第122話 絶望の淵から見上げる空
――――アルスリアが明かした、想像もつかぬ世界の真実。創世樹が織り成す、世界システム。
グロウはただ呆然と…………目の前の妖女、否――――『つがい』となる運命にある『種子の女』、人としての名をアルスリア=ヴァン=ゴエティアの顔を見つめた。
『そんなことは認めない。僕はエリーお姉ちゃんの仲間だ』と叫びたい自分。『自分の正体が養分の男で、創世樹へと至ることが世界システムならば運命に従うしかない』と認めざるを得ない自分。『結局自分は何者なのか。全て忘れて静かに安寧に暮らしたいと願う』自分。グロウの心中は混乱の極みにあった。
不安。恐怖。重圧。愛情。憤怒。緊張。希望。絶望。切望。寂寞――――そして混乱。
思いもよらない。思いもよらぬ真実とやらにグロウの意識は霞み、気を失いそうになる――――
「――おっとっと…………あまりのことにショックが大きすぎたか…………しっかりして。そんなに思い悩むことなど無いのだよ。いずれ、君の心は自ずから創世樹へと至り、身を委ねることになる。その瞬間までは、私が君を守る。私が最後までエスコートし、リードするよ。そう誓う。その後は1つに溶け合い、もう何も不安に思うことなどなくなる。二柱の雌雄がまぐわいあい、この星の神になるんだ。」
ショックで眩暈を催すグロウを、即座に席を立って近付き、支えるアルスリア。グロウに真実を伝え、ショックを与えてしまったが…………同時にグロウを
心から伴侶を労わり、愛する1人の
「…………少し刺激が強過ぎたか。このままだと食事も喉を通らないか……仕方ない――――」
アルスリアは虚ろな目をして椅子の上でふらつくグロウを支えながら、その銀の頭に手を当て、何やら念じた。
「――あっ…………これ、は――――」
「私は『種子の女』として、あらゆる種を蒔く力がある。物理的なエネルギーだけでなく、生命体の精神にも種を蒔ける。ちょうど君は『養分の男』で、生命と精神を養う土壌がある…………そこへ私が『気をしっかりもたせる』という種を蒔けば――――」
「――――これは…………恐いけど、本当に現実なんだね…………僕は……僕たち2人は創世樹の為に生まれて来たんだね…………悲しみもあるけど、認めざるを得ないや…………」
「――よし。すぐに君の中で発芽して、グロウ自身を支える精神の木が根を張ったね。もうこれで少々のことでは動じない強い精神が手に入ったよ……一応言っておくけれど、これは洗脳とかじゃあなくて、気付けみたいなものだからね。君の自由意志や自我はそのままだよ。安心し給え。」
――アルスリアの種子の力でグロウの精神に種を蒔き、安定させた。
これだけを見れば清らかな力に見えなくも無いが――――それは人の持つ悲哀や絶望、蟠りなどネガティブな精神の『土壌』にアルスリアが悪意を持って破滅的な『種子』を蒔けば、忽ちその者を破滅させたり洗脳したり出来てしまう力ということだ――――恐らくアルスリアはこの唯一の力を目的の為、或いは己の戯れの為に幾度となく使ってきたのだろう…………。
「……おっ。血色も良くなって来たね。ショックを受けて脳が疲弊すると腹が減るだろう。さあ、目の前のケーキを食べなさい。君の肉体も精神も育ち盛りの少年そのもの。ケーキと言わず美味しい物は何でも食べさせてあげよう。何でも言ってくれ……」
「……う、うん…………」
――アルスリアの言う通り、研究所に攫われてから恐怖や不安、憤怒と緊張で食事も碌に喉を通らない日も多かった。ましてやたった今重大なこの世の真実。己の使命を知ってショックを受けたグロウは疲労し、食欲が高進して来た――――目の前のケーキをワシワシと激しい勢いで口に運んで食べ、お茶も飲み干す。
「あははは。やはりお腹が空いていたんだねえ。食べたい物は……このメニューから選びなさい。落ち着くまで食べさせてあげよう。ほら。」
グロウは一口飲みこみ、答える。
「――う、うん…………このまま飢えてしまっていたら……エリーお姉ちゃんも心配するし。取り敢えず、ええっと――――御馳走になります。」
「ふふふ。どうぞ、どうぞ。花婿様――――」
――グロウの心は、もちろん激しい動揺と迷いの中にある。
だが、こんな時でも生物的な本能には抗えない。まず食わねば。アルスリアに従って己の『養分の男』としての使命を全うするかはさておき、今は己の身を養い、行動する時機を――――エリーとガイたちが助けに来るかもしれない可能性を捨てずに、待つことにした――――
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――――一方、エリーは……今の独房では拘束が不十分と判断され、研究員に加え、重装備の兵士たちに捕縛されながら、所内のより拘束が厳重なエリアへと移転されている最中だった。
「――ほら。しっかり歩け、鬼女。」
「………………」
エリーはもはや、絶望の底へと沈みかけていた。本気を出せば、この兵士たちを焼き殺して逃げることも出来るのかもしれないが…………そう想起した途端、ニルヴァ市国でアルスリアにやられたプレッシャーを思い出してしまう。
もう、自分はあの妖女には敵わない。ガイもグロウも、守れはしない――――そんなトラウマにも等しい強迫観念が、エリーから抵抗する意志すら奪ってしまっていた。
――移送の途中、久方ぶりに屋外エリアを通った。
空はよく晴れていて、エリーは一瞬太陽の眩しさに目を細めた。
(――――ああ、綺麗な青空ね…………)
生きる気力を失いつつあるエリーは、空を見上げて、ただ端的にそう思った。それ以外の感慨は何も浮かんでは来なかった。
「――――いたっスよお~っ!! そりゃあ、発破ァッ!!」
「――――!?」
――――何処かで聴いた覚えのある声が聴こえると同時に、研究所の各部署で爆発音が響き渡った――――
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