第114話 養父と養子

「――――えっ、ちょっと待ってくださいッス、院長さんって…………ガイさん!! かつての養父さんみたいなもんじゃあないっスか!? なんでこの人を斬らなきゃあならないんスか!?」






 ――――ガイが恨みを晴らさねば、と憎悪をぶつけようとしている相手は、アナジストン孤児院のかつての院長。云わばガイだけでなくエリーや旧きグロウにとっての養父であった。







「――そうだぜ。俺たちの養父も同然だった。10年ほど前まではな。『鬼』の血を持つエリーと昔のグロウをガラテア軍の糞野郎共からの支援を受け、あの『実験』に駆り出されるまで養育した。本人たちはもちろん、エリーに近しい俺のような奴をずっと騙してやがった――――まるで聖人君主のように養父ヅラしやがって。てめえさえガラテアの言いなりになってなけりゃあ、エリーとグロウは俺たちと幸せに暮らせていたに違えねえんだ!!」







 ――――ついに目の前の元院長に憎悪を剥き出しにし、ガイはその手に刀の柄を掴む。







「――まッ……待つッス!! 何やってんスか!! そんなのは逆恨みじゃあないっスか!? この院長先生だって、きっとガラテア軍に無理矢理従わせられてたんス!! 恨むのはこの人じゃあなくてガラテア軍じゃあ――――」








「――――いいや。お嬢さん。ガイ……の言う通りだ。」







「――院長さん!?」







 ――ガイからの咎を追われ、それを元院長はただ肯定した。無益な復讐を止めたいイロハだが、口ごもってしまう。








「……私は確かに…………20年近くも前か。ガラテア軍の命令を受け、『鬼』遺伝子混合ユニットの被験体であったエリーとグロウを赤ん坊の時分に引き取り……孤児たちに紛れて密かに10歳まで育て上げた。何もわかっていなかった私は当初の経営の苦しい中、何食わぬ顔ですまし顔のまま2人を引き取った……それで他の孤児たちが少しでも養えるなら、と…………だが、私は愚かだった。軍に見限られれば孤児院などすぐに立ち行かなくなることに気付きもしないで――――」







 ――元院長の顔中に、激しい後悔と自責の念が満ちている。『実験』の凶行に何の抵抗も出来なかったかつてのガイ以上の苦過ぎる悔やみかもしれない――――







「――――その練気チャクラ。ガイ……お前も必死で鍛錬したのだなあ…………大きく……強くなったのだなあ…………私のような愚か者を斬る為に――――私が伝えたその聖騎士の技を磨き上げたのだな――――」






 ――元院長の目に、涙が零れて落ちる。己の咎を噛みしめ『愚か者』と卑下しているが――――目の前のかつてのひ弱な少年を、脳裏に思い返しながら、一人の『漢』へと成長した逞しい姿を認め……その成長を愛おしく喜んでいる。







 それは、ガイとエリーの過去のトラウマに加担した人間とはいえ、明らかに育ての親として我が子の成長を祝福する、養父の情そのものだった――――







「――くっ…………そんな目で俺を見るんじゃあねえ!! 今更、養父ヅラして誤魔化す気かよ…………!?」








 ――刃を向けようとするガイとて、本心は100%の憎悪のみではなかった。かつて幼少の頃、身の回りの世話をしてもらい……貧弱だった自分に聖騎士の存在と技の一部を教えてもらった、かつての養父であり、師匠。








 かけてもらった愛情に嘘は無かったし、多大な恩も感じてはいた。養父として慕っていたことも事実だった。








 それでも、10年前の悲劇が、エリーやガイだけでなく、この元院長や育て切れなかった他の孤児たちの運命をも歪めていたのだ。複雑化した愛情と憎悪、悲しみはそれぞれに断ち切り難いものがあった――――







「――わかっている。いいのだよ、ガイ。私を斬るがいい。いつかはこうなる日が来るのではないかと……私は内心待ち望んでいたのかもしれん。不義のガラテア軍に処刑されるより、かつての養子に斬られる方が本望だ…………だが、ガイ――――」








「……何だ!?」








 ――元院長は声を震わせながらも、ハッキリと聴こえるように告げた。








「――――私はどのみちすぐに死ぬ。最期の願いだ。ガイ。お前の身に付けた、最高の聖騎士の技を見せてくれ。迷ってはいけない。私の生命を以て…………あの幼く優しかった子が、立派な聖騎士に完成された姿を、最後に一瞬だけ見せて斬ってくれ…………。」








「!! …………っ」








 ――目の前のかつての養父は、ガイの名も無き一刀で造作も無く死ぬだろう。







 だが、せめてガイが幼少から憧れた、聖騎士としての勇姿を見てから死にたいと言う。







 ――ガイの心に迷いが生じた。







 養父を生かすか殺すかではない。







 本当にこの目の前のかつての師匠に、満足がいくほどの技を見せられるのか。







 それだけが気がかりだった。







「――――なら……丸腰の爺を斬っちまうんじゃあ、俺に得るものは少ねエ。あんたも、衰えたとはいえ腕に覚えはあんだろ…………? 聖騎士としての力が……なら、武具を装備して俺と立ち会え。決闘だぜ――――」







 ――ガイは、飽くまでも本気で立ち会う為に、元院長にも全力を出すよう命じた。







「――――ああ! いいだろう。そうだろうとも…………今着替えて来る。待っていてくれ……」







「――とか言って逃げるんじゃあねえぞ。……準備が出来るまで……俺はてめえを見張ってるからな…………」







 ガイは、一旦刀から手を離し、武具を装備しようとする元院長の後を追った。







「――ガイさん…………本当にそれでいいんスか――――?」








 ――――邪魔するものは誰もいない。







 かつての養父とかつての養子による、決着をつけ、鍛錬の成果を見せる為の最後の闘いが始まろうとしていた――――

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