第1話 冒険者・エリー一行
――――そこは、見渡す限りの荒野。
砂塵が舞い、草が疎らに生えていて、ところどころ鉱物の欠片や、かつて荒野を駆けていたであろう動物の白骨化した死骸が埋まっている。
今、そんな荒野を……一台の車が走っている。
その車は一階席が運転と乗用の為に、二階席には周囲に目を配る為の見通しの良い座席がある。軍隊が未開の地を開拓していくような頑強な装甲に頑強なタイヤが特徴的な車だが、元々が軍隊のものとはわからないように様々な改造が施されている。
何故軍用車両であることを隠す必要があるかは、後々わかるだろう。
――車には三人の搭乗者がいる。
運転席には、黒い長髪をたなびかせ、防護ジャケットを着て荒れたジーンズを穿いた男が直射日光を遮るためサングラスをかけ、ハンドルを執っている。
二階席には金髪の男が座席のあちこちに置かれた端末を操作し、モニターを注視している。この男も軽めの防護服を着ているが、さらにその上から白衣を纏っている。目元には何やら特殊な精密機器が埋め込まれたゴーグル。
そして、一階席に戻って助手席には――――他の男二人とは装いがかなり異なる、女が一人腰掛けている。
ショッキングピンクの髪。後ろ髪だけを三つ編みにして腰まで垂らし、それ以外は無造作でボサボサの髪型。他の男二人より軽装で、ヘソを出した黒のインナーの上に赤いベストを巻き、ホットパンツを穿いている。足には特殊な素材を使った硬いブーツを履き、両の手には手甲をはめている。彼女もゴーグルをしているが、精密機器などは無い、飛行機乗りがかけているようなものだ。隣のサングラスの男と同じく直射日光を遮るためだろう。
ことさらその女の目を引くのは、四肢と首に取り付けられた金色の金具だ。
一見ブレスレットのように見えなくもないが、装飾品としてはゴテゴテしている。何か特殊な金具のようだ。
彼女は座席にもたれ掛かり両手を頭に置いて枕にしながら隣の男に尋ねる。
「ねえ。マジでこの辺にあんのー?」
気の抜けた声で尋ねる彼女に、長髪の男は、むう、とひと息唸り、顔を少し上に向けて二階席の男に尋ねる。
「どうだかなあ……おい、どうだ? テイテツ」
テイテツと呼ばれた男は特殊なゴーグルに浮き出る文字を明滅させながら、ノートパソコン程の端末を素早く操作し、モニターを見遣る。
「先程の町での情報収集と周囲の地形を鑑みるに……存在するとすれば地中に窪んだ部分に埋没しているため、目視での発見はきわめて困難かと。存在確率……8.4%」
機械のように抑揚のないトーンでそうテイテツが告げると、長髪の男はハンドルから左手を離して荒っぽく手すりにガンッ、と置き吐き捨てるように言う。
「けっ。その情報源もあの町の酔っ払いや真っ当な身なりしてねえやんちゃ共ぐらいだろ? ガソリンの無駄だぜ。今からでも町に戻れば――――」
「だーいじょぶだって、ガイ!」
長髪の男をガイと呼んだ女は、彼の憂慮を吹き飛ばそうとするかのように快活な大声を上げた。ゴーグルの片目を指でくいっ、と外して続ける。
「あたし目ぇ良いっしょ? 地中に窪んでようが、見つかる見つかる!」
女は笑顔を浮かべる口元の
「……おめえのは目が良いとかそういう次元じゃあねえからな……何度その目で見かけた物でトラブったことか……今回も
ガイは溜め息混じりでそうグダを撒く。
「だいたい、テイテツが整備してるレーダー類に引っかからねえのに、いくらおめえの視力でも見えるわけが――――」
「あっ! あーっ!!」
エリーと呼ばれた女は突然フロントガラスを破らんばかりの勢いで身を乗り出しゴーグルを額の上にずらして驚嘆とも喜色とも取れない声を上げた。
「見て見て! あそこ! ちょっと穴ボコになってるトコ! アレじゃね!? あそこがそうなんじゃね!?」
「ああん? ……どこだよ、全然見えねえよ……」
ガイはサングラスを外して目を凝らすが、目標としているものは見つからない。
「ほら、あそこだって! ずっと前の、少し左に行ったトコ!」
「だから、俺らには見えねえって……テイテツ、どうだ?」
そうガイが訝しみながらテイテツに訊いた直後、テイテツが操作する端末から電子音がビビビ、と鳴った。
「北北西に人工と思われる鉱物反応を感知。何らかの神殿か遺跡のようです」
「……マジかよ」
「ほーらー! やっぱりあったじゃんー! さあ、早速探索の準備よ、準備!!」
そうしてエリー一行の車は約20キロ先の遺跡の前まで進み、停まった。
<<
一行が話していた通り、それは大きく窪んだ場所にあった。遠くから見ればただ土が隆起しているようにしか見えないが、隆起する角度が最も高い地点から真下に切り落としたような急な崖があり、その眼下には何やら門のような物が見える。
「ほーらビンゴ〜! お先! お宝、お宝ー♪」
「あっ、コラ、エリー!」
ガイが崖下へ降りるためのロープを巻くための杭を打ち付けるのを待たずに――――エリーは崖下へ飛び降りた。高さ20メートル近くはある。
「ほっ! りゃっ! ていっ!」
エリーの表情は恐れ一つ無く、落ちながら瞬時に崖の僅かな凹凸へ足を踏み入れて軽快にジャンプ、目にも留まらぬ速さでほぽ直角に駆け下りていく。
「よっ! と……」
「おいコラ、待てエリー!」
ガイが急いで巻き付けたばかりのロープを使って崖を降りる。
降りきってからエリーに駆け寄る。
「勝手に独りでガンガン先に進んでんじゃあねえよ! 危ねえだろうが!」
エリーは両手を後頭部に当て、呑気に構える。
「え〜、これぐらいいいじゃん。ほら、どっこも怪我なんか無いし!」
ガイは心配と怒りが半々といった顔つきでエリーをたしなめる。
「……地形の問題だけじゃあねえ。遺跡には古代に仕掛けられた罠がまだ動いてるかも知んねえんだ。罠にハマって決定的に損害を被ったらどうする気だ? おめえだけじゃあなく、俺ら三人ともが、な」
「だーいじょぶだって。罠ぐらい自力でぶっ飛ばして来たし! ガイやテイテツに迷惑かけないって!」
エリーは明後日の方を向いてシャドーボクシングをしている。
ガイが険しい顔で腕組みをする。
「ほーう? 俺らに迷惑はかけない、と? この前の盗賊団のアジトを攻略する時、独断専行でグルの同行人に騙されて大金を盗られたのはどいつだあ? その損害を取り返そうと、インチキ臭いカジノで俺らの全財産をスったのは、どこの誰だあ〜!? あア?」
「うっ……」
エリーのシャドーボクシングしている動きが止まり、片腕を伸ばしたまま固まる。
「あんときゃあ、辛かったよなあ……何日も飯を食えなくなっただろお? メ、シ!」
数秒の沈黙ののち、エリーはわざとらしく辺りを見渡して空々しく叫ぶ。
「さ、さあー! みんなで固まって、慎重に注意深く探索しようねー! 独断専行禁止! チームの輪とか団結力とか、なんていい響きの言葉なのかしらん!」
「わかればよろしい〜っ」
「今後はしくじらないわよー……何よりも……メシの為にッ!!」
エリーは両手で自分の顔を引っぱたき、食いっぱぐれる恐怖を胸に気合いを入れた。
「などと言いつつ数時間後には記憶をリフレッシュ。すっかり忘れるニワトリ頭のエリーさんであった〜……」
「う、うるせー! 気を付けるって、マジで! 忘れないから!!」
恨みがましくからかうガイに、エリーは顔を赤くして両手をブンブンと大きく振り回しながら約束する。
「……よし。テイテツも降りてきたみてえだな。……テイテツ! まずはこの門から調べてくれ!」
ガイに続きロープを伝って降りてきたテイテツは表情ひとつ変えず、白衣に付いた砂埃をポンポン、と手で払いながら門に近付いた。
テイテツが背負って持ってきた端末と、彼の目元のゴーグルを明滅させながら門の材質を調べる。
十数秒ののち、テイテツが述べる。
「……建設された正確な年代は不明。少なくとも
「……んー、つまり?」
エリーが首を傾げる。
「……どれほどの財宝の類いが入手出来るかは、実際に内部を調査するまでは不明。ですが、この鉱石が遺跡全体から採取出来ると仮定した場合……ガラテア帝国の最新型端末に相当する原材料、そして私たちが十年は高い生活水準を維持した旅を続けるに相当する金銭との交易が可能です」
「ま、マジで!? すっげー!!」
「まさか、マジで当たり……とはな……」
エリーが嬌声を上げ、ガイが感慨深く頷く。
「罠の類いの反応は?」
「……罠に相当するギミックの反応は一切見られません……が、調査の進捗によっては罠の存在を予見出来るかと」
テイテツに尋ねたガイはひと息鼻を鳴らす。
「ふん。要するに……先に進んでみないことには全容はわかんねえってことか」
「……ならさ! 行こうよ、いこいこ! どんどん先にさ!」
エリーが門の奥の暗闇を指差し、楽しげに告げる。
「最大限の注意を払って、な。罠だけじゃなく、先客がいないとも限らねえ……よっ、と」
言いながらガイは、自分の背丈ほどもある道具袋から細長い箱を取り出し、さらにその箱から
――――日光から反射させ、鋭く、寒々しい光を放つ太刀を、脇差しと共に。
同時に、エリーは両手にはめた手甲の手応えを確認し、腰元のホットパンツに巻き付けたウエストポーチの中身を見る。
テイテツは防護服に損傷が無いか確認し、腰元のホルスターに差した光線銃(ブラスターガン)の安全装置を解除した。
「OKー! 火薬も傷薬もバッチリ!」
「装備に問題はありません」
「……ようし。じゃあ行くか。エリー、くれぐれも勝手に行動すんじゃあねえぞ」
「わかってるって!」
ガイはエリーの隣に並んで立ち、後ろにテイテツが続く。ガイは懐中電灯のスイッチを入れ、一行は遺跡の内部に侵入した――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます