第199話 叛意

「………………っ」





 ――アルスリアに手を繋がれ、共に創世樹へと至ろうとするグロウ。






 次々と邪悪な凶行をいともたやすく、平然と行なってしまうアルスリアへの激しい怒り。かつて経験したことが無いほどの他者への怒りを露わにし、グロウはアルスリアを睨み付ける。今にも掴みかからんばかりにだ。





「――――それほど私を憎むかい、ダーリン?」





「………………」





「ははっ。口も利きたくないほど大嫌い、って顔だね。だが…………君に私は殺せないよ。戦闘の実力もそうだが……『養分の男』としての本能が、君から私への攻撃を拒んでいる。そういうシステムなのさ。創世樹を目の前にした今や、その感覚は遙かに強くなってきていることを君も理解出来るはずだ。」







 ――グロウとアルスリアにとって、母なる存在とも言える創世樹。その存在に近付くだけで、より『養分の男』そして『種子の女』としての本能は強く働き、互いを肉体的に殺したり傷付けたり出来ないようにさせていた。






「――それに…………私にとっては、ダーリンから憎まれれば憎まれるほど、好都合だ。まあ、最愛の存在に憎悪の念を向けられるのは背徳的な悦び以上に、悲しみもあるがね……」






「…………?」





「今に解るさ。このまま創世樹の内部に侵入し、中心核で融合を果たせば、ね…………。」





 ――2人は既に、創世樹の巨大な根っこを掻き分けるように進み、まるで無数の根が鉄格子の張った門のように閉じている入り口部分に達していた。





「ここだな。――――。――――――。」






 ――アルスリアは、例の始祖民族と同じ言語の呪文のような合言葉を発し、練気チャクラを集中した――――





 すると――――みるみるうちに地震のように大地を震わせながら創世樹が蠢き、ぶちぶち、っと門の部分の無数の根が裂けて道を開いていく。






「――これは――――!?」




「――ははは! 二柱の子供たちが帰って来たのを、創世樹も喜びにうち震えているようだ! 入り口を開いただけでこの迸るエネルギーか――――!!」





 俄かに、創世樹全体から……始祖民族たちの身体に浮かび上がっていたものと酷似した紋様が浮かび上がり、一気に力場が発生し始めた。





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「――おおっ、おっ、おっ、おおう……あれが創世樹……何と漲る強大な力じゃあッ!!」





「――創世樹の現在の出力は?」





 ――宮殿型戦艦で誰もが動揺を覚える中、耄碌し切っている皇帝はひと際錯乱していた。半ば発狂している。





 ヴォルフガングはこの状況でも落ち着いて、現在の創世樹が出しているパワーを計測するよう促す。





「――お、お待ちを……出ました!! おっ、およそ452京wッ!! 核融合炉のエネルギーを遙かに上回っていますッ!! なおも上昇中!!」






「――――アルスリアが門を開いただけでこの高エネルギーか……我々の当初の目論見を遙かに超える力だな…………。」






 ――目の前で起きている途方もなく強大な力を前に、鉄面皮のヴォルフガングも内心躍るような気持ちを抑えるのに手一杯である。





「――素晴らしいッ!! 素晴らしい力じゃあないか!! のう!? ――――これで儂は、永遠に栄華を極めた存在となるのじゃあああああああアアアアアアッ!!」





「……何ですと? 皇帝陛下。」





 完全に狂乱する老人の戯言に、ヴォルフガングは毅然と聞き返す。






「――決まっておるじゃろうッ!! ガラテアの繁栄とは、即ち、儂の永遠なる繁栄ッ!! そもそも我らが旗印の鳳凰とは、皇帝たる儂の栄華が宇宙の終焉をも超えて続くことを――――!!」





 ――狂った老人は、甲高い声でそう喚き散らす。血圧が上がったのか、全身に取り付けられた管を通る薬液は逆流し、心電図などの医療計器類はけたたましい音を立てて異常を訴える。言葉ももう口をもごもごと動かすばかりで呂律が回らない。





「――――何を仰るのです、陛下。我らが悲願は、全人類を+10000へと進化させ、何も恐れるもののない存在へと導くこと。断じて誰かが栄華を極めるなどという妄言は――――」





「――うぬっ、な、あ、なあ、何が妄言じゃあッ!! 貴様、誰を相手と心得――――ぎあッ!?」






 ――そこまで言いかけた所で……ヴォルフガングは腰元の銃を素早く抜き放ち、撃った――――言わずもがな、皇帝の眉間へである。場がざわつく。





「ちゅ、中将閣下!?」





「――諸君。たった今私は我が崇高なるガラテアが目指す理念とはまるで違う我欲に塗れた暴君を誅殺した。これはクーデターなどではなく、ましてや私怨でもない。国家を蝕む害虫を排しただけだ。何の問題も無い。引き続き、この作戦の指揮は私が執る。皆、各々の任務に戻れ。」






 ――ヴォルフガングは、そう特別声のトーンを荒らげるでもなく、ビジネスライクなポーカーフェイスでそう告げた。長らくガラテアを蝕んできた老人の遺体はすぐさま親衛隊が運び出し、退場させた。それ以上、畏怖の念でも何でもなく、ヴォルフガングに異を唱える者はいなかった。皆納得し、暴帝の誅殺を甘んじて受け入れた。






「ヴォ、ヴォルフガング中将閣下…………ッ!!」






「何だ。」






「こ、こちらの回線を…………音声映像共に、モニターに回します――――うわっ!?」






 ――オペレーターがそう言った直後に、宮殿型戦艦が激しく揺れた。






「――砲撃か?」






「――は、はい。ですが、撃って来たのは――――!!」






「……ふむ。どうやらこちらは本物のクーデターに類するものらしいな。とうとう動いたか――――リオンハルト。」






 ――ヴォルフガングの胸に幾ばくかの感慨と共に浮かんできたのは……モニターに映る、リオンハルトの凛々しき姿だった――――

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