第116話 迷いの剣

 ――とうとう…………ガイと元院長との決闘。ガイにとって復讐の一端とでも言うべき戦いが始まってしまった。






 元院長は、先ほどまでの老いと養父としての情での弱々しい様子は鳴りを潜め、剣を携え軽鎧などに身を包んだ一人の剣士……否、聖騎士としての風格が漂っている。







「――どうしてもやらなくっちゃあいけないんスかね……ガイさん…………それにしても、元院長さん……さっきまでと別人みたいに強そうっス…………。」







 ――もし、ガイが迷いや弱さを見せず冷徹に復讐を遂げるだけならば、元院長は養父としての情にほだされたまま死んでいっただろう。








 だが、ガイは弱さと苦悩を見せ、それを見て取った元院長の中の……かつての厳格な父親であり、ひいては聖騎士であった気概と気迫が呼び起こされた。








 それも全てはガイの為。もう大人の戦士に成長したとはいえ、かつての養子の崩れ落ちそうな心の危機に、ある意味では養父としての情もあるか…………最後にガイの苦悩を打ち克たせ、救おうと剣を構えた。







 対するガイもいつもの通り二刀を抜いて構えるが――――








「――――どうした、ガイ。練気チャクラが目に見えて乱れているぞ。練気が乱れるということは、心が乱れ、迷っているということ。昔にも教えたはずだ。迷いの剣で…………悪は斬れぬ!」









「――――くっ……うるせえッ!! 師匠面してんじゃあねえ!! 来るなら来やがれ…………!!」








 ――ガイは自ら元院長に引導を渡すとしながらも、やはりその心は迷っていた。








 それは、養父として育ててくれた温情もあるが、先ほどのニルヴァ市国での惨劇を防ぎ切れなかった苦悩に乱れた心を看られ、優しさ以上に厳しさで接してくれたことへの戸惑いもあった。








「――そちらから来ないのならば…………ゆくぞッ!!」







 元院長も轟然と練気を高め、一気にガイに詰め寄った――








「――――ッ!!」









 ――正眼に構えてからの素早く、身体の支点や力点を丁寧に使った鋭い斬り、払い、突き。







 病魔に冒され、余命いくばくも無い老人とは思えないほどの素晴らしい剣技だ。







 だが――――







「――――シャッ!!」








 ――ガイは軽々と剣戟を避け、二刀で以て元院長の胴を斬りつけた。






 だが、元院長の言う通り…………迷いの剣で彼は斬れなかった。







 二刀による剣戟は、元院長の軽鎧を割って胴を傷付けこそしたが、軽傷のようだ。








「――むうっ……どうした。今の一瞬でもう一撃加えられたろう。それがガイ。お前の到達した聖騎士の奥義か? この程度の切り傷では……全く問題にならんぞ――――」









 元院長の剣技や体捌きは確かに老人のものとは思えぬほど強く鋭いものだったが…………ガイの実力からすれば、明らかに問題の無いほどの力の差だった。







 ガイが断じて行えば、元院長はやはり造作も無く斬れる。







 だがガイの中にある迷いが――――養父相手、師匠相手というのもあるが、『本当に自分は聖騎士の奥義を見せられるのか』。その迷いが剣を鈍らせていた。








 元院長もまた戦闘時のガイ同様、練気を集中し、切り傷を癒した。







 そして毅然とした態度で、目の前のガイを睨む。








「――迷うな、悩むな、ガイ!! お前がエリーを救うのだ…………お前でなくてはならんのだ!! 目の前の爺に戸惑っている場合ではない!! 臨界まで練気と聖騎士の誇り、そして信念を込めて高め――――私を斬るのだッ!!」








「――ちっくしょう…………!!」









 ガイはひとたび瞼を閉じ……愛しきエリー、そしてグロウの顔を思い浮かべ、その想いを必死に練気に……身体に……心に…………そして刀に込め、一心に集中した。








 ガイは、目の前の養父を断ち切り、己の迷いを斬ることが出来るのだろうか――――

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