第119話 2人の抵抗
――――ガイが奥義を会得した一方。
ガイたちが目指すガラテア軍の研究所にてエリーとグロウは囚われていた。
一度ガラテア本国のデスベルハイムへと舵を執っていた旗艦だったが、どうやら本国までは帰還せず、途中の基地近くにある研究所へと2人を収容したようだ。
グロウの方は非力な少年であるせいか、手足に軽い錠を繋がれて一室に軟禁されている程度だが――――エリーは違った。
「――おお。これが『鬼』遺伝子混合ユニットの女かぁ。好みのタイプじゃあないけど……へへへ。なかなかカワイイ美人じゃん? 厳重に錠に繋がれてるとよお――」
――エリーの身体検査を行なう為にエリーの独房へ入ってきた研究者の1人。四肢を拘束された女、という画に背徳感を覚えるのだろうか。劣情を伴った目でエリーをじろじろと見る。
「………………」
……エリーは疲れ切っていた。肉体がではない。仲間と離れ離れになり、ガイともグロウとも連絡が取れない。
何より、ニルヴァ市国で充分に力を付けたと持っていたはずの自信が…………あのアルスリアという謎の女の手ひとつで打ち砕かれてしまったという事実。そして、ニルヴァ市国を死守出来なかったという事実を前に、酒場でうなだれていたガイ同様絶望感に打ちひしがれてしまっていた。全体重を拘束具に預けたままだらり、と頭を垂れてしまっている。
「おい。気を付けろよ…………若い女に見えてもただの人間じゃあない。『鬼』と人間のミックスな上に、
「へへ。大丈夫大丈夫。大型戦車以上の馬力を抑えるほどの拘束具で、こうやって壁に張り付けてんだぜ。ちょっとくらい『おイタ』したって抵抗できっこねえよ。」
――男が言う通り、エリーは怪力と火炎を誇る『鬼』遺伝子混合ユニットとして、ガラテア軍の研究施設ではかなりの拘束がなされていた。
女の身でありながら、食事にも自分の手を使えず、大小便の処理ですら研究員の手に委ねられていた。その際だけは、女性職員が処理を行なっていることがせめてもの救いであった。
「――どれ……そのしょぼくれたカワイイお顔を見せてみな――――」
軽々しくエリーの顔に触れようとする研究員の男だが――――
「――――!? ぎあッ…………お、俺の指ぃ……指がああああッ!!」
――絶望に打ちひしがれているエリーだったが、女としての尊厳やプライドまで捨てているほど堕ちてはいなかった。瞬時に男の人差し指と中指に鋭い牙で喰らい付き、嚙みちぎった――
『貴様なんぞの汚らわしい指など喰らわぬ』とばかりにちぎった指は即座にぺっ、と吐いて棄てた。俄かに他の研究員たちの悲鳴も上がる。
「――――舐めんじゃあないわよ。もう、ガラテアなんかの相手をすんの、うんざり。あんたらに穢されるくらいなら、マジで自分で心臓を握り潰して死んでやるんだから。」
――平生の、朗らかで能天気なエリーの表情はすっかり失せてしまっていた。その碧色の双眸は深い悲しみと怒り、そして絶望に淀んでいた。
「――てってめえ……!! よくも俺の指っ……指を!! 懲罰だッ!! 四肢の拘束具から電流を――――うおっ!?」
途端に、今度はエリーは軽々と右手の拘束具を引きちぎり、鉄の壁の一部を男の足元へ吹っ飛ばして威嚇した。
「――ガイもいない。グロウもいない。仲間も全員いない…………何を希望にして生きてったらいいの? わかんない…………でもね。あたしやグロウに触れようもんなら――――あたしはいよいよ本物の『鬼』にだってなってやるわよ。あんたら全員、引き裂いて、骨も残らないくらい焼き尽くしてやるんだから。実験生物になって死ぬくらいなら、大暴れしてから自分で死んでやるわ…………」
――希望を失い、絶望に身をたゆたうエリーの目は、まさしく修羅。己が生きてきて散々浴びせられてきた『人外の化け物』という恐れを込めた罵り。それそのものになりかけているのかもしれない。
「――ちっ。これではまともに検査すら出来ない。上へ掛け合って、この『鬼』遺伝子混合ユニットの拘束がもっと強い区画に移してもらいましょう。かつてのアナジストン孤児院に預けていた頃とは比べ物にならないほど強くなっている…………さあ、先輩、指を拾って……一旦退きましょう…………」
「――――くそっ…………化け物め!!」
研究員たちは男の指の結合治療の為、またエリーの拘束が甘いことを見て一時撤退。
エリーは、片手が自由になりながらも、宙を仰いで呟くばかり。自ら脱出する気力すら起きない。
「――――ごめんね……ごめんね…………ガイ……グロウ…………あたし、もうここで駄目みたい――――」
エリーは独り。アルスリアに完敗した事実とガイもグロウも傍にいない寂しさから、心のうちの希望の灯火は今にも消えそうに儚く揺れていた――――
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――――一方、拘束が緩いグロウもまた、椅子に腰掛け、呆然としていた。
「――お前がニルヴァ市国から連れてきた……『創世樹』のキーだって!? まだただのガキじゃあないか。」
「それが、ただのガキには思えないほど練気エネルギーを秘めてる…………それも、人間にはあり得ないほどのレベルだそうだ。」
「そうかい――どれ、かわいい坊や。採血の時間だよ。ちょーっとチクッとするけど大人しくしてろよ~?」
「………………」
研究員は、相手が子供と見て取り繕った猫なで声で注射器を向けて来るが、それを見つめるグロウの目は氷のように冷たかった――――
「――なっ!? なんだこれ…………ぐぎゃあああああッ!?」
――研究員がグロウの腕に触れる直前に、グロウは逆に研究員の腕を掴み『活性化』の力を使った。体内の細菌毒が活性化しただけでなく、骨や筋肉が異常な急発達をし、研究員の腕を歪な形にへし曲げた。
「――僕に触れないで。触れれば、そうやって抵抗するから…………触れないなら、何もしない。もう何もしない、よね?」
「――あががががっが…………わかった!! 悪かった!! 何もしない、しないからああああああ!!」
――グロウもエリー同様、自分にほんの僅かでも加えようものなら力を使って抵抗し、誰も寄せ付けないようにしていた。
「……そう…………」
グロウは苦しむ研究員を見て、異形の湾曲した腕に手を差し伸べ…………腕を元に戻した。グロウの方が治せる分、まだエリーよりは有情であった。
「――――さすが、我がダーリンだ。こんな雑魚たちなんか受け付けないか…………ならば、私とお話でもしようじゃあないか――――グロウ。」
「!! ――――君は…………」
研究員たちの後ろから、例の女――――アルスリアが愛しそうな眼差しを向けつつ、グロウに近付いた――――
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