第35話 鋭き諸刃の剣
――――無数の気弾で圧し潰されたかと思えた刹那。瞬で空中のメランの背後を取ったセリーナ。メランは振り返るも大槍の刃は、しかと彼女の胸を刺し貫いていた。
「――ッはあーッ!!」
そのままセリーナは容赦なく、槍を引き抜きつつ身体を縦に一回転、強烈な踵落としでメランを蹴落とした。メランは穴の開いた胸から血飛沫を上げながら……キリモミ回転をして風を切る音を立てるほど豪烈な速さで、地上へ落ちていく。
――――ずずぅうんんん……と、地上の木の破壊音が響いた。確かに落ち、地上に激突したようだ。激突したと思われる地点が、俄かに遅れて降ってきたメランの血飛沫で赤く染まる。
セリーナは、脚部の噴射機関で
「……やったか…………」
セリーナは一言そう呟きつつ、噴射を緩めてゆっくり血で赤く染まっている森の辺り……メランを蹴り落とした場所に着地する。
――辺りの木々は、降ってきた夥しい量の血で赤く、湿っていた。続いて、激突したと思われる地点を探す――――
「――何!?」
セリーナは言葉を失い、足早にその地点を睥睨したのち、大槍を構えた。
何故ならば――――死体が無かったからだ。
胸部を……恐らくは心臓を刺し貫いたうえ、十数メートルは上空から蹴落とし、地面に激突したはずなのだ。現に、激突した地面は衝撃で割り砕け、大きく窪んでいる。辺りには砕けた地面の土や沈んでいる岩石が散った形跡すらある。
なのに、ここに倒れ伏しているはずのメランが…………影も形もない――――
「何処だ…………何処に潜んで――――」
人間ならば胴を刺し貫いた時点で絶命していて当然のはずだ。拭いようもない不安と焦りに、セリーナの頭から汗が流れて落ちる。
(馬鹿な、エリーとやり合った時でもあるまいし――――)
刺しても突いても死なない人間。そんな生物はセリーナ自身も戦闘狂の獣に堕していた時に戦ったエリーぐらいだ。それはそれで恐ろしい戦いの記憶。セリーナは内心慄き、緊張で背筋が張る。
「――むッ!?」
辺りを見回すセリーナは、違和感に気付いた。
近くの木の幹に……何か文字のような物が刻んである。
「…………」
セリーナは注意深く…………槍を構えながら木に近付き、文字を読む。
メランの持っているナイフで刻み付けたのだろうか。刃物で刻み付けたらしい尖った、歪な筆跡が読める。
『――実に、実に素晴らしい実力だわ!! 伝え聞く竜騎士を思わせる槍使いの貴女。まさか私を刺し貫くとまでは思いもしなかったわ。全く以て拍手喝采❤』
(あいつ、やはり生きているな!! 暗がりで仕掛けてこようと、何度でも貫いてやる)
メランが生きているのを確信し、息巻くセリーナ…………だが、文字はまだ続いている。
『――――でも、それだけに酷く残念でもあるわね。私、貴女の倒し方が解っちゃったもの…………筋書きが見え切っている小説を読み進めることほど、不毛でつまらないことはないのだから――――この文字を読み終わった後、8秒後に――――貴女は死ぬ。精々、感覚を研ぎ澄まして抗って見せて? メラン=マリギナより』
「――何だと!? くそっ……何処から来る!?」
――木の幹に刻まれたのは、死の宣告――――ナイフで刻み付けた歪な筆跡と森の闇、静けさ。その全てがセリーナの背を凍り付かせた――――
「――来たか――――!!」
数秒構えていると、左前方から大量の気弾が飛んできた――――
(ちっ、何かと思えばさっきと同じ手段か。無駄だ! 飛んできた場所から奴の位置を探って――――)
だが、そこで意外なことが起きた。
「――――何ッ!?」
気弾は、なんと全てが複雑な軌道を描く『変化球』で飛んできたのだ。
カーブ、シンカー、スライダー、フォーク――――野球の球種に例えると、そんなあらゆる変化をしながら複雑に弾は飛んでくる。
しかも――――
「――――全方向から!?」
――――先ほどの爆雷と同じ……否、それ以上の数の気弾が…………前後左右正面背後から、それも全て『変化球』で飛んでくる――――
(――くそっ、駄目だ、避け切れない――――奴は何処だ!?)
このままこの場所にいると死ぬ。
そう察したセリーナは、咄嗟に例の感覚鋭敏化の暗示を自らに再びかけた――――無論、気弾を躱し、闇の中からメランの姿を捉えるためだ。
「はッ!!」
ひとまず、気弾の嵐を避けるために、外した脳のリミッターで蹴上がり、再び上空へと飛翔した。
避けた地点から、どごごごごご…………と気弾が森に炸裂する轟音が聴こえる。
(奴は――――あそこか!?)
――――エンデュラ鉱山都市での夜の闘いでも、闇の中でも遠くまで明るく見渡せた、感覚鋭敏化によるセリーナの目。森の闇の中からメランの人影を瞬時に捉えることが出来た!!
「――でやああああああーーーッ!!」
脚部噴射の出力を最大にし、メランのところへと猛スピードで突貫する。メランも上空へと飛び上がった――――!!
その刹那――――
「――――!? がっ……あ…………あ…………」
突然――――セリーナは『白い衝撃』を全身に受け――――意識が混濁した。全身を強烈な痺れと痒み、痛みと吐き気に襲われる――――
「――ハイ❤ 私の完全勝利ねン♪ きっと、また感覚鋭敏化の暗示をかけてくれると思ったわン❤」
セリーナは最早、何が起こったのかすら知覚しづらい。
メランの両掌からは――――掌に溜めた気弾から放たれる、強烈な光があった。
メランはただ、セリーナの目に向けてそうしているだけだった。しかし、強烈な光で目が、意識が眩んだセリーナは、そのままバランスを崩し、落ちゆく――――
「――おっとお。うふふ――――」
セリーナが落ちゆく前に、身体を捻って急降下し、先に地面に足を着いたメランが、セリーナを抱きとめる。
そのまま、低いトーンで艶めかしく濡羽のような声でセリーナに語りかけつつ――――セリーナの頭から全身を何やら撫で始める…………。
「――貴女があ……私を刺し貫いた時にピンと来たわン…………これは『自己暗示で感覚を強引に鋭敏化する』
「――あっ…………がっ…………あ、あ――――」
「あらン❤ 辛うじて息があるわねん。御誂え向き♪ 普通、即死しててもおかしくないのよン? 運が良かったのか、咄嗟に感覚鋭敏化の暗示を解いたのか――――どっちにしろ僥倖、僥倖❤」
――セリーナが使う感覚鋭敏化の暗示や筋力のリミッター解除などは、格闘で使うと強力無比だ。それは事実である。
事実ではあるが、諸刃の剣だ。
人間が本来の知覚の鋭さや筋力にリミッターをかけ、なぜゆえにその力を制御しているのか?
他ならぬ、自身の身を、脳を守るためである。
平均的な感覚の鋭さの人間でも、急激に強烈な刺激を五感に受けると、脳へのショックで生命が危ない――――この場合は視覚への光の刺激だ。
「私の練気……ただ弾にして撃つだけだと思ったのお? ざ~んねん❤ 今みたいに練気を光源にすることも出来るのよン。練気は奥が深いからねえン……熟練次第で、貫かれた心臓を再生することも出来るのン……凄いわね、人体って❤」
リスクを顧みず、感覚鋭敏化の暗示を使っていたセリーナ。以前、エリーすらも苦しめた能力だが、ついにその弱点を突かれてしまった。光や音など、知覚への突然の刺激を受ければ、ひとたまりもなかったのだ。
メランは、意識が混濁するセリーナに、身体のあちこちを撫でて触りながら話しかける…………。
「――あっ、あッ――――」
「ウフフ❤ 触る度にビクビク反応してる❤ どうやら身動きは取れないけれど…………触覚や痛覚はまだ働いている――――私に弄くられるのに最適な状態よおン…………❤」
メランは、例の危うい情欲を殊更強めながら――――ナイフを取り出した。
ナイフだけではない。
メス、鉗子、彫刻刀、針、釘…………どの刃物も、メランが言っていた『肉彫刻』とやらで血を吸い、赤く染まっている。
「――はあーっ……はああ~っ……❤ 貴女の身体の中…………どうなってるのかしらン? このまま何倍にも過敏になった痛みや、痒みで貴女を
――上気し、欲情と共に甘い吐息を弾ませながら、セリーナを組み伏し――――解体と『肉彫刻』が始まる――――
(――――い……一体……何、が……起こ、って…………ミラ…………私の愛しき恋人、ミ……ラ…………私は、貴女のもとへ、帰れないのか――――)
セリーナのはだけた背中に、メランの血塗られたメスが入ろうとしている。感覚だけが鋭敏化した中、遠のく意識…………残してきた恋人の名を繰り返し、セリーナは絶望へと堕ちて行く――――
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