第117話 活殺の剣

 ――決闘が始まって、はや15分が過ぎた。






 実力では既に大きくかつての師匠である元院長を上回っているはずのガイが、決定打を叩けずにいる。






「――でえいッ!!」






「――ぬんッ!!」





 ――今放ったガイの鋭い刺突も、元院長は体幹を軽くずらして軽鎧を吹き飛ばしただけで済んだ。






「――せいッ!!」







「――ちいっ……!」







 ――敵の……元院長の攻撃自体はガイにとっては鈍く遅く、避けることは造作も無い。







 しかし、致命傷を与えられないでいる。多少切り傷を与えても、回復法術ヒーリングですぐに傷を癒してしまう。







 ――――明らかに、ガイは迷いを振り切れず、剣を鈍らせていた。







「――どうした。まだ斬れんのか、私を。本当は……とうに私の実力など上回り、剣も見切っているのだろう? いつまで迷っているつもりだ…………」






「――う、うるっせえ…………すぐに斬る! 絶対にぶった斬ってやるから――――」







「…………やれやれ。本当にどうしようもない甘ったれな馬鹿息子だ、お前は……ならば、これでどうだ――――」






「――――なっ…………!?」







 ――途端に、先ほどまで騎士然としていた元院長は、再び養父としての穏やかな表情に戻り、身体に纏っていた軽鎧の欠片を脱ぎ捨て、剣も捨ててしまった。そうして両手を広げて構えも解き、ただ棒立ちになっている。







 ガイは、なお動揺した。まるで引導を渡されているのは、必殺の剣を向けられているのは自分の方であるかのような錯覚さえ感じた。







「――ああっ!! あの元院長さんの腹は…………!!」







「――そうだよ、お嬢さん。私はもう長くは無い。どのみちすぐに死ぬ運命なのだ…………ならば、過酷な想いをさせてしまったガイに斬られて……私のような人間の人生の幕引きとしたい。」







 軽鎧や下に着ている布地が外れ、病魔に冒された腹部が露わになる。もはや元院長の死の運命は避けがたく、元院長にとってはガイに斬られることこそ人生最後の喜びであり、救いであると…………イロハもテイテツも理解した。






「――さあ。ガイよ。もう私は剣も捨てた。構えもせん。…………あまりに難しいのなら、もう聖騎士の奥義など見せんでもいい。お前の恨みを一片でも晴らす為に、私を斬ってくれ――――養父としての最期の願いだ…………」








「………………」








 ガイは、一度構えを解き、立ったまま瞼を閉じて大きく息を吐いた。








 そして、練気チャクラを集中すると共に、これまでの修行と鍛錬の日々を思い返した。








 ――元院長と一度袂を分かつまで、幼いながらも必死にエリーとかつてのグロウを守る為に稽古をしてきた時期。







 10年前の悲劇から、この世を呪いつつも死に物狂いで生きる為により鍛錬する覚悟を決め、エリーと共に一瞬たりとも気を抜かずに鍛え上げて来た日々。






 謎の遺跡でのグロウとの出逢い。それまであまり意識しなかった不殺ころさずへの留意とより一層の覚悟。






 そして、ニルヴァ市国でどこか受け入れがたいものを感じつつも至極真っ当に接してくれたタイラーや……より本格的な練気の修行をつけてくれたヴィクターとカシムという恩師たち。







 これまでに出逢い、何かを自分にもたらしてくれた人々の、清も濁も入り混じった様々な顔と、その想い――――







「――――ふうーっ…………」







 ――ガイは、再び構えた。閉じた瞼を開いたその目には…………今度こそ迷いが無い。







 練気を臨界まで高め、全身から立ち昇ると共に、ガイの双眸にも清しく青白い光が灯る。







「――ガイさん…………すっごい練気の圧っス…………!!」





「どうやら、これまでとは段違いに練気を高められているようですね。私のバイザーの反応も激しい。ガイは……今や精神的に極限へと至りつつある――――!!」







 いつもなら抑揚も無く淡々と目の前の事実を述べるはずのテイテツですら、声に力が籠る。それほどまでにガイの精神が…………強い覚悟が辺りに波紋のようにぴん、と伝わっていた。







 ――――遂に、ガイは駆け出した。元院長は微動だにしない。






「――でえやああああああ…………ッッッ!!」







 ――2人がすれ違う刹那。黄昏時に太陽は、殊更赤黒く輝いた――――







「――――かはっ…………!」







 ガイの冷たい刀身が、一切のぶれもヨレも無く元院長の胴体へと通り――――その身を真っ二つに切り裂いた。遂に決着はついてしまった――――







「!! ………………ッ?」







 ――見守るイロハは、元院長の胴が断たれる音を聞きながらも、やはりこの残酷な決闘の決着には正視に堪えない、とばかりに目をつぶっていた。








 つぶっていたが、何か様子が違う。






 人間を刀で真っ二つにするものなら、地べたにぶちまけられる血と臓物の生々しい音が聴こえるはずなのに、聴こえてこない。







 イロハが恐る恐る瞼を開くと――――






「――元院長さんの斬られた胴体が……光ってるッス!?」







 ――元院長は確かに胴を断たれた。







 断たれたが、その断面からはガイの練気の青白い清しい光と同じ輝きが放たれ――――なんと、斬られて分かたれた胴体が繋がり、傷跡ひとつ残らず癒えていく――――!!







「――うう……はあっ……はあっ…………ガイ…………これが……これこそが――――お前が達した聖騎士の奥義なのだな――――」







 ――息絶えた、と思われた元院長が、全身から汗を流しつつもガイに呼び掛ける。







「――――出来た。遂に出来たぜ…………俺は――――!!」






「――ガイさん!! こ、これ……どういう事っスか!? なんで元院長さん、斬られたのに生きてるんスか!?」







 ガイは臨界まで高めた練気を平常時まで戻しつつ、語る。







「――――ニルヴァ市国で修行してた技のうち、どうしてもなかなか会得出来なかった技があったんだよ。それがこれだ。『殺す為に斬るんじゃあなく』、『生かす為に斬る』。これまでの俺の刀は相手をぶっ殺してばかりだった…………真の聖騎士の技は、相手を不能にしつつ殺さない、むしろその身と心を浄める剣――――名付けて、『自在活殺剣』だぜ。」






「――お……おおっ…………私の腹の病巣が…………消えてなくなっておる――――!!」






「――相手を制圧し、無力化しつつ、不殺の攻撃ですか。相手は死ぬどころか、その身の病が浄められてすらいる。ガイ、やりましたね――――」






 テイテツは冷静に、だがどこか温かくガイに声を掛けた――――ガイは遂に奥義を会得した――――!!

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