第121話 世界の真実

 ――――グロウとエリーが囚われている研究所内は、無機質で殺風景な景観が多い場所だが、唯一カフェに面している中庭には……ガラテア軍のイメージにしては珍しく、草花が色鮮やかに植えられていた。




 中には品種改良されたと見える青や黒の薔薇もあり、手入れも行き届いている。この中庭を設けた人物のこだわりと趣味の良さが伺えそうな場所だ。





 ――――だが、そんな穏やかな空間でアルスリアの口から話される内容は、とても壮大なものだった――――





「――『種子の女』と……『養分の男』…………」





 グロウがオウム返しに言葉を繰り返す。





「――そう。私が『種子』で……君が『養分』だ。私たち2人が幻霧大陸の何処かにあるはずの『創世樹』…………その世界樹に秘められている莫大なエネルギー源を指して、『果てなき約束の大地エデン』と言う者もいるが…………私たち2人が創世樹の内部で来るべき瞬間に1つに溶け合い…………身も心も魂も融合することで、創世樹は動き出す――――この星の生命を一段階、刷新進化アップデートする為に、ね――――」





「――――ッ!?」






 ――アルスリアからの、想像を遙かに超えた『真実』とやらに、グロウは驚天動地。動揺のあまり椅子から転げ落ちそうになったが――――






「――おっ、と…………大丈夫かい。私の片割れよ。創世樹の……結婚式場ブライダルへ行く前に君に傷が付いては良くないからね。ふふふ――」






 転げ落ちそうになったグロウを、咄嗟に席を立って支えるアルスリア。これまでの言動や話の進め方はやや強引なものだが……グロウに対しては飽くまでも丁寧で優しい。心からグロウのことを想っているその気持ちには偽りは無さそうだ…………。





「――話はまだ途中なんだ。私たちにとって大事な事なんだ……聞いて…………くれるかい…………?」




「………………」





 ――グロウから見れば、目の前のアルスリアという妖女は悪だ。





 だが、単なる悪人ではなく…………自分と世界の命運を担うような運命共同体そのものだとしたら――――グロウは戸惑いつつも首肯し、席に座り直した。






「――まず、創世樹と言う存在を最初から説明しようか。創世樹は、遠く遠く昔……気の遠くなるほど太古の昔にこの星に根付いた、生命をもたらす大きな樹だ。創世樹は長い、長いスパンごとにこの星の生命を観察し、あらゆる情報を集めている。この星に必要な生命はどんな生命体か。星の存続に影響は無いか。危険で劣悪な生命が蔓延っていないか…………全部、世界の何処かから漂いつつ、星を管理しているのさ。」





「――樹が……この星を管理している…………?」





 アルスリアは、例のアルカイックスマイル…………よりは少しは温かだろうか。そんな微笑みをグロウに向けつつ、世界の真実を語る。





「そう。創世樹はこの星の生命にとって世界樹であり、創造主であり、神にも等しい。この星が滅びないように繊細にバランスを取りながら少しずつ生命を変化させて守っているのさ。そして――――」





「――あっ……」






 アルスリアは、軍服の一部である手袋を外し、直にグロウの手を…………優しく握る。






「――創世樹がとても長い観察期間を経たのち、『生命の刷新進化アップデート』に入るんだ。その時、創世樹から……過去にこの星を支配していた生命体と縁の深い地に、『種子の女』と『養分の男』を産み落とす……『種子の女』はあらゆる生命の肉体と精神の種を蒔く力があり、『養分の男』はあらゆる生命の力の源となる…………雌雄一体さ。2体はこの星を現時点で支配している生命の似姿をとる。」






 『養分の男』。グロウを指して彼女はそう呼ぶ。





 確かに、グロウには傷付いた生命を癒したり、活動を活発化させる力がある。アルスリアの語り口は真に迫っている――――






「――――その雌雄は、自分に最初に触れた、星を支配している生命……この場合は人間だね。その触れた個体に違和感なく寄り添い、創世樹へと誘ってもらう為に……その個体の記憶から『その者が最も愛している個体そっくりの姿になる』。私はヴォルフガング=ヴァン=ゴエティアという軍人の妻そっくりに、そして君はエリー=アナジストンという女の弟そっくりの姿を取った。自我が目覚めていくまでは基本的にその個体に気に入られるような行動を取っていく――――君にも覚えがあるんじゃあないかい?」





「――それは…………」






 ――グロウは、己の記憶の深奥を掘り返してみた。





 確かに、最初に好意を向けて来たエリーやガイに好かれるような行動や言動を取っていた。危険極まりないのに、エリーが共に旅に行きたいと言えばその通りにし、『グロウ』という名前を名乗って欲しい、と言えば何の抵抗も無くその通りにした。さらにエリーやガイの心の傷を見て、慰め励ますような行動も取り続けてきた――――途中で自我が芽生えてからはわからないが、そこまで全て自分に設定された役割システムだったのだろうか。






「――自分の意識が、仕組まれたものだと思うと恐いかい? それは無理もないだろうね、かわいそうに…………だが、それが創世樹へと至る雌雄の経るべき道なんだ。」






 ――アルスリアは、少し笑顔を崩して、グロウの手をさすりながら、沈痛な面持ちで……己の同胞はらからを慈しんだ。






「――けれども……そうすることで、『種子の女』と『養分の男』の雌雄はこの星を旅して生命について学んでいく。元々創世樹から与えられ、蓄積された情報に加え、最後の調整なんだ。そして近いうちに…………私たちは創世樹の内部へと導かれ、永遠に結ばれる――――『種子』と『養分』が融合して新たな創世樹となり、この星の生命をすっかり、刷新進化アップデートして作り変えるんだ。私は、その瞬間を心待ちにしている…………君も、頭や心ではきっと理解出来ないだろうけど、本能的に求めているはずだよ――――創世樹という結婚式場ブライダルで、私と1つになりたいという欲求に。」





「――――ッ!!」






 ――グロウと1つになる。グロウと己の生命……肉体も精神も魂も溶け合い、創世樹が『生命の刷新進化アップデート』を行なう為に依り代となる。






 己の本懐を口にするアルスリアの表情は、欲情にも似た情欲が感じられる。





 確かに、これが真実ならば…………単なる男女のセックスなどではなく、己の全存在が一体化し同化するという何よりも強い結びつきとなる。







 ――――グロウは、創世樹から己に課せられた使命に恐怖したが…………アルスリアと触れ合っている時に感じる奇妙な安らぎ、温かみ、心と身体のときめき――――その抗いがたい感情が、本能によってアルスリアと溶け合いたいという衝動によるものと理解せざるを得なかった――――






「…………僕が、そんなの嫌だ、って言ったら…………?」






 アルスリアは静かにグロウの手から自分の手を退け、頬杖を突きながら答える。






「――あはは。それは不可能さ。どんなに理知や思考で抗おうとしても、本能が君を創世樹へと導く。それは避けられない運命と言うほかないんだ。いずれ本能がごくナチュラルに……君自身の心で創世樹へ、そして結婚式場ブライダルで私の胸の中へ……身も心も魂も永遠に分かたれることのない『初夜・・』へと突き動かすことになるのさ。」







 ――アルスリアは、近い将来の花婿に対しにこやかに微笑んだ。






「――――だが、もう焦ることも、じたばたと惑う必要も無いよ。私たちは巡り合えた…………あとは時が満ちて、幻霧大陸の果てなき約束の大地エデンの何処かにある――――創世樹へと、2人で至るだけなのさ。ふふふふ――――」






 ――このアルスリアという妖女は、どうやら周囲に対しては常に自分の本心を隠し続けてきたようだ。どんな残虐な軍事作戦を指揮しても、どんなに惨たらしく他人を殺めても、一見するとアルカイックスマイルのまま、すまし顔で生きて来たのだ。




 グロウに向ける心からの、極端なまでの温かな、そして恋愛特有の独占欲を含んだ美しい笑顔が…………そのドス黒い所業を致す際の顔は全て仮面で、『これが我が真実の顔である』と証明しているに等しかった――――






「――――見なよ、中庭のあの一角を。どうやら蟷螂カマキリが交わるようだね。私たちも……いずれああなるんだろうね。楽しみだ…………ふふっ。」





 ――中庭で蟷螂がまぐわっている。巨大なメスがオスを『養分』とする為に喰らい尽くし、オスはなけなしの生命で『種子』をメスへ差し出している――――

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