第149話 大会に向けて

「――――この戦艦を譲る権利を争わせる資格があるとは思っていたが、まさか本当に起動出来てしまうとは…………これは逆にこちらが驚いた。少年。君が幻霧大陸に住まうとされる民族のゆかりの者か――――」




 驚天動地、と言ったほど内心は驚いているのだろうが、このゴッシュという男は感情表現がどうにも薄いようだ。冒険者ギルドと共に国を束ねる長としての苛烈な過去から来る冷静さか、はたまた性格か……。




 とにかく、思いもよらぬことに、グロウが練気チャクラを念じるだけで戦艦の心臓部は起動した。後はそれぞれの動力部やエネルギー系統、ブリッジの通信回線やコントロール部分を動かせば……この戦艦は動くだろう。





「――だが、まだこの戦艦を譲るつもりは無いぞ。1週間後の大会で勝利を収めるまでは…………彼の地から渡って来たこの遺産を守る責務が私にはある。」





「……おっさん。俺たちとガラテアとの情況は、来る途中に話したよな? 奴らはグロウを生贄にして世界を作り変えようとしてやがる。奴らの情報網ならこの戦艦の存在もすぐにバレちまう。そんな悠長なこと言ってる場合なのかよ?」




 ――主導権はゴッシュにあるとはいえ、ガイは急を要するこの情況で思わず強請るようなことを言ってしまう。




「――ならんな。これは幻霧大陸に住まう民族……言うなれば人類の先祖からの遺産、世界の宝なのだ。そっくり貰い受けるならば……それだけに相応しい勇気と実力を示してもらわねば。」




「……ゴッシュさん。幻霧大陸に住んでる人たちのこと、詳しいんですか…………?」





 ――知っている様子を感じ、グロウが問う。






「……我々の……このアストラガーロの先代から……代々受け継がれてきた物だからな。私もこの目で見たことはない。だが……彼らが今も生存していて、創世樹を守り、信奉している可能性はきわめて高いと思っている。そして、我々はギルド連盟の総本部として……この世界遺産を真に来るべき時まで守り通す使命があるのだ。」





「――――イイじゃあないっスか!! 勇気と実力を示せばいいんスよね? 具体的に、大会とやらでは何をやるんスか? ここまでの流れを聞いた感じ、ただのバトルとはちょっと違う予感がしてるスけど……。」





 ――簡単には明け渡さないゴッシュの態度に剣呑な空気が流れ始めるが、イロハが両手を大きく振って場を制した。





 勝てば、譲る。そんな単純なことなのだ。





「――では教えよう。今度の定例大会の競技は――――」





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 ――――国主のゴッシュから大会の概要を聞いたのち。一行は取り敢えず宿に戻ったが…………イロハとテイテツは、何やら得意の素材調合の為に複雑な計算などを行ないつつ、道具を揃えて『黒風』の整備をしている。何故、バイクの整備などしているかと言えば――――






「――――まさか……大会とやらで俺らが挑戦させられんのが、『レーシング』。要するに『駆けっこ』たぁな…………」





「……毎回競技種目は違うようだが、今回はたまたま単純なモノらしいな。あの男……『挑戦するのは何人でも、どんな乗り物でもよい』と言っていたが――――」





 ――大会で競い合うのは、あの円形闘技場をトラックにして速さを競うこと――――つまりは『駆けっこ』であった。そう聞けば単純に思えるが――





「――挑戦する他のレーサーたちは武器を用いてバチバチに他の挑戦者と潰し合い。レースの最中に死人が出ることもしょっちゅうとか言ってたわよね。こりゃあ、乗り物つってもガンバじゃあ荷が重いわね……頑丈なだけが取り柄でそんなに速くないもん、この子。」





「……だから、一番スピードと小回りが利く乗り物――――イロハのバイク『黒風』を改造しまくるって寸法なわけだな。直にあいつから買い出しでも頼まれんじゃあねえか? あの鍛冶錬金術の調合素材の……」





「――――みなさーんっ!! ちょっとこれら買ってきて欲しいっスー!! 細かい名前と数量、お金はメモしといたんでー!!」





「――そら、言ってるそばから来やがった――――おうよ! おめえら手分けして買い出し行くぞー!!」





 ――イロハによるセフィラの街以来――――否、それ以上の挑戦。突貫工事が始まろうとしていた――――






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 ――気が付けば、陽は落ちて辺りはすっかり暗くなってきた。





「――――ふう~む……イチから如何にスピードと耐久性……そんで馬力が出るか計算しまくってるッスけど…………やっぱこいつは難産っスねえ~……」




「――イロハ。焦る気持ちは解りますが、1週間後に激しいレースに出るとなれば、貴女を含め皆コンディションを万全にせねばなりません。徹夜や粗食は厳禁としましょう。」





「……そうっスね。頭煮詰まった時は碌なアイデアも出ないもんス。お風呂いただいて来るっスかね~……」





 イロハは、一旦道具類と改造途中の『黒風』、そしてレシピなどを纏めてインスタント・ポータブル・カプセルに仕舞い、宿へ向かった。





「――おかえり~、イロハちゃ……うわっ…………真っ黒じゃ~ん!!」





 出迎えたエリーも思わず驚いた。イロハは既に煤と油汚れで夜の暗さに同化してしまいそうなくらい汚れていた。





「エリーさん、お疲れーッス。これからお風呂に行くッス。皆さんも行くッスよね――――ぬふぇふぇふぇふぇ……知ってるッスよぉ、ウチは――――」




 ――突然、劣情を伴っている時の癖のある笑い声を上げるイロハに、エリーも気が引ける。




「――な、何を……?」





「――ここの宿。1週間に1日限り、露天風呂を開けてるんスよねえ――混浴の。今晩は皆さんとくんずほぐれつしてやるっス。ええ、もう。なかなか上手くいかん『黒風』の魔改造の憂さを晴らしてやるっス。そりゃあもうモリモリに。ぬふぇふぇふぇふぇ――」





「――えっ!? 混浴!! マジぃ~!? そりゃあラッキーじゃ~ん!!」




「「イエーイ!!」」





 ――混浴と聞き、エリーも嫌がるどころか心が躍る。反射的にイロハとハイタッチを交わすのだった。





「――またなんか碌でもねエこと考えてやがんな、あいつら……」




「――な、何がどうなるの?」




「――不潔……私はなるべく離れておくからな……」





 ――抜き差しならないほどの旅路だが、そこはイロハたちはまさに英雄だった。英雄色を好む。今宵の風呂は荒れそうだ――――

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