第18話 帝国の深き闇と光

 ――何とか固まった鉱山夫たちと、隙を見せたリオンハルトを出し抜いてエンデュラ鉱山都市を脱出したエリーたち。




 『鬼』の力で山々を跳躍し続け、ようやく平野部まで逃げてきたところで、ガンバを地に下ろし、ガイ、テイテツ、グロウを離した。




 遅れて、セリーナもやってくる。




「――ふう。みんな、無事だったか? ……ちっ。ちょうどバッテリー切れか……あの宿に行く前に充電チャージしておくんだった」




 セリーナは空中走行盤エアリフボードから降りると同時に、盤面のバッテリー表示部を見て舌打ちをする。




「――みんな無事脱出! よね? ガンバもガソリン、バッテリー両方生きてる!」




 エリーがどっかん、と柔らかい土に下ろしたガンバ。窓越しに運転席の表示をチェックしながら安堵する。




「――あア。出来ることなら鉱山夫どもだけじゃあなく、あの准将閣下の鉄みてえなツラをぶん殴っていきたかったがな。リオンハルトとか言ったか……」




「……はー……もう駄目かと思ったよ…………」




 慣れない修羅場を潜り抜け、グロウは汗をかいて心から安堵の溜め息を吐く。





「――しかし、結局鉱石の売却やあの遺跡でのオーパーツの鑑定……さらに食糧や資材などの補給が出来ないまま抜け出してきてしまいましたね。手持ちの食糧や資材は――――残念ながら少し盗られてしまったようです」





 先ほどエンデュラ鉱山都市で捕らわれていた間に、誰かがつまみ食いでもしたのだろうか。食糧を中心に物資が少し減っている。





 冷静に空を見渡せば、すっかり夜明けを迎えていた。





「――だな。あの糞野郎ども……エリーを犯そうとしたうえに、俺らの大事な食いモンまで盗みやがって――――」





「ガ~イ~♪」




「うおっ」




 当面の危機が去ったと皆が安堵した途端、エリーは猫なで声でガイに抱きついた。





「あたしぃ……これでも恐かったのよォ…………気が付いたらガイと離ればなれでさ……知らない男どもに迫られるしさ~♪ やっぱりガイは頼りになるわあ~! 助けてくれてありがと! それでこそ恋人~!!」




「……バーカ。おめえがそう簡単に他の男に黙って組み敷かれるタマかよ。敵の心配をしそうになったぜ。で、でもまあ……無事で良かったぜ…………はは」





 ガイは照れながらも、くしゃくしゃとエリーの頭を、愛おしそうに撫でた。




「……エリーにガイ。あの、一応私やグロウも危なかったんだけど……」




 存在を忘れられているような気がして、思わず2人にそう話しかけるセリーナ。




「も、勿論、セリーナやグロウ……あとテイテツも無事で良かったぜ! おめえら誰が欠けてもヤバい状況だった――」




「……そんな取って付けたように言われてもな……まあ、いい。しばらく恋人同士の逢瀬に甘んじててくれ……私はテイテツに話がある」




「ねー。どうせなら二人っきりがいーい! 久々にガイと二人っきりがいーのっ!!」




「し、しかしよお……そんな場合かよ?」




「ふふーん、そんな場合だも~ん♪」




 エリーはすっかり若い恋人モードでガイに甘々な状態だ……。




 セリーナは「もう勝手にしてくれ」とでも言いたげに溜め息を吐いた後、腰元のポーチをまさぐる。




「……あった。私のコテージをくれてやる。乱戦の後だし、しばらく休憩にしよう。リフレッシュしたら今後の方針を決めよう……」




「あーりがと~、セリーナ~♪ ほら、行こっ、ガイ! 二人の愛の巣へ~……♪」




「お、おいおい……」




 セリーナがポイっと投げたインスタントポータブルコテージをキャッチし、エリーはガイを連れて近くの岩陰の方へと向かった……。




「……? ねえ、セリーナ。愛の巣ってなあに? 人間は哺乳類だから、巣とかじゃあなくて作るのは家だよね?」




「……私が知るか。後で二人に訊いてくれ…………それよりも、テイテツ。さっきの……」




「――エンデュラ鉱山都市で入手した薬剤のことですね。あれは、確かに――――」






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「――これは、確かに劇薬の部類に入る。だが、それはそちらも理解した上での使用……云わば治験であった。そういう契約で間違いはなかったな、都市長?」




「は、はい……」




 一方のエンデュラ鉱山都市では、兵舎で例の赤い薬剤を手に、都市長を詰問するリオンハルトの姿があった。周りは兵士が固めている。




「……そして、このエンデュラにて土着的に信仰されている……一種の悪魔崇拝の儀式……それを助長する為に用いられた。徐々にトランス状態に陥り、肉体は極限まで滋養強壮され、精力は万倍になる――――」




「そ、そのような言い方をなさらないでください!! 悪魔などではなく、我らが鉱山の神々――――」




「我ら軍人からしてみれば、悪魔か神か、などを論じるのは極めてナンセンスだ。埒外である。事実を述べるのみの建設的な話をしよう、都市長。」




「………………」




 リオンハルトの冷徹な態度と緊張感に、都市長は奥歯を噛み締め、両手に拳を作って己の膝元を握る。





「――ここ、エンデュラ鉱山都市では、元々は至極真っ当な、鉱山資源を資本とする都市だった。だが、ある時期に人口が増え、鉱山資源による貿易だけでは賄えなくなった――――そして貧困に耐えかねた当時の市民は、労働力や腕力に乏しい女子供を口減らしに追放した」




「……はい…………」





「一時はそれで人口のバランスを取り戻し、エンデュラは貧困を脱した。だが、それから数十年ののちに大きな計算違いに気付いた」




「…………」




「子供は勿論、女たちは繁殖に欠かせぬ。生殖は未来へ必要な人材の種を蒔くことであり、土壌であり、未来そのものだからな。女子供が極端に減ったこの都市は廃滅を迎えるのみであった――そこで、鉱山の有力者は考えた。『頼りにしている鉱山の神々に啓示を受けたことにし』、『女子供は他所から攫い』、『その女子供を苗床として、死ぬか、生殖器を破壊してしまうまで監禁する』――――人口が減ったエンデュラは、慎ましき生活を忘れ、女子供を誘拐・監禁し、男性本位の欲望を満たす獣の巣窟のような街と化した――――」





「じゅ、准将殿ッ!!」




 街を愚弄された感覚を受け、思わず都市長は立ち上がる。




「――座っていたまえ。『事実を述べるのみの建設的な話にしよう』と言ったばかりではないか。違うかね?」




「ぐッ…………!」





 都市長は歯を震わせ、今にも呪言をその口から吐き出しそうなドス黒い感情に駆られている。





 だが――――身の回りを包囲するガラテア兵と、エンデュラの過去の『純然たる事実』。




 その状況が、それ以上の都市長の動きを冷たく固めていた。




「――外来の民を喰らうことで、エンデュラは人口を再び回復した……だが、女子供の尊厳を無視し、強引に種を蒔いたその瞬間、ここからは『家庭』という概念は崩壊した。一時人口を回復しようとも、まともなコミュニケーションもコミュニティも築けなくなった都市からは、益々人が離れていった。生命の危険に晒されていた女子供は勿論、嫌気が差した男の若者もな。」




「ううう…………」





「――――そこで、我がガラテア帝国軍に接した際、助けを求めたわけだ。『もっと強い繁殖力なら』。『もっと強壮な肉体なら』、『もっと強い精力なら』……女子供を攫う力を向上し、資本たる鉱石を採掘する生産性を向上し、女子供に種を蒔くペースも落ちないだろうと。正に男性そのものの肉体の『力』を高める方法の教授だ。そして――――この薬剤を我が軍は研究し、提供した……」



 リオンハルトは徐に席を立ち、近くの窓の外を見遣る。



「……はい……で、ですがあまりにも――――」




「そう。あまりにも薬剤の効き目が強すぎた。単なる強精剤や強壮剤のような栄養補助薬サプリメントなどというレベルではなく……強すぎる肉体の精力で理性を益々失ったのだ――――」




 リオンハルトが眺める窓の外は隣の兵舎。エリーたちとの抗争の後、鉱山夫たちを収容した兵舎だ。





 ――兵舎、否。簡易的な『収容所・・・』には、今なお目を真っ赤に充血させ、咆哮しながら檻を壊そうともがく男たちの姿があった。頻りに見張りの兵士たちが電磁ロッドなどで痛めつけている…………。




「女、女女アアアアアアーーーーッッ!! 早くくれエエエエエエエエエエエ!!」



「斬られた所が痛むんだヨオオオオオオオオオオオ!!」



「出してくれえええええ…………早く女や子供を喰わないと――――狂い死ぬウウウウウウウウウウウーーーーッッッ!!」



「ええい! 黙らんか、この野獣共ッ!!」




 ――収容所は鉱山夫が絶叫し、兵士が怒声を発する阿鼻叫喚。強すぎる性欲と、薬剤による自己治癒力の暴走で飢えた野獣のように苦しむ鉱山夫たちで溢れかえっていた。





「――与えた薬剤は始めのうちは適量で、効果も上々だった。疲れ果て、年老いた鉱山夫たちも忽ち活気を取り戻し、労働に従事し、生殖活動も盛んだった。我が帝国軍に対して『長年役立たずだった我が男性自身に力と自信、勇気が漲った』と感謝の手紙を送る者さえいたよ。だが……君たちは薬剤の常習性というものを甘く見ていた。日増しに肉体と精神は、薬が切れた途端の『渇き』を恐れ……やがて過剰な摂取に繋がるのは火を見るよりも明らかであった。ああなれば暴走した治癒力で、性器を根こそぎ去勢したとしてもすぐに再生してしまう。その時点で、彼らの理性が崩壊してただの害獣と化すのは確定したのだ――――」





 リオンハルトは収容所の地獄絵図に氷のような一瞥を向けたのち、静かに向き直り、冷たい視線を都市長にも突き刺す。





「――わかるかね、都市長。君たちエンデュラの男たちは、薬剤の適量を通達していたにも関わらず、ほんの一時の身の充足感や性的な征服感という錯覚を忘れきれずに……濫用し、自ら獣に堕したのだ。これは人間にとって一種の、極めて怠惰な所業である。労働する以前に、まともな理性も失った君たちを我らガラテア帝国軍にとって駐屯させておく価値ももはや無くなった。」




 事実とはいえ、次々と鋭い氷柱つららのような言葉で、年老いた都市長に貫くリオンハルト。





「ううっんんん――――」





「――実に、勉強になった。これで我が軍の研究も一歩前進だ。ありがとう。」




「――!?」





 突如、思いもよらない言葉をかけ始める。




「戦場で過酷な戦闘に立ち向かう兵士と同じく、危険な重労働に従事する鉱山夫どもならば、この強壮剤による良いデータが取れるやもしれぬと思い、半信半疑で行なった治験だったが……予想以上に分かりやすい結果で助かった。これで我が軍の兵士たちが戦場へ向かう際に用いる強壮剤の改善点がよく理解できたよ。ふむ……取り敢えずは常習性を抑え、活力や精力の増強をもう少し緩やかにすべきか。自己治癒力はもう少し上げてもよかろう……実に有意義なサンプルが取れたよ。」





 リオンハルトは懐から取り出した携帯端末に、冷然と改善点などを列挙したデータを書き込んでいく――




「――はっ……はじめから、だったのか……!? 最初から、軍事に用いる為に…………っ……俺たちをこの劇薬の実験台モルモットにしたってのか!?」





 都市長は、怒りに声を震わせる。




「言ったではないか。これは『治験』であると。君たちはそれに了承し、我々はデータを獲得した――――何に活用すべきデータかを伝えていなかっただけだ。契約書にも書いていただろう? 『治験を受けて何らかの障害が出た場合でも、如何なる損失もガラテア帝国は保障しかねる』、と――――」





「――そ、そんなもん……おめえらが俺たちの街を……あんな馬鹿でかい戦車やライフルで取り囲まれてなきゃあ、もう少し考える余裕ぐらいは――――!」




「知らんよ。我が崇高なるガラテア帝国は、『力』あるものこそ崇拝し尊ぶ。あの程度の弾圧に屈し、易々と我欲の為に治験を受けるような『非力な』者どもに、最初から慈悲はない――」





 ――遂に、都市長の緒の切れる音がした。





「――よ、よくも……よくもオオオオオオオオオオオーーーーッッッ!! この鳥頭野郎共めがああああああ!! 地獄の果てまで呪い尽くしてやる!! ガラテアの薄汚え冷血軍人どもめええええええーーーーッッッ!!」




 完全に激昂した都市長は、壁に立てかけてある斧を掴み、背後からリオンハルトを襲う――――





「――――ぐがっ!?」





 しかし、その動きを察し切っていたリオンハルトは、冷酷に、後ろを向き直る事も無く抜き放った拳銃で都市長の手を撃ち抜き、斧を落とさせる。





「――兵士諸君。聴いていたかね。たった今我が崇高なる帝国を侮辱する輩を確認した。速やかに処刑せよ。裁判を通す必要はない。これはエンデュラ鉱山都市という『実験的戦場拠点』での『捕虜』への裁きである。この拠点も、資源を徴収し尽したら捨ておけ――」




「はッ!!」




「――だ、誰か俺たちを助け――――うぎゃあああああ…………」





 兵舎を後にするリオンハルトの背後に、都市長の悲鳴が響く。





「……ふう……全く、任務とはいえ…………地方にまで出向いて、何度これほどまでに愚昧な真似をし続けるのだ、私は。」



「准将閣下、今回も散々でございましたね。心中お察しします」




 停めてある軍用車に乗り込む際に、側近の兵は、やれやれ、といった疲れた様子でリオンハルトに同情する。





「……すまんな。お前たちにも、こんな非人道的行為に従事させてばかりで……」




「問題ありません。我らは准将閣下の真の人柄を知っております。閣下さえ望むのであれば、帝国の汚点を雪ぐ作戦にも――」




「……その辺にしておけ。どこで狂信的な兵が聴いているかわからんぞ」



「……はっ……申し訳ございません。慎みます」




「――だが、そろそろ帝国の中枢は気付いても良い頃だと思う。唯々盲信的に『力』ばかりを信奉していても、ここエンデュラのような悲惨な結果を招くのみだと。本国へ提出する資料にも、国や軍の在り方について刷新の余地ありと記しておくさ」




「……我らの中には、准将閣下のような柔軟さこそ、今後の帝国に必要だと息巻く者も少なからずおります。いざという時には、小官は閣下に従いますよ。」




「ありがとう。気持ちは嬉しい……だが、君にも妻子がいるだろう。有事になる前にたまには故郷に帰ってやれ。いざ、事が起こって、君の銃と特進賞状を持って家族と面会するようなことになれば……私はそれに必要な顔を持ち合わせておらん」




「――はっ…………お気遣い痛み入ります、閣下……」




「それはこちらの台詞さ……しかし、ここで思わぬ収穫を得たよ。単なる人体実験まがいの『治験』よりもな――――」




 車が走り出す中、リオンハルトは、懐に仕舞った、エリーに焼かれた手袋を取り出し、呟く。




「――『鬼』の力……そして『力』を持ちながらも野心も持たず制御して生きる冒険者たち……何としてもその強さの真髄、私のものに――――」





 本国へと帰還を始めるリオンハルト准将は、密かに嗤った――――

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