第176話 霧の中の攻防

「――――よく役に立ってくれたね、グロウ…………後は私たちと共に上陸して、創世樹を一緒に迎えるんだ。」





 ――フォルテのすぐ後方の旗艦のブリッジから、マーキングした練気チャクラの羅針盤を明滅させながら、アルスリアはモニター越しにフォルテを睨む。





「――いいか諸君。この作戦のフェイズは敵を殲滅することではなく、飽くまで幻霧大陸の道を開けさせることだ。その後はあの古代戦艦を捕らえる位置まで追いやること――――」





「――リオンハルト准将! 幻霧大陸の霧がたちまち晴れていきます!! 全体像が見えるようになるまで……残り数時間程度と予測!!」





 ――リオンハルトの戦艦ふねの乗組員は、もう少しで今まで霧に覆われていた幻霧大陸の全貌が明らかになると、どこか喜色を込めて報告する。





「――あと数時間で……私の故郷は丸裸というわけか……グロウと創世樹で添い遂げること以外に大した興味もないが……始祖民族がどのように居住しているのか、そこは少し気になるかな。」





「……もし養分の男・グロウ=アナジストンが動かないようであれば、貴女に頼まざるを得ないところだった。そこは相手の判断にむしろ感謝すべきかもしれないですな。」





「――それはそうさ。これは言わば後出しのジャンケンみたいなものだ。先に動いた方が不利な状況に追い込まれ、後に動いた者の後手に回る。だから密かにあの古代戦艦の背後に静かに張り付いていて正解だったよ。さっきまでの霧で向こうはこっちの熱源がレーダーで探知出来なかっただろうし。」





「……ふん。狡猾な策だが……それは我々にとって今に始まったことではないですからな――――いいか! 弾幕は張れども主砲と副砲は使うな! 機動部隊もミサイルやレーザー砲などの火力の強い物は避け、バルカンで牽制するにとどめよ!! 目的は撃墜ではなく誘導と追跡だ!!」





「ふふ。解ってるじゃあないか。珍しく意見が一致したね、リオンハルト――――総員、主戦力は使わず、とにかく霧が晴れるまで牽制せよ。くれぐれも撃墜はするな。」






 ――相も変わらず別々の艦から通信しつつ指揮するリオンハルトとアルスリアだが、今回ばかりは特にいがみ合うことなく落ち着いて統率しているようだ。






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「――くそっ……何故だ!? あの野郎共、さっきまでのあの濃霧の中で何で俺らの居場所が解ったんだ!?」





「――また発信器の類いでも取り付けられたのでしょうか……だとしたらいつの間に? この端末にも発信器らしい電子機器の反応は無いはず――――」





 ――激しく揺れる戦艦フォルテの艦内を駆けるエリーたち。まだ気付いてはいなかった。手負いのアルスリアがグロウへ種子の女由来の練気チャクラでマーキングを施していたことに…………グロウに張り付いた見えない練気の種は、巧妙にその存在を隠し切っていた。






「――――ぐっ……ガラテアめ……主砲を撃ってこないということは…………我々を幻霧大陸の何処かへ追いやってまとめて生け捕りにするつもりか…………!!」





 ――ブリッジまで戻ると、衝撃で体勢を崩しながらも操舵するゴッシュの姿があった。辛くも、後方から追撃してくるガラテア軍の狙いも読んでいる。





「――ゴッシュのおっさん!! 何とか振り切れねえのか!?」





 空の上の攻防。自分の力の立つ瀬が無いガイは、ついゴッシュに縋るように声を荒らげる。





 ――既に砲撃手や対空砲火に命じて、ガラテア軍の機銃の嵐を何とか避けようと踏ん張るキャプテン。バリアも張ってはいるが、そういつまでももちそうにない。





 ――――だが、一度フォルテの姿勢が落ち着いたところで、ゴッシュはゆっくりと立ち上がり、毅然と応えた。






「――策は…………ある!」





「マジか!! だったらすぐ――――」





「だが、わからん。何故こんな状況で奴らはこのふねの位置を知るどころか、すぐ後方に張り付けたのだ…………?」





 ――ゴッシュはゴッシュで、何故つきまとわれたのか、という謎に思考を逡巡させる。が、今は理解出来そうもない。






「――今は詮索してる場合じゃあねえ。例え一時しのぎだったとしても、奴らを撒くためにはやるべきだろ!!」






「わかっている! もう準備はしたはずだ……。」





 ――――ミサイルやレーザー砲などは飛んでこないものの、圧倒的な物量を投じて機銃の嵐を見舞ってくるガラテア軍に、バリアや特殊装甲を張っているフォルテでももはや予断を許さない。






「――艦長キャプテン!! 準備完了しました!!」





「――よし……! 全速前進!! 同時にガラテア軍を攪乱する『あれ』を撒けッ!!」





「了解ッ!!」







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「――あの古代戦艦、速度を上げたね。だが振り切ろうと無駄なことだ。直に推進力が尽きて何処かへ落ちるだろう――――」





「……? いや、全軍速度を落とせ!! 何か…………おかしい――――!?」






 ――アルスリアが勝ち誇った笑みを浮かべる刹那、リオンハルトはフォルテからの異常を察知した。






 フォルテの艦体から急激に立ち込める煙。これは――





「――撃墜した……わけじゃあないようだね。とすると、煙幕の類いか……?」





 先行する機動部隊が、フォルテから放たれる煙幕のようなものに触れた瞬間――――





「――!! ……やはり、ただの煙幕ではなかったか。総員後方へ退避せよッ!!」






 煙幕に触れた機体は、突然煙自体から電熱が生じ、爆発にも似た雷に打たれた。たちまち巻き込まれた数機が墜ちていく――――






「――ふうむ……どうやらあれは雷雲そのものを人工的に発生させる煙幕のようだね。身を隠すだけでなく、近付けば電子が反応して放電、落雷にうたれる。攻防一体の煙幕か。」





「――加えて、強力な探知妨害電波ジャミングの展開…………これは迂闊に近付けない……」





 ――そのままフォルテは、まだ幻霧大陸の濃霧が晴れ切らないうちに、闇に消えた――――





 果たして、またもリオンハルトとアルスリア率いる艦隊相手に逃げ切ったエリーたち。





 だが、アルスリアは余裕の笑みを崩さなかった。





「――ほんの一時逃げおおせた所で無駄さ。グロウ。君の位置は依然私に手に取るように解るのだからね――――」






 ――艦を撒いても、肝心の練気の種に気付かない限り、何処までもアルスリアは追ってくる。






 一旦戦闘は鎮まったが、幻霧大陸全土を巻き込んだ争いはまだ始まったばかりのようだ――――

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