第60話 盗賊皇女殿下の誤算

「――――ッくはアーッ…………!!」




「お、お頭アアアアアアアア!!」





 突然のエリーの飛び膝蹴りによる強襲に、堪らずローズ=エヴェルは嬌声を上げて背に土を付け、豪快に倒れ伏した。子分たちも皆驚き悲鳴を上げる。




「――よっし。先制攻撃。」





 身を軽やかに翻して着地するエリー。倒れた首魁に追撃しようと走る――――





「――くっ、愚か者おおおおおおおーーーッ!!」



「うわっ!?」






 エリーの強烈な先制攻撃を顔面に受けたはずのローズ。普通ならとうに昏倒していても不思議ではないが、意外な事に倒れた状態から怒気と共に全身から爆風を放った!! 





 否。光を伴った爆風に見えたのは、ローズが全身に仕込んだ火器類を一斉に吼えさせ、全方向に同時に撃ち出した際の爆発にも似た風圧だった。エリーも驚き、一歩二歩と一旦距離を取る。






 ――ローズは全身から伸びた銃器を飛び出したまま、轟然と気迫を以て立ち上がる。






「――――ぬううううッ!! このアタシの顔面に膝蹴りカマしてくるなんざ…………なっかなかの度胸じゃあないかい!! 明日の朝刊の一面記事載ったぞォ、この……腹筋6つ割れ踊り子風情がアアア~ッッッ!!」






 顔面への衝撃に鼻血を噴いているローズ。だが、少しも怯まず、目の前の踊り子姿のエリーに激情を以て咆哮する。





「お頭ア! これをっ!!」


「ふんッ!!」






 気の利く子分の一人が、すかさず全力の駆け足でポケットティッシュのような懐紙を持って来た。荒々しく手に取り、血を噴いている鼻の穴に捻って乱暴に詰める。





「……手加減したとはいえ、あたしの飛び膝蹴り喰らって鼻血で済むなんて、相当頑丈ね、あんた…………分厚い身体の恐竜でも蹴りに行ったみたいな感覚だったわ……タフ過ぎでしょ。」






 エリーも気迫で負けじと言葉を返すが、想像以上の相手のタフネスさに驚嘆の念を持ってしまった。一筋縄ではいかないかもしれない。





「――っと! 追いついたぜ。」


「エリーお姉ちゃん、怪我はない!?」


「あの赤い女が首魁か……どれほどの手練れなんだ……?」


「まだまだ未知数のものが多いですね……ですが、あの全身に仕込んだ銃火器と子分たちの連携は厄介そうですね。」


「――なーに! あっちがこの街を喰らう前に、こっちから相手を喰らってやるまでっス!! ビビってる場合じゃあないっスよ!!」






 先行したエリーに追いつき、ガイたちも次々に武装を構える。






「あらあらあらあらまあまあまあまあ!! たった6人ぽっちでアタシらに勝とうってのかい!! 見下げられたモンだねえ、エエ!? スーツの野郎に踊り子共って。アタシらクリムゾンローズ盗賊団を相手にするには場違いな身分じゃあないのかい!? ……舐めとんのかァ!! 客に媚びて失せな、旅芸人共がアーッ!!」







 先制攻撃を受け、エリーたち6人に詰め寄られつつも、ローズは全く怯まずなおも轟然と吼え、昂る。






「……うっは~……なっかなかにキャラの濃い、キッツい女だぜ……」



「いかにも盗賊のお頭らしいな……骨は折れそうだが、倒し甲斐がありそうだな。」






 ボスのキャラの濃さ、バイタリティにガイは既に食傷気味だが、セリーナは踊り子姿のままとは言え、大槍を構えてその闘志を燃え立たせる。或いは相手が自分と同じ強い女だからこそ、本能的に負けん気のようなものが働くのかもしれない。






「――どうやらアタシらに喰われる覚悟は出来てるみたいだねエ…………上等ッ!! まずは小手調べだ! おいで、アタシのかわいい息子たちよ~ッ!!」






 ローズは、強烈に鞭で地をしばいた後、指を高らかに鳴らして子分たちを呼びつけた。






盗賊皇女殿下イエス・ユア・ハイネスッッッ!!オオオオオオオーーーーッッッ!!」







 ――――途端に雄叫びを上げて、屈強な体躯、猛烈な覇気と膨れ上がった筋肉を持つ強面の漢たちが、凄まじい勢いでローズの前に一斉に駆け出してくる!! 手に手にいかつい殺傷武器――――






「やっぱ、まずは子分共が相手か!!」


「予想通りですね。まずは数を減らしましょう。」





 漢どもの覇気に気圧されつつも、ガイとテイテツは怯まず判断を下す。





「各自、散開だ!! 前衛は俺らがやるから、グロウとイロハは後衛だ! 援護を頼むぜ!!」







「うん!!」

「よっしゃーッ!!」






 ガイの号令でグロウとイロハは下がり、その他エリー、ガイ、セリーナは突貫だ。テイテツは中衛にて対局を見据えつつ光線銃を構える。







「――あーっはっはっはっはっはっはァーーーッッッ!! たかが6人の旅芸人一座に何するものぞォ!! 数と筋肉で圧し潰しちまいなァーーーッッ!!」






 ローズの振り下ろした手と同時に、子分たちが襲い来る!! まずは……後衛からガトリング砲による弾の嵐――――!!






「いくわよ、ガイ!! ――――てりゃあああああああッ!!」


「オラアアアアアア!!」





 風を切り裂いて襲い来る銃弾の嵐を、雄叫びを上げてエリーは果敢にパンチンググラブ越しのパンチの乱打で弾き飛ばし、ガイもまた新装備の二刀を以て弾き、或いは切断する!





「――わっ――――ッ!!」



「伏せるっス!! ぬんっ!!」







 さすがにエリーとガイが人間離れした武芸者とは言え、何重にも構えて撃ちまくるガトリング砲による弾の嵐は全ては防ぎきれず、後衛のグロウまで飛んでくるが――――すぐさまイロハがグロウの頭を掴んで身を屈め、巨大なハンマーを大盾に使って被弾をしのぐ。





「――もう、躊躇ってられない、くうっ――――!!」





 弾の嵐を一波防ぎ切ったら、すかさずグロウも麻痺薬を塗った矢をボウガンで続けざまに射る! 





「――うおっ! ……し、痺、れ――――」





 何本か子分に命中。その攻撃行動を不能のものとする。狙いを定めてはいるが、内心心臓や頭に当たってくれるな、と冷や汗混じりで念じてボウガンのトリガーを引く。





「グロウ。この人数ではボウガンでは些か不利です。すぐに矢が尽きます――――とは言え、麻痺させるのは至極良い攻撃――」






 テイテツも光線銃を、セフィラの街郊外での改子との戦いでも使用した電磁圧パラライズモードに切り換えた。これまでは高出力で単体の敵を焼死させるような威力だったが――――






「出力良好。相対合わせよろし。発射――――」






 テイテツの光線銃から稲光が放たれる!!






「――ぐわあああああ!! あ、ああぁ……」




「か、らだ……うごけ、ね――――」






 ――――改造を施した光線銃は、まだ試作品ではあるものの出力をより細かに微調節出来るようになっており、電磁圧パラライズモードもより広範囲に、適度に電圧の痺れで昏倒出来るように撃つことが可能になっていた。この一射でかなりの数の子分どもが泡を吹いて倒れ、嘔吐し、痙攣している。







「――でええいッ!! はっ! せいやーーーッ!!」






 セリーナもまた、大槍と鍛え上げた格闘術を織り交ぜた戦い方で、軽やかに、しなやかに、そして強く立ち回り、子分どもに一撃、二撃と攻撃を加えてぶちのめしていく。





(――いい感じだ。イロハの誂えたこの槍が軽く鋭いのもあるが……私自身もなまくらにはなっていない! やれる――――)






 踊り子姿で戦うセリーナは傍から見れば艶やかで、実際見惚れて動けないままぶちのめされる子分もいたほどなのだが、ゾーン状態で戦いに集中し切っているセリーナはもはや恥を意識の外を追いやって存分に槍を振るえていた。






「でりゃりゃりゃりゃりゃりゃあーーーッッッ!!」

「そりゃあああああああッッッ!!」






 セリーナ同様、最前線で突貫するエリーとガイ。エリーもまた踊り子姿で戦う恥は意識せず、存分に剛拳と豪脚で次々と屈強な子分をなぎ倒していく。





 ガイもまた、慣れないスーツ姿であってももう身体動作に問題は無かった。カッチリと動きにくそうなイメージのあるスーツだが、実は身一つ操って戦う装束としては優れているものだ(現実社会の武芸者でもSPやマフィアの武闘派構成員などもスーツで有事に戦っていたりする)。加えてこれもイロハの誂えた二刀の軽さと鋭さ、手への馴染み……そしてシャンバリアに来る前にエリーを負かしさえしたほどのガイの練磨された体捌きの相乗効果で、ある敵は脚を斬りつけ、ある敵は鞘や柄で殴打して屈強な盗賊の子分どもを叩きのめしていった。






「――銃弾…………そうだ! 鉛で出来てる弾なら……!」







 グロウは最も露出の激しい踊り子姿。一撃でも攻撃を喰らうとひとたまりもないのだが、勇敢にもイロハの戦闘用ハンマーに隠れながら弾丸を拾い集め、『力』を込めて念じる――――物体を『化合』そして『活性化』の力だ。






 拾い集めた弾丸や薬莢は雲丹を思わせるトゲトゲの黒い塊となる。グロウはそれらを手持ちの麻痺薬を塗り、スリングショット機構を足したボウガンを以て、遠くに射る――――!






「ぐぎゃっ!!」


「痛ってええええエエエエエ!?」






 ――鉛の塊というだけで、投擲されて当たればなかなかの威力である。ましてや『活性化』によってトゲトゲになった鉛の塊は痛いでは済まない。棘が刺さったところからたちまち麻痺薬が回り、次々昏倒させていく。ボウガンで撃つより余程効果的な上、矢も節約出来た。






「――――う、ぬぬぬぬぬぬぬう…………? もしかして…………もしかして…………」







 大量にいた『かわいい息子たち』こと子分たちが、次々と突き崩されていく。その有り様を遠くから眺めていたローズ=エヴェルは、一人、眉根を顰めて唸り出した。







「――もしかして。もしかして~っ…………」





「……お頭ぁ?」






 取り巻きの子分がローズにかぶりを振る。







「――――奴ら、旅芸人一座とかじゃあないんかい、もしかして? ものすっごい手練れの冒険者だったりすんのかい? もしかしてもしかして~…………」






「えええ!? 今更っすかあ、お頭あ…………」








 ――――盗賊の首魁は、徐々に劣勢になっていく戦況を見て、実は敵を舐めていたのは自分の方ではないか、という事実に美しい顔の表情をしかめっ面にして大局を見つめ、額から冷や汗をたらり、と流し始めたのであった。






 女傑は、活気はあるがすこぶるボケた一面もある、間が抜けた盗賊でもあった――――

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