第209話 かつての『鬼っ子』たち

 ――エリーが自ら発生させた気流によって高く高く昇り……ひらけた空間に出た処で身をぐるぐると翻したのち、着地した。





「――アルスリアッ!! グロウ!!」





「――エリーお姉ちゃんっ!!」






 ――実に、始祖民族たちの集落から攫われて以来になるだろうか。エリーとグロウは再会した。そしてもちろん、アルスリアにも…………。





「――やれやれ……エリー=アナジストン。君の出鱈目な力には参ったものだ。予測より30分あまりも早くここに来るとは…………新郎新婦の邪魔をするにも甚だしいものだよ。生命の刷新進化アップデートは目の前だと言うのに……」





 ――エリーは、もう極限まで高まって来た『鬼』の練気チャクラからなる力の制御が難しくなっていた。精神的にも、理性を保つのがやっとの状態だった。






 怒気を含め、地を這うような声を絞り出し、アルスリアに告げる。






「――――グロウを返して今すぐ創世樹を止めなさい。そうすりゃ、あんたは半殺しでギリギリ許してやるわ…………裁くのは世界中の被害者たちに任せて、ね……」






 ――猛り狂っている割りには、まだ温情のあるエリーの言葉。対峙するアルスリアは、ケラケラ……と喜色を込めて嗤う。無論、花婿との逢瀬を邪魔する『姑』に対する憎悪と嫌悪も含めて。






「――ははははは。この期に及んで随分とまあ、情のあることだね。だが、そんなことで引き下がるもんか。お断りだよ。」






「……じゃあもう容赦しないわ。力ずくでもグロウは返してもらう…………あんたを骨の欠片も、筋一本も残さないくらい焼き殺してね!!」





 ――エリーは知る由もないのだが、さすがに鉄面皮のリオンハルトをも手玉に取って心を弄ぶような妖女である。強大な力を開放したエリー相手にも、とことん神経を逆撫でするような態度を崩さない。不気味に微笑み、言葉を返す。






「――はじめっからそのつもりだろう? 『力ずくでも』とは、いよいよガラテア軍のやり方に感化されたようだねえ。もっとも……こっちは初夜を迎える為に忙しいんだ。君の相手は…………今はこの子らが相応しいだろう――――」






「――何…………!?」






 ――アルスリアがひと息念じると…………先ほどアルスリアが撒いた『種子』が芽吹き、あちこちの土から人の形のようなものが立ち現れて来た。






「――こいつは……こいつらは――――『あたし』!?」





「――――その通り。私は既にかなりの深度を創世樹と同期した。創世樹に蓄えられているあらゆる生命体の膨大なデータがこの身に存在する。そこから参照して君の『児戯』に付き合ってもらうのさ。そう――――例えば『鬼遺伝子をもつ混合ユニット』とかをね――――。」






 ――何と、アルスリアはその創世樹から賜った力と、自身の『種子の女』の力を掛け合わせ…………在りし日の、10歳頃のエリーに模した生命体を創り出してしまった――――エリーを止める為だけに、わざわざ罪なき生命を創造しけしかけて来たのだ。神をも畏れぬ神通力の境地である。






「――あんった…………ッ!!」






「――激昂している暇があるかい? もっとも、元々ただの守護者程度の『鬼』如き。たとえ今の私と戦ったとしても絶対に君に勝ち目は無いがね――――さあ、行くがいい。エリー=アナジストンの模倣生物クローンよ。『鬼』の力を以て、同胞と刺し違えよ――――。」





 ――幼少のエリーの似姿を取る『鬼っ子』たちは、一斉に『鬼』の練気を限界まで開放し、エリーに襲い掛かってくる――――





「――あんた……絶対にあたしが灰にして散らしてやるから…………ッ!!」





 ――エリー自身もやむ負えず練気を開放し、かつての自分の模倣生物に立ち向かう。その隙に別のエレベーターからさらにアルスリアとグロウは上層へと向かう。





「――な、なんてことするんだ…………ッ!! ――アルスリア!! お前は僕が止めるッ!!」





 ――アルスリアに従う一方だったグロウも、とうとう堪忍袋の緒が切れた。足元の木枝を拾って練気を通してナイフにし、アルスリアの心臓目掛け、突き立てる――――






「――――ッ!?」






 ――だが、胸元を刺し貫く前に、グロウの身体は止まってしまった。アルスリアが何かしたわけではないようだ…………。






 アルスリアは、若干の憐みを込めた慈愛にも似た表情を向け、優しく丁寧にグロウの手から木枝のナイフをどける。






「――花婿様。君ももう感覚的に解り切ってるんじゃあないかな。生命の刷新進化の時が迫り、創世樹へここまで近付いた時点で…………もう『養分の男』と『種子の女』はお互いに殺意を持って危害を加えることが出来ないように、本能が強く働くんだよ。私から君へももちろん、君が君自身の手で自害することも出来ない。もう完全に創世樹のシステムの中にいるのさ、私たちは。」





「…………っ!!」





 ――グロウは、アルスリアを傷付けられないと理解した時点で、自らの舌を噛み切って死のうとした。だが、『養分の男』としての本能が、自害を拒む。歯を舌に突き立てても、血が出るほど力がそれ以上入らない。






「ふふふ。心配要らない。花婿様のその苦悩も葛藤も……私と融合し、ひとつになれば全て消え去るさ。あと一歩だよ――――」





 ――そのままグロウを抱きかかえて、アルスリアはさらに上層へとエレベーター状の装置を動かした。






 ――――かつてのエリーそっくりの『鬼っ子』たちは、容赦なく怪力と火炎を使い、猛然とエリーに襲い掛かる。

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