第17話 『自由』への意志と『果てなき約束の大地』

「――リオンハルト…………准将……ッ!?」




 現れた男の呼び名にまず驚嘆したのは、ガイだった。




 准将と言えば、軍隊の中でも非常に高い階級だ。上には少将、中将、大将(将軍)……特殊な任についていて例外的に階級以上の責任ある軍人もいるにはいるが、その3つぐらいしかいない。




 だが、そんな高官にしては『若過ぎる』。外見だけを見れば、エリーやガイとそう変わらない……20代ぐらいの青年にしか見えない。




 しかも、そんな高い階級に任じられる軍人は、ほぼ後方勤務。このような地方にまで出向してくること自体稀である。




「――ですが、それはガラテア帝国軍に関しては、それほど階級というものが決まった役職……というわけではないのです」




 テイテツがガイの疑念を察し、答える。





 テイテツは元々ガラテア帝国軍の下士官だ。研究職だったとはいえ、軍の動き方には精通している。




「ガラテア帝国軍は、只管に『力』を信仰する組織です。武力は勿論、知力や技術力、生産力や記憶力、未知の能力までエトセトラ……何らかの『力』を御せる軍人ならば、階級はそれほど関係ありません」




 ――武勇に優れた者ならば例え下士官でも軍勢を大隊規模以上で率いることもあり得る。逆に武力はそれほどでなくとも、作戦参謀として卓越したものがあれば若者でも、非戦闘員に近くとも将官になり得る。



 故に、准将ほどの高官であっても地方を駆けずり回り、青年ですらも指揮を執る。階級が示すのは、精々軍にとっての重要度や扱いやすさなどの待遇ぐらいのものだろう。




 これまでのガラテア軍の強硬で高圧的、狂信的な側面を見れば意外なほどの柔軟さとも言える。世界一の軍事超大国の組織と言えども、一枚岩ではないということなのだろうか。




「――冒険者……エリー=アナジストン一派だな? ガイ=アナジストン、テイテツ=アルムンド、セリーナ=エイブラム……そしてそこのグロウ=アナジストン――――貴様らに訊きたいことがある。」





 リオンハルト准将は、とても若者とは思えぬほどの冷静さ……そしてどこか老成でもして、達観し切っているかのようなドライさを感じさせるトーンで、無表情のまま尋ねてくる。




「――何だア!? ガラテア軍のおエライ准将サマよ。生憎、俺たちゃ誰一人として軍に興味なんざねエよ。無関係だ。それより、ここの……エンデュラの野郎共は一体何なんだァ!? 街の男ども全員、女子供を組み敷く変態野郎共かよ。笑えねえ冗談だぜ――――」





「――質問するのはこちらだ。それに……我が軍と貴様らは無関係ではない。」




「――何ィ――――?」




 高圧的な軍人を前に凄んで見せるガイだが、リオンハルトは全く意に介さず冷酷にそう告げる。エリーを始め皆が必死に戦って疲弊した中に、突然現れ悪漢たちを弾丸の一射でこの状況を御している事実そのものが、そのままエリー一行との会話の主導権イニシアチブを握っているようであった。




「まず……そのショッキングピンクの髪。エリー=アナジストンは我が軍が秘密裏に研究していた生物兵器『オニ』と人間の遺伝子混合ユニット素体と特徴が合致する。実験隊は壊滅したが、言伝に我が軍の研究機関に情報が繋がった。相当に強い『力』を持っているな……」




「!!…………」




 己の素性をあっさりと看破され、焦りの生唾をごくり、と飲むエリー。




「テイテツ=アルムンド……元々は我が帝国軍の研究員であった男……人格的には激情的で、対人コミュニケーションに難のある科学者であったが、ある日突然、何らかの施術を施され、出奔。生物兵器『オニ』に関する資料や拘束具を持ち去った、と……」




「――え!?」

「テイテツが……激情的だと……!?」





「はい」





 自分について尋ねたことの最低限しか答えてはくれないテイテツ。元々どういう人物だったのか。その情報の一端を聞き、エリーとガイは驚いた。当の本人は平生と変わらぬように何の感情のブレもなく肯定するのみだが…………。




「セリーナ=エイブラム……辺境の武人の名家・グアテラの一人娘として生を受け、非凡なる戦闘の才を持つが、当主である父が死に没落……引き取られた我がガラテア領内の貴族の名家から数年で出奔し――――」





「……それ以上言うなッ!! その舌を貫いて首級しるしにしてやるぞ…………ッ!!」





「――ふむ。その戦意、その体捌きを見ると、グアテラにいた当時より武術の腕は全く落ちていないどころか、強くなっているようだな……」




 自分の内面に触れられ、激昂するセリーナの殺気をものともせず、リオンハルトは続ける。





「――そして…………グロウ=アナジストン……と名乗るそこの少年――――貴様の正体は一体何だ…………? 全くと言っていいほどデータが無いが……人智を超えた治癒能力に、物質を『急成長』及び『活性化』させる『力』――――制御することが出来るのならば、速やかに我が軍の研究機関に来たまえ。」





「僕が……軍隊に!?」





 いつの間に調べ上げたのか。テイテツですらもつい先ほど推測を立てたばかりのグロウの能力を、もう看破していると言ってもいいレベルまで推察している。




「貴様のその治癒能力に未知の『力』。超能力の類いか知らんが我が軍の最新の研究機関で調べてやろう。上手く運用できれば……戦場は一変するだろう。我が軍の世界制覇が勝ち取れる日も加速度的に早くなることだろう――――他の者も、ただの一介の冒険者にしておくにはあまりにも惜しい人材と戦力だ。我が軍に志願すれば、相応の待遇をやくそ――――」




 ――――ごおおおっ!! 




 と、そこまでリオンハルトが言いかけたところで、エリーは掌から火炎を威嚇代わりに放った。突然の轟炎にエンデュラ都市長は頭を抱えて身を屈める。炎はリオンハルトの頬を掠め、軍帽を吹き飛ばした。髪も少しだけ焦げている。




「――ふざけんじゃあないわよ…………確かにあたしらはあんたたちと因縁がある。『力』も、きっと他の冒険者より強いんでしょ。でも――――あんだけ散々な目に遭わされたあたしたちが、恨みを忘れて『あっそうですかぁ』って志願兵にでもなると本気で思うわけ…………? あたしらは、ガラテア帝国軍に端を発して、こんな『一介の冒険者』やってんの。そうでなきゃみんな不幸なまま野垂れ死んでたの――――あんたたちに従うぐらいなら、死んだ方が何兆倍もマシよ!!」




 エリーは、そう猛然と言い切った。他の仲間たちも、エリーと同じ理不尽な武力弾圧を振りかざすうえ、自国の覇権しか考えていないガラテア軍の傲慢さに反逆の火が目に灯っている。





「――理解に苦しむな。今やこの星を制覇するのに秒読みと言っていい我が崇高なる帝国に下れば……『力』を提供するのならば、地位と名誉……望むならば後方勤務での安全と豊かな暮らしが約束されるのだぞ? みすみす反逆したところで…………貴様らの人生が好転するとは思えんが。」




「――けっ。これだから全くガラテアの鳥頭野郎共には反吐が出らあ! 俺たちの人生は俺たちが自分で決める。てめえらみてえな不幸をばら撒く軍隊に魂を売るなんざ御免被るぜ」



「それに、お前らが言う『豊かさ』など、お前らの凝り固まった合理主義のちっぽけな尺度でしか計っていないだろう。そんな『豊かさ』や地位、名誉などいらん!!」



「私も、今現在付き従い、お世話するのはエリーたちと決めておりますので。ガラテアへ復帰する可能性は0%です。」




「みんな…………」




 口々にエリーと同様ガラテアに服従しないと気炎を吐く仲間たちに、グロウも揺らぎかけた心を留める。




「――グロウは渡さないわ。勿論、この中の誰一人も!!」





 ――反逆の意志の焔をその目に宿すエリーたちを眺めて、リオンハルトは、ふーむ、とひと息唸った。





「――ユニーク。実にユニークな一団だな。明らかにその身を我が軍へ寄進すれば、やがて来たる恒久和平と人類の進化を迎える受け皿の、最先端に位置取れるというのに、それを拒むとは…………そうまでして追求する『幸福』とは一体何なのだ? 実に興味深い。」




 リオンハルトは、別段逆上するわけでもなく、ただ冷淡に目の前の『観察対象』を眺め、独りで何度か頷いている。




「――惜しい。否。実に惜しい……貴様らの『力』を手に入れることに、想像以上の熱量と労苦、人員や資金を費やさねばならぬとはな」





 あまりにも冷静過ぎるリオンハルト。そしてその1ミクロンも自分たちの手からエリーたちが逃れられないと信じて疑わない精神サイコ……不気味な感覚がエリーたちを包んでいる。





「――まあ、よいだろう。いずれにせよ時間の問題だ。貴様らの力を手にするのも――――『創世樹』が存在する『果てなき約束の大地エデン』を見つけることも、な――――」








「――『創世樹』? ……『果てなき約束の大地』…………それってどっかで――――」





「貴様らのことは、我が軍の上層部に情報を共有しておく。そしてこれから先、徹底的に『観察マーク』しておこう。では――――」





 エリーの疑念に答える気もなく、リオンハルトは後ろを向き静かに、もう一度持っている銃を天に向けた。動きを止めている鉱山夫たちの捕縛を『解除』する為だ――――





「――70%開放ッ!! でりゃあッ!!」





 と、瞬間。エリーは『鬼』の力を開放し、飛び出してリオンハルトの拳銃を奪い取ってしまった――――




「――――!!」





 これまで冷酷に言葉を発していた鉄面皮の准将が、思わず目を見開き驚愕した。





「――ふんッ!! みんな、掴まって! セリーナは空中走行盤エアリフボードで!! 今のうちに逃げるよ!!」





 すかさず飛び退いたエリーは、セリーナ以外を掴み、『鬼』の炎を足から爆発的に噴射し――――固まっている鉱山夫の群れからあっという間に飛び去ってしまった。しかも、ガンバもその手に担いでいる。やや遅れて、セリーナも空中走行盤でエリーと同じ方向へ飛び去る。





「――准将閣下! 狙撃の許可をッ!!」




 すぐに部下の将校がリオンハルトに進言し、兵士たちは空を飛び去るエリーたちに銃を向ける。




「――いらん。撃つな。」





 リオンハルトは静かに、自分の銃を持っていた手を見遣る。




 ほんの一瞬、銃を掠め取られただけなのに、手袋が焼き焦げ、皮膚も火傷のような痕がある。俄かに痛みと痒みを感じる…………リオンハルトはその手を握りしめ、拳にした。





「驚いたな。今まで『オニ』の力を制限していたのか…………? しかも、誰も殺さずにこの場を切り抜けようと? ――くっ…………ははははははは…………!」





「じゅ、准将閣下……?」




 突然笑い出すリオンハルトに、部下は不安そうに声をかける。





「――素晴らしい。素晴らしい『力』じゃあないか。気が変わった……この件は私の権限で上層部への報告はナシだ。何としても私が手に入れて見せる――――!」





 そこからすっ、と真顔に戻り、先ほどまでと同じように部下に命令を下す。





「一度、この場を治めるぞ。このまま臨戦状態の鉱山夫共を兵舎に収容しろ。そしてエンデュラ都市長……話がある。我々と兵舎まで来てもらおうか。」



「はッ!!」

「は、はい……」





 兵士たちが敬礼と共に返事をし、都市長は不安そうに頷いた。




 先頭を歩き、将校を引き連れて一足先に向かうリオンハルト…………彼は誰にも聴こえぬように密かに含み笑いと共に、こう呟いていた。




「――面白くなってきた。面白くなってきたぞ。実にユニークな連中だ――――」

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