第59話 強襲! 盗賊皇女!!

「――――いやー!! 儲けた儲けたッ!! 大漁旗モノッスよーっ!!」





 歓楽街の通りにある貸し劇場で観覧料に加え、エキサイトした観客たちから大量の『おひねり』が飛んできて……エリー一行の資金は大いに潤った。お金を数え、宝石類を鑑定するイロハは実に喜色満面としている。





「やったわねー!! イロハのプロデュースのおかげで大儲けよっ!!」





「……身売りや娼館通いは勘弁してもらえたとは言え、私はすこぶる危うい橋を渡らされてげんなりしたがな……まだ戦いの方がマシだ。ミラには間違っても言えない…………」





 上演直後の楽屋裏では、踊り子姿のまま汗するエリーたちの姿があった。セリーナの後ろめたい気持ちももっともだが――――





「いやーっ!! でもやっぱりウチの見込んだとおりだったっス!! 武闘派の冒険者であるエリーさんやセリーナさんももちろんっスが……誰より、グロウくんがあそこまで生き生きと艶やかに立ち回れるとは!! やっぱりグロウくんには少年美の極致があると思ったっスよ…………ぬふふふふふ!!」







「やっ……ステージ? に上がった時も無我夢中だったんだけど……やっぱり何か恥ずかしいなあ。あはは……」







 演技の興奮醒めやらぬグロウは、雪のような白い素肌に汗を滑らせ、顔は真っ赤に紅潮している。ステージ上ほどではないが、今なお艶やかである。







「……なんつーか…………複雑な気持ちねえ~……明らかにお客さんたち、あたしやセリーナよりもグロウの方にメロメロだったんだもん…………」






「……別にそんな生き方を望むわけではないが……何か、女の立つ瀬がないような気がしてしまうな……」






「???? 何の話?」







 ――仮にも男性であるグロウ。と、同時に少年美として花の盛りである。エリーとセリーナは色香で負けた気分になって、心なしか落胆も混じる。或いは、自分の女のしての魅力が足りないのかと。






「まさか、ここまで盛況するたぁな……暴動が起きる寸前かと思ったぜ。エリーに触ろうもんなら、マジでぶった斬っちまうとこだったぜ……」






「――ガイ…………!! 妬いてくれてるの…………!?」




「……ああ?」







 エリーは、一見豪放に振る舞いながらも、身を縮ませて瞳を潤ませ…………ガイに何かを期待するような視線を送る。






 ガイは、警備員のバイト中に年配の警備員に言われた言葉をふと思い出した。





(……あのおっさんがお節介混じりに声かけて来たのは……こういうことかよ…………愛情は触れ合うだけじゃあ足りねえ、ってか…………)






 ガイはエリーに歩み寄り、頭をくしゃくしゃと撫でながら言葉を重ねる。






「――ああ。正直言うと、めちゃくちゃ妬いちまったぜ、ったく…………おめえがあのまま何処かの誰かの男のもとへ行っちまうんじゃあねえかと、不安になった。いつも言葉が足りなくて済まねえな。俺の彼女はおめえだけだよ――――エリー。」







 これでもエリー自身、身売りするかもしれなかったという現実を見て空恐ろしかったのだろう。激情が込み上げ、ガイを抱き締める。







「――ガイ~っ!! うえ~ん……あたし、これでも必死だし、いっつも不安なのよぉ…………もっと言ってもっと言ってぇ~っ!!」






「むっ……ああ。いつも俺たちの為に戦ってくれてありが――――うい痛てててってて!! エリー、力緩めろッ! 背骨が折れる…………ッ!!」







「あっ、ごめ~ん!! えへへへ~……」






 しばらくぶりに喋喋喃喃と心を通わせる2人。







「――まったく。恋人同士で旅をするというのは、傍で見ててこっちが恥ずかしくなるな……」






「ぬふぇふぇふぇふぇ!! セリーナさん、羨ましいんスねー? 早くミラさんと一緒に暮らせるといいっスね!!」






「ばっ……!! むう……まあ、否定はしない…………」






 口ではやや毒づいて見せるセリーナだが、やはりミラのことを多少なりとも恋しく思った。セリーナの次にエリーとガイにイロハはけしかける。






「ぬっふふふっふふふふふ……普段は夫婦漫才のような口喧嘩ばっかりなのに……やっぱりエリーさんがいないと駄目なんスね、ガイさん!!」








「――なあ!? よ、よせよ…………」






 ガイもまた、恥ずかしさで顔から火が出そうだ。






 どうやらイロハは、自分の恋愛などには特別興味は無いが、他人の色恋沙汰を見るのが趣味のようだ。実に良い性格をしている。







「――それにぃ~……グロウくん、ちょっとその艶姿、端末で写真撮らせてもらうっスね…………げへげへげへ」







「わっ! 何~……? 写真って――――」






 ――加えて『よいしょ本』で同性愛描写を好むような趣味人である。グロウに女装のコーディネートをしただけあり、少年の美というものをとても貪欲に欲しているようだ…………手持ちの端末でグロウを色んな角度から撮りまくる。






「ぬふぇふぇふぇふぇふぇ…………これをもとに、また新たなよいしょ本が描けるッス…………グロウくんのような仲間がいてホント良かったっス。もしまた今回みたいな機会があれば……もっとエロい格好で――――よいっしょおおおおおおおおおッ!!」







 卑猥な欲情にも似た激情が込み上げたのか、イロハは高らかに奇声じみた雄叫びを上げる。






「2度とあってたまるかァ、んなもん。それより、売り上げは結局幾らあんだよ?」






 堅苦しいスーツを窮屈そうに着崩しながら、ガイは尋ねる。







「ああ……そうでしたっスね。えーと――――」







「――皆さん、お待ちください。表で何やら動きがあります。」







 ――――突然、テイテツが急報を告げる。






 一行が窓越しに外を見遣ると――――








 ――――ドゴオオオオンンンン…………ッ!!――――







 雷のような爆発音が響き渡り、辺りが激しく揺れた。






「くっ……何があったんだァ!?」






 ガイが動揺しつつ声を出す。






 その問いかけの返事は、窓の外からの悲鳴混じりの群衆の声で返ってきた。







「――た、たた大変だァーッ!! 盗賊団ッ……クリムゾンローズ盗賊団がまた出たァーーーッ!!」





「きゃあああああああ!!」





「あの野郎共…………またこの街から金を奪いに来たか!!」







 ――――どうやら、盗賊の群れに街全体が襲われたらしい。







「――何だと……? テイテツ!! クリム……なんたらっつー盗賊団はなにもんだ!?」






 即座に検索し、テイテツが告げる。






「――クリムゾンローズ盗賊団。世界中を彷徨う盗賊・強盗団。ガラテア軍ほどではないにせよ、世界各地から指名手配され、数々の狼藉を働いた凶悪犯の集まりです。このカジノ都市・シャンバリアにも幾度となく襲撃を繰り返して巨万の富を奪い取ってきた模様。首魁の名は……《盗賊皇女》ローズ=エヴェル。」







 ――盗賊団による突然の襲撃。エリーはすかさず行動に出た。





「――行くわよ、みんな! 盗賊団をぶっ潰す!!」





 エリーは窓を開け放ち、すぐにも飛び出そうとする。





「おうっ!! って、お前、俺らスーツ姿のまんまだぞ……おめえも踊り子姿のまんまじゃあねえか……」






「……でも、奴らが指名手配犯なら、とっ捕まえてギルド連盟に突き出せば、とんでもない収入になるっス!! これはチャンスっスよ!!」






 イロハも瞬時に判断した。あまりに突然のことだが……これは千載一遇の好機。イロハもすぐにリュックサックを担ぎ、戦闘用のハンマーを握る。






「そうよ!! これがなりふり構ってる場合!? あたしは行くわよ、ガイ!! ついてきて!!」






「……ちっ……しゃあねえなあ。ちょっくら動きにくいが…………全員、武器だけでも持て!! 賊共をとっちめて荒稼ぎだぜ!!」





「了解」

「う、うん!」

「仕方ないな……」

「合点承知っス!!」







 ――覚悟を決め、エリーたちはクリムゾンローズ盗賊団が暴れているらしきところを目掛け、建物の屋根から屋根へ飛び移り駆け出した――――!!








「――おっ。あっちに火の手が上がってやがる……エリー! とは言え奴らの戦力はガラテア軍よりはマシたぁ言え、今んとこ底が解らねえ!! 場合によっちゃ、退くことも頭入れとけよ!!」






「わかってるわ!!」






「そうっス!! 勝てない喧嘩はするもんじゃあないっスよ!! もし奴らがウチらより遙かに強いようならしゃあないっス――――どさくさに紛れて、奴らとこの街の宝だけでも掠め取って脱出っス!!」






「――ええっ!? そんなあ!?」



「お前……火事場泥棒なんて、盗賊と同じだぞ!?」






 イロハの、さりげなく発した外道とも言える作戦。グロウとセリーナが建物を飛び移りながら難色を示す。







「――あっりゃあ~っ!? そんなこと言ってて良いんスか? 言っとくけど……あの貸し劇場のショーだけじゃあ全然目標金額に足りてないっス!! 何なら、今すぐガラテア軍に皆さんの情報、リークしても構わないんスよ!?」





「――えええっ!?」


「貴様!?」





 イロハからの強硬とも言える言葉に、2人は2度驚く。






「――そういうこった!! 今は善だ悪だと論じてる場合じゃあねえ!! 必要なら野郎共からも金をかっぱらうまでだ!! 覚悟を決めろ――――だが、金は頂いてもせめて、この街の人の命だけでも助けるぜ!!」







「――うう……仕方ないのかあ」





「くっ…………集られることがここまで惨めとはな……いっそ集り返すしかないのか…………っ!」






 良心が痛む2人。だが自分たちの命運と、罪なき街の住民の生命には代えられない。天秤は傾いた。グロウとセリーナも、『もしも』の蛮行を起こさないことを祈りながら、戦う覚悟を決め、前を向いた。







「――――見えて来た!! あそこに連中のお頭っぽいのがいるよ!!」






 エリーが叫び、連中の中核と見えるところへ突貫した!!







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「――お頭ァ!! 策は当たりましたぜぃ!! 金持ち共がわんさかいらア!!」






「――あーっはっはっはっはっはアーッ!! 当然、当然、とおおおおおぜええええええんんんんッ!! このアタシ……『盗賊皇女エンプレス・ヴァンデッド』・ローズ=エヴェル様の目に……狂いが合ってたまるモンかァい!!」







 ――賊の群れが組む陣形の中心にいる女傑は高らかに豪笑し、鞭を振りかざしてギラついた眼光を、目下のカジノ都市・シャンバリアに向ける。






 この女傑……ローズ=エヴェルという女は、まさしく真紅の薔薇の如き煌びやかさと存在感と侠気を持ち、美人の部類には入るが、その気迫と強欲が漲る眼光や面構えは決して誰かに取り込まれることのない強さを放つ、正に暴帝の如きカリスマと激しい野心に魂を焦がす、侵しがたい炎のような女であった。






 全身に真っ赤なドレス。所々に華美な薔薇飾り。それに負けないモデル体型のプロポーション。コテコテに塗りたくってギラついた光沢を放つ口元の紅。妄執に燃える鬼のように逆立った金髪。セリーナのものとは比較にならぬ黒々とした目元のアイシャドウ。何より立ち昇る狂的な圧のオーラ――――女だてらに迫力と魅力を併せ持つ猛女であり、盗賊の頭目であるに相応しい存在に見える。






「――――いいかい!? アタシのかわいい息子たちよ、良くお聴き!! アタシらはこれまで何度となくここ、カジノ都市・シャンバリアを狙い、喰らってきたッ!! その度、莫大な富を奪い切ってやった!! だが……ただの略奪じゃあアアアアアアアア、もうアタシは足りないんだよ――――『完全』! そうッ!! 『完全なる大略奪』を今まさに行なうのさッ!! この街の富も人も家も何もかも!! 一切合財を搔っ攫って喰っちまうのさ!! 例え喰った傍から胃が受け付けなくてゲロを吐こうと……吐いては喰らい! 喰らってはまた吐くッ!! 毛筋一本残らず奪い尽くし、犯し尽くすのさッ!! 聴こえたのかい息子たち、返事はッ!?」






「合点承知!! 盗賊皇女殿下イエス・ユア・ハイネスッ!! オオオオオオオオオーーーッ!!」






 ――ローズのけたたましい演説に対し、子分たちは野獣の群れが如く雄々しい雄叫びを上げた。







「良いッ!! イイイーーーねッ!! 最高の気分さッ!! あーはっはっはっはっはっはーッ!!」







 ――――ある種の恍惚、陶酔状態である猛女は益々高らかに嗤う。上半身を仰け反らせ、片腕を顎に当ててただただ豪笑する。






「――あーっはっはっはっはっはっは――――ふぎゃっ!?」







 ――――その女傑・ローズ=エヴェルの顔面に、突如宙から飛び掛かってきたエリーの膝蹴りが豪快な破裂音と共に炸裂した――――

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