第197話 狂科学者の末路
――――メラン=マリギナは、タチアナ=ツルスカヤは逝った。
ライネスが泣き叫ぶ一方で……妄執に突き動かされ、己の全てをかなぐり捨てて襲い掛かって来たルハイグが倒れ伏している。
「――――ルハイグ……何故だ。何故、これほどまでに道を過ったんだ。」
――鉄骨と回路と演算装置の身体を激しく損傷したルハイグ。仰向けに倒れ天を仰いでいるところを、テイテツが覗き込んでくる。
「――ガフッ……ハアッ……ハアッ…………い、言ったはずだ……ヒッズ、貴様の2番手に甘んじるのが……もう嫌になったからだ…………許せなかったのは…………貴様のこともだが――――誰より、俺自身の不甲斐なさ、が……もう、後戻り出来なかったんだよ…………」
「――――ルハイグ…………それほどまでに俺を…………そんなことの為に、数え切れない科学者としての罪を――――」
――テイテツは憐憫に堪えないのか、一歩二歩とルハイグへ近寄る。
「――――ふっ……今更、赦しは……乞わないぜ。それに――――一番の目標は、今達成される――――!!」
――死に逝くはずのルハイグに、今ひとたび殺気が放たれる――――
「――やべえ、テイテツ、避けろ――――!!」
――鼬の最後っ屁とばかりに、ルハイグは隠し持っていた端末のボタンを押した。テイテツの頭に電流のようなものが流れる――――
「――うっ! こ、これは…………うおああああああ…………ッ!?」
――突然の激しい痛みに、頭を抱えて悶絶するテイテツ。道連れにするつもりなのだろうか――――
――数秒の後。
テイテツは静かに頭部から手を離し、静かに立ち上がる。
「――――? 何ともない――――いや、しかしこれは――――!!」
「――俺は、先に逝く……だが、お前ももうすぐ死ぬだろう…………お前ほどの男なら……どこかで、気付いた…………と思うが――――お前の脳から俺は、感情を取り去ってなどいない。電子脳を埋め込んでお前の脳力を補助することはしたが……後は暗示催眠で…………『感情を取り去った』と思い込ませただけだ…………そして、今それは完全に解除した。本来の、激情を抑えきれないヒッズ=アルムンドに、戻ったのだ――――!!」
「――――ルハイグ……何故!! 何故そんなことを…………!?」
「て、テイテツ…………」
――ルハイグが言った通り、封じられていたテイテツの感情は、今完全に取り戻された。否。元々消えてはいなかったものが『消えた』という思い込みが解け、蘇ったのだ。
「――ふっ……馬鹿……め…………敗れたからといって…………俺のお前への憎悪まで……無くなったと思ったら……大間違いだ…………! 俺は昔、散々見て来たよ…………天才的な頭脳を持ちながらも……その激情を制御出来ず、誰よりも苦しみ続けて来た、お、まえ、を――――」
「……まさか、俺にそんなことをする為にだけ――――!?」
長く共に旅路を過ごしてきたガイも戸惑うほどの、感情が解放されたテイテツの挙動。テイテツはなおもルハイグに近寄るが、止めることも出来ない。
死に逝くルハイグの目には、今なお科学者としての狂気と、テイテツへの憎悪でぎらついた焔が灯っている。
「――俺にこの土壇場で……感情の氾濫で苦しんで死なせる為に、こんな回りくどいことをしたというのか!? あまりにも多くの犠牲を払って!?」
――今度はテイテツが激情をルハイグにぶつける。
「――――くっ……ははははは…………! どうだ、およそ10年以上もの間封じていた感情の味は……!? 痛むだろう? 苦しいだろう!? 俺は屑野郎だが、貴様もこれまでの人生で多くを犠牲にしてきたはずだ…………その激情に身を焼かれ、苦しみ抜いて死ぬがいい!! ふはははは…………!!」
「……ルハイグ…………お前――――!!」
――逆恨みも甚だしいことだが、どうやらルハイグからテイテツへの報復は成ったようだ。
この幻霧大陸という最果ての地の戦場で、在りし日のヒッズ=アルムンドには毒に等しかった『感情』に苛まれ、苦しんで死ね、と。忽ちテイテツの表情には苦悶が浮かび上がり、全身が震える。
だが――――突然、ルハイグはそのぎらついた目の灯火をおさめた。最終目標が達成された直後の空虚感だろうか。
「――――今更……誰かに赦しを乞うつもりもない…………科学者として、ここまでの罪業を重ねた俺に…………はなからまともな最期など訪れはしないのだから。むしろ……お前に最後に極上の苦痛を与えられた俺は俺を誇りに思うぜ……」
「――ルハイグ……そんな、死ぬな!!」
「――――俺の……ことは……もういい…………精々……あのアルスリアと……ヴォルフガングに俺以上の報いを与えてやれ。そ……れに――――死体は、この世に残さないと、昔から決めていた――――」
ルハイグが何やら念じると、ルハイグの額に赤いボタンが現れた――――
「さらばだ、ヒッズ。我が憎き――――親友よ。」
「テイテツ!! 離れろッ!!」
「――――ルハイグーーーーっ!!」
ガイは察して、テイテツを引っ張って地に伏せた。
直後に、ひと際大きな爆発が起こった――――ルハイグの自爆だった。
木っ端微塵。もはやルハイグの物質的な生きた証は、この世に砂粒ほども残らなかった。
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「――――ふむ。思ったよりもった方か。創世樹への入り口はもう目の前――――今まで精々、利用させてもらったよ。よくもまあ、ここまで多くの狂科学を押し進めてくれたものだ。君と、君の中に蓄えられた、ヒッズ=アルムンドへの憎悪という『肥沃な養分』に、ね――――」
――グロウを捕らえ、創世樹へと歩くアルスリアの片手から、俄かに『種子の女』由来の
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