第175話 霧の門

 ――――それから約3日間の間。戦艦『フォルテ』に乗っている者たちは大きな不安を胸に抱えながらも、自分に出来る思い思いの行動をして過ごした。




 ある者は炊き出し。ある者は整備。ある者は鍛錬…………。




 皆、幻霧大陸へと至るまで、熱心に目の前で取れる行動に集中しているのだった。





 ――そう。これから待ち受けているガラテア軍との最終闘争。そして生命の刷新進化アップデートと言う全く未知の大異変を前に、不安と焦りを一時でも忘れ去るように…………。





 ――――だが、もちろんただ不安に怯えて、単なる行動で現実から逃げるだけではなく、前を向く者も沢山いる。要塞都市・アストラガーロ国主から即座にこの戦艦の『艦長キャプテン』となったゴッシュ=カヤブレーはもちろん、エリー一行もその一員だ。





「――各員、心身共にコンディションは万全か?」






 ――ゴッシュの問いかけに、ブリッジにいる乗組員たちは異口同音に「万全、異状なし!」と強い語気で返答した。愚痴ひとつ言う者もいなければ、項垂れる者もいない。






「――では、改めて現在地を確認する。ここは幻霧大陸の最北端。レーダー上はそのはずだ。だが――――」





 ――計器類では、ゴッシュの言う通り、幻霧大陸の最北端に上陸しているはず。





 だが、やはり当初の目測通りとでも言うべきか、深い霧に覆われ、肉眼はもちろん、鋭敏なレーダーやセンサーですら、数メートル先の霧に何があるか全く解らないし、見えない。





「――――聞いてぁいたが……マジでこの霧は何なんだろうな。計器類も、テイテツの端末ですら探知するのが馬鹿になっちまうほど何もわからねエ。まるで、巨大な何かを隠してるみてえだぜ…………。」







「――実際、得体の知れないモノが存在しているんだろう。世界樹……『創世樹』とやらがどんな存在か、まるで見当もつかんが……相当に大きな存在ではあるんだろう。だから先住民とやらが隠しているのか、あるいは創世樹自らが姿を隠す為に霧を出しているのか――――」






 ガイもセリーナも目の前の濃霧に正直な感想を言う。一体この霧は何なのか。大陸そのものを隠してるかのような…………それは世界樹たる創世樹の意志なのだろうか。





「――――どうやら僕の出番みたいだね…………何処に行けばいいのかな……。」






 ――濃霧を前に二の足を踏む戦艦フォルテに乗る一行。とうとう唯一の突破口であり得るグロウが動き始めた。エリーたち他の仲間たちも当然動く。





「――一緒に行くよ、グロウ!」



「こんなわけわかんねえ場所だ。何が起こるかわかんねえからな。」




「だよね。みんなも行くよ!!」




「ハイっス!!」

「了解。」

「当然だな」





 エリー一行は一切の油断を排して艦内を動き始めた。





「――頼む、グロウたちよ。私はこのブリッジで全体を見据えねばならん。何かあったらすぐに艦内中にある通信機でもお前たちの端末でも何でもいい。連絡してくれ。私も何か異変があれば知らせる――」





 ゴッシュは艦長としての務めを果たすべく、心なしか恭しくエリー一行を見送った――――






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 ――それから艦内の至る所で、グロウは練気チャクラを集中してみた。





 最初にブリッジ。次にメインエンジン。さらにはブースター系統の近く…………ほとんどしらみつぶしに艦内を廻っていった。





 幻霧大陸から来たというこの戦艦ふね。やはりグロウの力に反応してところどころ碧色に光ったり、エネルギーの出力が上がったりなど何らかの反応を示すのだが……どうやらそれだけではこの奇妙な霧を晴らすことは出来ないらしい…………。





「――これでほとんど艦内は試したな……だがまるで変化がねえな…………ちっ。どうしろってんだ、この幻霧大陸っつーのは……」





 ガイが悪態を吐きかけたところで、グロウは何かを閃いたようだ。





「もしかして、直接……」





「――えっ? 何、グロウ?」





「――甲板に上がってみよう。もしかしたら戦艦の中からじゃあなくて、外の霧に直接働きかけるのかもしれない。」






「あっ……」






 エリーは考えの外にあったポイントを突かれ、少し驚いた。





「盲点でしたね。幻霧大陸の先住民族由来のこの戦艦に対し何か働きかける必要があるのでは……という先入観に囚われていたようです。」





「霧に直接触れて念じれば、何かあるかもしれないな……よくよく考えればその方が自然かもしれないな。」





「そうと決まればGOッスよ! でも……外には何が待ち構えているか解んないっス。ガラテア軍もそうっスけど、見たことも無い化け物が飛んでる可能性だってあるっス。充分警戒するべきっスよね?」





 グロウの閃きを聞いて、テイテツ、セリーナ、イロハも同意した。そして甲板に出る以上、一層の危険を覚悟するのだった――――






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 ――ハッチを開けて甲板に出て来た。






 戦艦フォルテはゆっくりと前進しているとは言え、高高度の上空に立つと強烈な冷たい風が吹きつけてくる。皆寒さに耐えながら甲板から四方を見遣る。





 やはり、強烈な風のせいで霧も流れるとはいえ、数メートル先も全く見えない。エリーたちは自然とお互いを見失ったり飛ばされたりしないように円形に陣形を組んだ。





「――――ふううううう…………」






 ――グロウが力を引き出し、念じる。霧は応えてくれるのだろうか――――






(――――近い……とても近く…………この大陸に間違いなく、僕の故郷がある――――お願い。道を開けて――――!)






 ――グロウが殊更強く念じると、俄かに周囲の霧が渦を巻き出した。さらに強烈な風が吹き荒れ、一行は身を縮める。





「――――みんなーっ!! 私に掴まってて!! 絶対に飛ばされちゃ駄目!!」





 ――一行の中で一番踏ん張りが効くエリーが『鬼』の練気の開放度を高め、近くのガイとグロウをしっかりと掴む。他の仲間も何とか掴まり、飛ばされないように全身を緊張させた。






 ――突然、嵐のように逆巻く幻霧大陸の濃霧。次の瞬間――――





「――霧が…………消えていく――――」






 ――立ち込めていた霧は、グロウの練気の色にも似た碧色の美しい光を輝かせながら、少しずつ消えて、晴れていった――――






 ――だが突如……艦内のサイレンが鳴り響いた。






「――――エリーたち!! すぐに艦内へ戻るんだ!! すぐ後方からガラテア軍が狙っているッ!!」





 ――晴れた霧。だがフォルテの後方には、夥しい数のガラテア軍戦艦と戦闘機がすぐさまこちらへ狙いを定めていた――――

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