第34話 妖艶な蛇と猛る竜騎士

――――ガイが生死の境を彷徨う闘いの一方。




 セリーナは空中走行盤エアリフボードで森の上を飛び、敵から逃れようとしていた。




 だが――――




「――くっ! 飛び道具持ちとは、厄介な――――!」





 空中を飛べるならセリーナが優位に思えるが、それは地上が見渡せる平野などでの話。




 姿を隠せる森なら、地上から空中を飛び回り、逆に目立つセリーナのような獲物は、飛び道具で狙われる格好の的だった。森を高速で動き回る敵の姿は捉えられず、反撃も出来ない。




 飛んでくる弾を辛うじて避け、また大槍で弾いてやり過ごそうとするセリーナだが……弾の威力が予想以上に重く、弾くだけでも体勢を崩しかねない。





(ちっ! 空は却って不利か……なら地上で迎え撃つ!)





 素早く、器用に空中走行盤を踏み替え、セリーナは地上に降りた。





 ――辺りは木々の間から僅かに入る日光がちらつき、果ての無い闇。虫や小動物の鳴き声、風によって樹木がざわつく感覚。敵の気配が感じられない。




 一体何処から仕掛けてくるのか。




 セリーナは緊張し、大槍を構えながら勇敢に声を張り上げた。





「――隠れてないで出てこい、ガラテア軍人!! 遠くから狙い撃つだけなど卑怯だぞ!! 武人の端くれならば……闘技で勝負しろッ!!」





(――とは言ってみるが……それこそ冒険者や武人以上に殺し合いに慣れた軍人のすること……奴にすればこれが堅実なやり方なのだろうな。ちっ……)





 武人らしく闘え、と叫びつつも、相手にも戦い方があることを内心認め、舌打ちをする。





「――あらン❤ 逞しい言葉と声だこと…………そんなに心配しなくっても、私は逃げも隠れもしないわん♪」




「……!」




 だが、予想に反し、敵は――――セフィラの街から散々誘惑にも似たアプローチを繰り返してきた女・メラン=マリギナはセリーナの正面から現れた。声色は相変わらず甘ったるいが、眼光は豹のように鋭い……。





(……こいつ……ガラテア軍人のくせに、酷く軽装なままだ……さっき撃ってきたよくわからん弾を撃ち出せそうな銃の類いは持ってない――――)




 セリーナの察する通り、メランは肌の露出が多い、扇情的ではだけた改造軍服のままだ。砲はおろか、拳銃すら見当たらないし、隠せるよう布地のゆとりもない。



「……銃も持たないのに私が弾を撃ってるのが…………わかんなくって不思議~?」




「むっ……」




 一瞬心を読まれたかと錯覚した。セリーナの疑念をそのまま言い当てられてしまった。思わず声に出る。





「あははは、やっぱりイイ反応~♪ 図星だったわねン❤」





 推測が当たったことと、セリーナがすぐに反応を示したことに、満足そうにクスクス、と微笑むメラン。





 徐に、両手を広げて伸ばし、掌を天に向ける。





 すると――――





「――!?」




 メランの全身から一瞬『圧』を感じたかと思った瞬間、ボウッ、と火を灯すような音と共に、掌からエネルギーの『弾』が出た。メランの手元で浮かんでいる。






「――私たちはねン……軍から改造手術と薬漬けで、全身弄くり回されちゃったのよン。玉のようなカラダの色んなトコ、色んなモノで…………勿論脳味噌も。まあ……なんでそうなったかは語ると長いからやめとくけどぉ――――お陰で練気チャクラっていう生物が持つ生命エネルギーのようなモノを練って、重傷を治したり……他にも色ぉんな超能力が使えちゃうのよぉん♪」





「……そんな……力が…………」





(――練気だと!? そういえば…………グアテラにいた頃に父上や兄弟子から聞いたことがあったが…………『千年に一人しか現れない』とか『太古の昔の武の仙人が使った』とか言われていたはずの言葉……ただの御伽噺だと思っていたが――――こいつらはそれが使えるのか!?)





 密かに伝え聞く名前だけは知っていたセリーナだが、とても現実のものとは思っていなかった。




「――自分の得物の正体を自ら敵に教えるとは!! 随分と舐められたものだな…………そんな豆鉄砲のような弾など、喰らう前に貴様の胸を刺し貫いてやるッ!!」




 動揺を掻き消す意も込めて、メランに猛然と言い放つ。




 メランは…………相も変わらず情欲を伴った恍惚とした笑みを浮かべて応える。





「『刺し貫く』…………ああん。なんて素敵な言葉…………❤ 逞しい肉と骨を穿ち、大事な大事な臓物を、あのリンゴみたいに潰して、突く――――強烈なのが欲しいし、逆に貴女にもあげたいわン❤ うふふふふふ。」






「くっ……戯れるのも大概にしろッ!! 貴様はここで死ぬ。他の3人もな――――参るッ!!」





 掛け声ののち、大槍を真っ直ぐ構えセリーナは猛スピードで距離を詰め――――突きを繰り出す!!





「――あん❤ 鋭い…………♪」





 ひらりと躱したメラン。まだまだ余裕の姿勢を崩さない。





 セリーナの隙を狙い、両手の気弾を右、左と撃つ!!





「ふッ!!」





 セリーナは計算づく。突きの勢いを殺さず地面に切っ先を突き立て、全身を槍に対して水平に、逆立ちのような形で身を翻して鮮やかに避ける――――そしてそのままメランの脳天目掛けて踵落としを見舞う!!





「うんッ……すっごい反射ねン、大きな猫ちゃんみたいよん!!」





「むっ――!!」





 メランは両手を交差して頭上に掲げ、踵落としを受ける。圧力でメランが少し地面に沈み、砕けながら土埃が舞う――――刹那、メランは両手のグローブに仕込んだナイフを突き出し、セリーナの脚に刺そうとする! だが、セリーナもすかさず槍を軸に回転して受け流す!!





 お互いに体勢を整え、過たず互いに刃と体術を織り交ぜた連撃を打ち込み合う!!





「あっは❤ 想像以上に良いわ、良いわあ!!」





 互いに強力な一撃。一撃の応酬。メランは紫の長い髪を振り乱し、ピンク色の瞳をなおギラつかせる。




「ふんっ、てやぁっ、はあっ!!」





 セリーナの技、身体に一部の隙も無い。





 攻撃の勢いを全く殺さず、無駄にせず、槍の突き、払い、体術の蹴りや肘鉄と、連撃を叩きこんでいく。相手の攻撃に対しても、セリーナの黒い長髪の筋一本すら触らせない。





 ――ドゴオオオオンン!!




「!!」




 ――先ほどメランが撃った2発の気弾が、少し離れた木に炸裂した。





 なかなかの大木だが、気弾の威力も凄まじい。幹が裂け、木が倒れてしまった。ずずぅん……と大地を揺るがす音がこだまする。





(こいつの攻撃……華奢な身体から練った気弾とは思えん威力だ。喰らえばひとたまりもないな――――ここは気弾を撃たせない、撃たせる隙を与えんよう槍の間合いを活かした近距離戦インファイトのまま決める――――!!)





 セリーナは近距離が有利と見てさらに間合いを詰め、攻撃のペースを速めていく。





「んんッ…………!」





 さすがに軍人と言えども、セリーナほどの武芸者の素早く、重い攻撃を受け続けてはひとたまりもないように見える。防戦一方だ。




「せいっ!!」




 セリーナの大槍からの強烈な刺突。メランは脇腹に掠めて出血しながらも、片手で槍を掴んで止める――――が、それはフェイク。セリーナは槍を一瞬手放し、腰を落として正拳突きを見舞った!!





「ぜあーッ!!」

「ぐうっ!!」





 ――メランのみぞおちに炸裂。凄まじい圧力で地面を擦りながらメランは数メートル吹き飛んだ。何とか踏みとどまる。





 急所に剛拳をクリーンヒット。普通なら意識を失うほどのダメージだが――――









「――――ふう……お見事、お見事ぉん❤ このまま近距離で戦ってたら私の不利ねえン。ここまで出来るなんて思わなかった! 惚れ惚れしちゃうわン♪」





 メランは――――悶絶するどころか、快い笑顔を向け、パチパチパチ……とセリーナに向け拍手をした。不利だと言いつつも、いまだ余裕綽々のように見える…………。





(――なんだ、こいつの硬さは……!? この正拳突きをみぞおちに喰らえば、屈強な男でも悶絶し嘔吐する……下手したら即死の一撃なんだぞ…………!?)





 地面に落ちた大槍を抜け目なく拾いつつも、セリーナは相手の底が知れず不気味な感覚を味わうのみだった。





「――その顔は……ひょっとして私のタフさが恐いのかしらぁん? ウフフッ、これも練気の力の賜物よン♪」





「…………」





「見たところ……貴女も少し使えるみたいねン? 訓練次第でどう応用出来るか、楽しみだけどぉ…………」





 メランの目にも、セリーナにガイの回復法術と同様、練気の流れがあることが解るようだ。セリーナの場合は知覚の鋭敏化と神経伝達物質の速度上昇に使っているわけだが――――





「――ふふっ。やっぱり近距離戦では私が殴り勝つのは難しそ。悪いけど『卑怯な武人らしく』やらせてもらうわン♪」





 そう呟いた瞬間、メランは――――目にも止まらぬ速さで飛び退き、森の闇に消えた。





「!! 待てッ!!」





 距離を取られればこちらが不利――――そう思うや否や、すかさず森の奥から無数の気弾が飛んできた!!






「――くっ!!」





 素早く躱し、身を翻す。しかし、さっきまでと違い、気弾は嵐のように飛んでくる…………!!





 メラン自身も高速で移動しているのだろう。四方八方から、一瞬も気を緩められないほど大量に気弾が飛び交い、森はさながら鉄火が飛び交う戦場だ。





 ――何処からかメランの甘ったるい猫なで声が響いてくる。






「――悪いけどぉ…………ここで――――王手詰み《チェックメイト》にするわねえン❤」






「――――!?」






 ふと気が付くと、空が明るい――――






「上か――――!!」





 木々の間から空を見遣ると――――メランを中心に、とてつもなく夥しい数の気弾が空を埋め尽くしていた!! その数、百や千では効きそうもない――――





「――勿体ないけどぉン……これでバイバーイ♪」





 凄まじい勢いで飛び上がり風を受けるメランが地上のセリーナに向け、ウインクをすると同時に――――全ての気弾が一斉に降り注いでくる!!





 とても、逃げられない。避け切れない――――





 どごごごごごごごおおお…………と、爆雷の絨毯爆撃のような音が辺りに響き渡る。気弾は火薬ではないので、森が焦土と化してしまわないのがせめてもの救いか。





「ざ~んねん❤ かわいいコだったのに――――あらン?」






 と、一瞬。






 一瞬にして、セリーナは空中の、メランの真後ろに飛んでいた――――





(――――感覚鋭敏化。筋力のリミッター解除――――神経伝達高速化!!)





 暗示で身体能力を限界まで引き出したセリーナが、ついにメランを捕らえた!!





「――――うっそぉん――――」


「でやあああああああッ!!」





 セリーナの大槍が、メランの胴を刺し貫く――――!

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