第118話 将来の誓い

「――――はっ。」





 ――廃墟も同然のアナジストン孤児院跡地の一角、元院長のベッドの上に横たわっていた彼……エリーとガイの養父たる男は目を醒ました。






「…………起きたかよ。糞親父さんよオ。気分はどうだ…………?」





 傍らの椅子には、ガイが不遜に、脚をテーブルに掛けわざとらしいまでに行儀悪く座り元院長を見つめている。もう少し離れた椅子にはイロハ、そしてテイテツが座って……2人の様子を心配そうに見ている。





「――元院長さん! 気が付いたんスね!!」





「――ふむ……」





 意識を取り戻したと見るや、イロハは駆け寄って声を掛け、テイテツは元院長の脈拍や瞳孔の状態などを診たのち――――ガイに斬られたはずの腹部を診た。







 ――元院長の腹部には、目で見て解る程度の切り傷痕しか残っておらず、健康状態に何ら問題は無かった。







 そう……病魔に冒され瘤が隆起していた部分も、すっかり無くなって癒えていた。







「――――とても……清々しい気分だ…………いつもの腹からの不快な圧迫感や痛みも消えている…………」






 元院長も自らの身体を見遣り、驚嘆の意と共に晴れ晴れとした、安らいだ気分でいた。






「――ガイ。見ての通り健康状態に異状はありません。腹部の腫瘍も…………完全に癒えています。貴方の『自在活殺剣』は完全に成功しています。」







 ――テイテツの診断に、ガイは顔を背け、けっ、とひと声吐いて続けた。







「……そうかい。そりゃあ残念だぜ。活殺剣は会得しつつも、痛みぐらいは残しておきたかったぜ。はッ――」






 素直な表情を向けられず毒づくガイ。だが、元院長は顔をほころばせてガイに声を掛ける。






「――ガイ……ついに奥義を会得したんだな…………自在活殺剣か……戦う相手の力を削ぎつつも、生命は生き長らえさせるか――――素晴らしい技だ…………!」






 ――元院長は涙を流した。無論、ガイが更なる成長の証を見せてくれただけでなく…………ガイの本来は優しい心根が感じられる太刀筋に心から感涙した。







「……勘違いしてんじゃあねえ。てめえは斬っても殺しゃしねえ。最初から決めてたことだ。何故なら、生きて罪悪感に一生苛まれる方が断然苦痛だからな。」






 テーブルから脚を下ろし、椅子から立ち上がるガイの腕に、元院長は縋りついた。






「――――ありがとう。ガイ。強く成長してくれて、本当にありがとう…………お前は本当に優しい子だ……その優しさと強さで……エリーを救ってくれ――――」







「――ちっ。触るんじゃあねえ!!」







 半ば衝動的に手を振り払ったガイだったが――――今度は元院長の顔にしっかりと向き合った。






「……てめえ。寝言を言いてえんなら今度こそ寝かしつけてやるぜ。永遠に醒めない眠りにな――――当たり前だろ。エリーとグロウは俺……俺たちが救い出す。神様とやらが『無理だ』と言ってもやり遂げて見せるぜ。だが、あんたは生き続けろ。生き続けて、少しでも俺たちの罪滅ぼしにそのちっぽけな生命を使い潰しやがれ……」






 ――苦しみ生きろ。そう告げるガイだったが、拳を握り……ゆっくりと元院長の顔に向けた。






「――――あんたのお陰で、俺らは生き地獄に堕ちた。だが、同時にそこから這い上がる力もまた、あんたがきっかけで得られそうだ――――いつか。いつか…………エリーを助け出して、幸せに暮らせる世界になったら、また来るぜ。俺は花婿。あいつは花嫁姿でな。そいつを見届けるまで、くたばってんじゃあねえぞ。必ずそうする。それから永遠に、犠牲になった孤児たちに供養しやがれ――――糞親父。」







 ――やや支離滅裂なガイの言葉。それだけ複雑な情が蠢くのだろう。だが、その握った拳と双眸には、確かな決意と……不幸の始まりであり、同時に訣別のスタートラインでもある元院長への敬意と感謝が見て取れた。







「――――ああ……ああ!! それでいいよ…………そうだ。その覚悟でエリーを救え――――うううう……あああああ…………」






 ――元院長は震える手で自らも拳を作り、ガイの拳にごつん、とぶつけ……誓いを立てた。そして情動の堰が切れた元院長はたちまち嗚咽し、泣き始めた。10年以上もの哀惜と後悔の念だった――――






「――元院長さん…………いや。ガイの親父さん…………」






「――行くぞ。イロハ、テイテツ。もうここに用はねエ。」







「ちょっと! ガイさん、もうちょい元院長さんと話してからでも……!!」






 荷物を担ぎ、ガンバに戻ろうとするガイにイロハは声を荒らげて後を追う。







「――いいんだよ。これでいいんだ。充分なんだよ…………親父は生きてた。そして、奥義をモノにして俺とエリーの結婚まで生き長らえさせると同時に……俺らや、助けられなかった孤児への罪を背負う。もうこれ以上得られることは何もねエ…………あとは俺らが結果を死に物狂いで出すだけで充分だ。」







「ガイさん…………」






 ――ガイはガンバに乗る直前、一瞬振り返った。泣き崩れつつも喜びに、ある種のカタルシスに満ちた元院長の顔と、泣く声が聴こえてくる。







 ガイは、一瞬ふっ、とにこやかに笑った。それはガイ自身無自覚な笑みであった。






 そしてガンバに向き直り、再びいつもの鉄面皮に面を固め、どこか自分に言い聞かせるようにこう呟いた。







「――待ってろ、エリー。グロウ。今行くからな――――」






 ――若き聖騎士は、再び誓いと共に……己の中の勇気を湧きたたせた――――

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