う覚悟を決めたグロウも、敵の戦力を削ぐべく、慣れない手つきで向かってくる男たちに矢を射る。




 勿論、エリーたちも引き続き戦い続ける。敵が音を上げるまで――――




 しかし――――




「グッ、グルルルルウルルルル…………」




「なっ、何…………!?」


「な、何なのよ、こいつら!?」


「ちいっ! ば、化け物どもめ……!!」




 エリー、ガイ、セリーナが驚嘆する。




 それもそのはずだ。




 五感を潰し、手足の腱を断っているはずなのだ。




 なのに、男たちは……ほんの少し動きを止めただけですぐに回復し、また襲い掛かってくる!! 




「――やはりそうですか。これはエンデュラ鉱山都市における伝承での『悪魔』の力をとうに超えています。彼らが『こう』なってしまったのは――――」





「――何事だ!! 者ども、鎮まれぃ!!」





 テイテツがそこまで言いかけた時……気が付けば、鉱山夫の群れの外側を、さらに車が包囲していた。




 包囲している車に一つ残らず刻まれているレリーフは、『鳳凰』。そう――――




「ガラテアの駐留軍ども……ようやくおいでなすったか…………」




 車から無数の兵士たちが出てきて、将校らしき者が高所からけたたましい声を上げる。




「エンデュラの鉱山夫ども! やたら外に出て騒いでおるかと思えば、たかが5人の冒険者に、何を手こずっておるかッ!! この――――」




 将校の一人が、どでかいライフルの銃口を鉱山夫の頭に突き付ける。




「ど、ど、どうかおやめください! 殺すことだけは…………何卒、お慈悲を――――」




 すると、兵たちに連行されてきたと見える年老いた男が、必死の形相で将校を止めに入る。




「――よせ。エンデュラの者とはいえ、貴重な労働資源だ。無闇に殺すな――――だが、都市長。それも私の胸先三寸であることは覚えておきたまえ。」




「は、は、はい…………」




 そう冷たく言い放ち、都市長と呼んだ老人を兵士と共に連れ歩くのは――――先ほどの兵舎での『閣下』だった。




「――鉱山夫ども。道を開けろ。邪魔だ。」




 だが、異常に闘争心と精力が過剰に漲っている鉱山夫たちは、まるで聴こえていない。依然として唸り声を上げている。




「――ちっ。獣どもめ――――」




 『閣下』は、何やら薬剤の入ったカプセルを包んだ特殊な弾丸を拳銃に込め――――天に向けて撃ち放った――――




「!! みんな、耳塞いで!!」




 エリーは咄嗟に、そう叫んだ。





 パンッ……ヒュイイイイイイインンンンン…………。





 一瞬の破裂音ののち、鳥の甲高い鳴き声を思わせる高い音波が鳴り響き――――鉱山夫たちは、まるで時が止まったかのように、ぴたりと動きを止めてしまった。




 そして、止まった鉱山夫を分け入り、将校がエリーたちの前に出て、言い放つ。




「――我が名は、ガラテア帝国軍中枢参謀士官・リオンハルト=ヴァン=ゴエティア准将である。諸君らに訊きたいことがある――――」





 リオンハルトと名乗る軍人は、エリーが出会ってきたどの人間よりも冷たい目付きと、声色をしていた――――

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