第115話 帰ってきた聖騎士

 ――――廃屋も同然なかつての孤児院跡の部屋で、元院長は軽鎧や具足、腕当て……そして剣を用意し、装備し始めた。ガイは近くの椅子に腰掛け、元院長が逃げ出さないか、また卑怯な手を使わないか見張っている。






 そして…………元院長が上着を脱いだ辺りでひとつの事実に気が付いた――――






「…………!! それは…………そうか、それが――」







「――ああ、そうだガイ。私はもうすぐ死ぬ。この腹に出来た病巣によってな…………お前に言い遺せたものではないが、私はこうなって当然の人間だ。悔いはない。むしろ最後に会う人間がかつての養子で幸せだと思うよ…………」






「……けっ。俺たちを絶望のどん底に叩き落としといて、今更しみったれたこと言って誤魔化してんじゃあねえ。殺してやるからさっさと装備しやがれ。」






 ――ガイは思わず目を逸らしてしまいそうになった。元院長の腹には、寄る年波と激しい悔恨がゆえか、あるいは霞を喰うようにして孤児院を経営してきた辛苦の積み重ねがゆえか…………瘤状に肥大化した病魔が巣食っていた。






 もしこの場にグロウが居れば、彼の治癒の力で病巣を癒そうとしただろう。だが今は彼はいない。






 いるのはただ目の前の元院長へ引導を渡そうとするガイと、その決闘を見守るイロハとテイテツのみであった。






 武具を装備しながらも、かつての養子であるガイへの愛情は消えない元院長。ところどころでガイへこれまでの10年あまりの人生を尋ねて来る。







「……10年前……あの後エリーとお前は孤児院へ戻ってこなかったが…………今までどうやって暮らしてきたんだ。」






「……仲間のテイテツに助けられた。あのバイザーを被った科学者っぽい奴だよ。エリーの『鬼』の力を何とか制御しつつの世渡り。地獄そのものだったぜ。てめえのおかげでな。」







「……そうか。そうだろうな…………お前は昔から……エリーのことを愛していたが…………今も共に在るのか…………?」







「――当たり前だ、と言いてえとこだが…………今あいつは恐ろしく強え軍人に取っ捕まって、この近くの研究所に囚われてる、必死に抵抗してるぜ――――もちろん俺が助け出す。あいつを俺はいつか花嫁にすんだ。一緒に幸せに暮らすんだよ。あいつは……俺の全てだからな…………」








「――ふふ、そうかそうか…………エリーもひとまずは元気か…………お前の愛は変わらない――――いや、もう大人の男と女にまで成長したんだな。子供も作るつもりなのか……?」








「……あいつの『鬼』の体質上、酷く難しいんだがな…………だが諦めねえ。いつか科学的な、どんな方法を使ってでもあいつと俺の子を授かるんだ。『鬼』と人間の合いの子。障害を持って生まれて来るかもしれねえが、構わねえ。覚悟してるぜ。」







「……そうか…………。」







「……おう。」







「……その練気チャクラ……相当に強いが、何処で修行したんだ……?」








「……10年前のあの日から、俺は徹底的に己を鍛え抜こうと努力してきてるぜ。身体も、精神も、刀も。練気なら、ニルヴァ市国へ最近は訪ねていった…………」







「……そうだったか…………ニルヴァ市国は私も昔行って修行したことがある。今はどうなってる?」








「……あんた、知らねえのか。ニルヴァ市国はついこの前、ガラテア軍の糞ったれ共の侵略で滅んだよ。あの小さな国に居た果たして何人が国の外へ無事脱出出来たんだろうな――――」








「――――!!」







「――俺らが世話になった練気使いの師匠たちも…………テイテツの伝手で協力してくれたタイラー=アドヴェントって奴も……わからねえ。多分死んだ。運良く生きてても、ガラテア軍の人体実験やら何やらに遭って…………ひっでぇ末路を辿っているだろうぜ――――糞ったれ!! 糞ったれが…………!! 俺らがあの女軍人にぶっ飛ばされなけりゃあ、こんなことには!!」







「――――ガイ…………」








 ――そこで元院長も不幸な報せに固まった。ガイも拳を地に打ち付け、激しい義憤と後悔を露わにしている。







「――エリーとグロウはまだ生きてるが……俺はまた……また、愛する家族を守れなかったんだ…………!! まるで成長してねえ…………あの日から何も変わってねえ…………!!」







「――――ガイ。そんなことは――――」








「うるせえ!! てめえに…………てめえなんかに、何が解るってんだ!!」







「――よすんだ、ガイ。それは……お前は最大限、出来ることをやったのだよ。ニルヴァ市国でも……10年前の悲劇でも――――」







「――――近寄るんじゃあねエッッッ!!」








 ――元院長はガイの両肩に手を置き慰めようとするが、激情に駆られたガイは立ち上がり衝動的に、元院長の頬を打ち据えてしまった。







 殴られた衝撃で2歩3歩と後ずさる元院長だが――――静かに、ガイの方へ向き直った。








「――――いいか。ガイ。お前が本気で聖騎士らしく気高い強さを求めてエリーと、今のグロウを守りたいなら……己の過去を咎めるのはやめろ。そんなものは聖騎士として穢れや呪いでしかない。」







「――――ッ!!」








 ――先ほどまでの病魔に冒された弱々しい養父ではなく…………ガイの崩壊しそうな苦悩する心に、元院長は毅然とした勇敢な目付きで、ガイを見つめた。







 それは、弱々しい老人でも優しいだけの養父でもなく――――1人のかつての聖騎士の、強い光を目に宿した男の目であった。








 ――その目は、ガイは初めて見たものではない。







 孤児院に居た頃、いたずらをした時に厳しい父として巌とした態度で叱ってくれた時の目。







 そして、聖騎士の技を教える師匠としての気高さと誠実さ――――何より、ガイたち孤児を守る寛容の心を持った育ての父そのものの、強い眼差しであった。








 ガイの心の危機に、元院長はきっと本当は老いさらばえて朽ちていくだけのはずだったが――――ガイの為に、今一度。子を守る父親としての己を呼び起こしたのだ。






「――さあ。準備は調ったぞ、ガイ。お前も準備をするんだ。そして――――成長した証をしかと私に見せつけ、斬れ。そして――――エリーを救え。」







 ――聖騎士としての装備に身を包み、かつての父としての己を揺り起こした元院長は、もはや弱々しい老人らしさは微塵も感じられない。しっかりとした足取りで、先ほどの開けた中庭へと歩いて行った。







「――何をしてる。早く支度を調えないか。私を斬るんだろう?」








 ふと振り返り、ガイを叱る。







「――――お、おお! やってやるぜ。俺の肉体、精神、技の全てを以て――――おめえを斬る!!」







 ガイも慌てて装備を調え、解けかけた戦意を持ち直した――――

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