第186話 心を得たがゆえの悲しみ

 ――改子の後ろから、メランが話しかけて来た。以前のリオンハルトとの面談からさらに時間は過ぎ、治療の甲斐もあってかなり肉体は治癒したが、さすがに眼球ごと損傷していた左目はセンサーアイのままだ。沈痛な面持ちで鋼鉄の強化機械装甲の兵士について語る。






「メラン……」



「その人たちは、私たちより後に創り出された最新の改造兵。私たちに僅かばかり残されているような、趣味とか性愛とか生きる希望とか……そういうものがまるで無いの。お人形さん。魂の無いお人形さんなのよ。あるのは作戦中の闘争心だけ……」





「……みてえだな…………こいつらにはまるで生気を感じねえんだ。コミュニケーションまるで取れねえ…………。」






 ――自分たちより後の世代に生まれた改造兵。もはや人間の姿をして戦闘を行なうだけの『お人形さん』である彼らを、ライネスとメランはただただ憐れんだ。





「――ふむうううんんん…………さっぱりわからんなああ。あいつら、あの改造兵見て何をそんなに凹むことがあるんだああああ?」





「――ケッ。他の改造兵なんか知ったこっちゃねーし。メランにライネス、あたしら飯食いに行くよー。」






 ――人間らしい感受性や慈しみの精神が欠落したままのバルザックと改子。人間らしい心を取り戻したライネスとメランの苦悩は理解出来なかった。





「――改子ぉ!」




「――あぁん?」





 ――振り向く改子に、メランは自分の失った左目のセンサーアイを指差した。






「――私たち……片目ずつ失って、鏡合わせのオソロ、ね。ね。お揃い……」





「――はあ~っ? 何よ、それ? ああ、あんたも片目失ってたね。んで?」





「……ご飯、私もすぐ行くからぁん…………またセックス、しよう、ね。ね……もうあんまり時間無いんだもおん……」





「……? ったく。ほんっとあのグロウとか言うガキになんかされてからメランもライネスもわっけわかんねー。ハイハイ。りょーかーい。セックスは大好きだしい~。殺し合いの次ぐらいにはねえ~。」





 ――一瞥しただけで、改子は毛ほどもメランの憂慮や悲哀を気に掛けることもなく、食堂へと向かってしまった。メランは肩を落とし、一抹の孤独感で頭をもたげた。





「――お、おいメラン。大丈夫かよ…………。」





「……平気よぉン……もうこんなすれ違い、何度もしたし、次の作戦で最後かもしれないしぃ――――ねぇんライネス。私ね。この前夢見たの。」






「――へ? 夢?」






「……夢の中ではねえん。私とっくに除隊してて、自分で果樹農園とかアートアトリエとか開いて、楽しくのんびりと過ごしてるのン。それだけじゃあないわぁ。いつの間にか、改子も隊長もライネスも一緒に。みんなでお茶とお菓子食べながら、くだらないことでケラケラ笑いながら、4人で楽しく過ごすのぉ。熟睡している間は、現実のことなんて忘れてぇ……すっごく充実した人生を歩んでいるのぉ。でもね――――」





 ――メランの表情が曇り、声のトーンも低くなる。





「――目覚める瞬間解っちゃうのぉ。これは夢。起きたら現実は変わらないんだってえ……それを理解した時、毎回涙が出ちゃうのおん…………。」






「――メラン。」






「……ねぇんライネス。貴方はどうして軍に残ったのぉん?」





 ――心なしか虚ろな片方の瞳で、メランはライネスに問う。





「……そりゃあ…………上手く言えねえ。強いて言やあ…………俺、物心つく頃には改造兵だったから、戦う以外の生き方、わっかんねえんだよ――――今、自分でそれ口にしてみて、すっげえ惨めな気分になって来たぜ…………。」





「……そぉう。かわいそ…………。」





「――メランこそ、どうして軍に残ったんだよ? いつか聞いたぜ……おめえは元々医者かなんかの家のお嬢で、俺なんかよりずっと頭良くて……改造兵やる以外の生き方、あんだろ!? 除隊してりゃあ、それこそ今言った夢みたいな生活、いくらでも出来たろ……!?」






 ――メランは、ざわざわと焦燥感に駆られるライネスから一旦目を逸らし、帽子を取って頭上に振って頭の蒸れ気を取ったのち、宙を見上げたまま答えた。






「――私にも、よくわかんなぁい。確かにそうした方が幸せなはずなのにねぇん。でもぉ――ひとつだけ確かなことがあるわん――」






「……確かなこと?」






 ――メランはライネスに弱々しい笑みを向けた。






「――たとえ、除隊して果樹農園とアートアトリエ営んでもぉ……そこに改子も隊長もライネスもいないからぁ。別の何処かの誰かが代わりにいるだけぇ。そんなの嫌。だって――――」






「メラン……」






「――みんなは、改造兵同士って言ったってぇん……家族みたいな絆があるから。絆を失うくらいならぁ、戦いの場に戻った方がマシだと思ったのよぉン――――」






「――はあ~っ……俺も、難しいことわかんね。もう考えんのやめて、飯食いに行こうぜ……」





「――うふふ。そうねえ――――」





 ライネスとメランは、お互いに所在無げな顔つきをしながらも、改子たちの後を追った――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る