第45話 信実

 ――今、グロウとテイテツ、そして自らを鍛冶錬金術師アルケミストであり、商売人であると名乗った少女・イロハは、再び森の中に分け入っている。



 目的は――――




「――あったあった! ここっス!! これも……資料とまんま同じ見た目っス!!」




「あった? あと何本ぐらいだっけ…………」





「現在、9本採取。大きさにも依りますが、残り11本ほど。群生するタイプではないので少々手間取りそうですね。」





 彼らがわざわざ森の中にまで入って探しているもの。それは薬草だった。





 エリーは『鬼』の血で自然治癒するかもしれないが…………やはり問題はセリーナ。知覚を鋭敏化させた状態での強烈な光の刺激により、脳神経系に深いダメージを負い、痙攣などは治まったものの意識が戻らない。グロウの奇蹟のような『力』を以てしても完治はしなかった――――





「あと11本かあ……でも、これでセリーナとエリーお姉ちゃんが治るかもしれないんだもの。頑張ろうね!」





 ――だが、可能性は残されていた。





 セフィラの街近くの緑豊かな森の中は、調合次第でセリーナのような重篤な状態に陥った者をも復活出来るかもしれない特効薬……そんな薬草や果実、動物などの宝庫だったからだ。





 調合に必要な素材のうち、既に果実や動物は採取した。




 セリーナを助ける為とはいえ、森の動物の尊い犠牲に…………グロウは内心、涙を呑んで動物の生命を絶っているのだった。





(――これはセリーナを助ける為、助ける為なんだ…………あんな必要もなく他人の生命を奪うガラテア軍人たちとは違う…………でも、ごめんね。森の生き物たち――――)






 ――人は、生き延びる為とはいえ何かを破壊し、奪い、蹂躙し続けていると言っても差し支えない存在だ。エリーたちと出会ってからこの人間の原罪を学び、深く心を痛めつつも……自分たちにとって大切なものの為、他者の生命を刈り取るのだ。グロウはそう言い聞かせてイロハについていっている。





「――こちらにもありました。計13本採取。あと7本±3本程度。」





「よっし! 予想以上に良いペースっスね! 夜が来る前には全部集まるんじゃあないっスか?」





「……うん。」





「……どしたんスかグロウくん? 着々と成果を上げていってるのに、随分つらそうな顔っスね。やっぱり怪我したとこまだ痛むんスか?」






「それは…………しっかり食べて、自分に『力』を使ったからもう大丈夫……けど…………」




「――またのちのち説明しますが、グロウは人一倍自然愛護の精神が強いのです。相手が人間でなくとも、他者……動植物などの生命を奪うのを極端に嫌います。ここに来るまで、我々大人の仲間たちも言い聞かせてはいるのですが……」





「マジっすか。たはーっ……そいつは、なんつーかつらい主義っスね。いいっスかグロウくん。人は何かを奪わねば生きられないんス! 悲しいようだけど、そうしないと君が街で5日間看病されてる間に食べた食料すら報われないんスよ? 主義主張は勝手スけど、割り切らないとやってられないッス!」




「そ、それはわかってるよ! だからこそ、僕も採取するんだ。生命に感謝を尽くすために、自分の意志で来てるんだ!」





「……ふーん。まあ、自分で決めたんなら問題ないスね。ウチがとやかく言うことないっス――――おっ! さらに2本発見~っ!! あと5本くらいっスね。ふっふっふ。待ってるっスよ…………街に戻ったらウチが調合して、お前たちを立派な気付け生薬に生まれ変わらせてやるっス!!」





 グロウの心をドライに受け止めつつも、イロハは意気揚々と採取した動植物の素材たちにそう声をかけた。





「……調合って…………イロハ、そんなこと出来るの? てっきりセフィラの街のお医者さんに任せるのかと……」




「ウチは鍛冶錬金術師っつったでしょ? 多分あの街のお医者さん先生よりレシピとか技術とか上だし、早く的確に仕上がるっス!! 調合ぐらいお手の物ッスよ~!!」





「それは……予想外でしたね。鍛冶錬金ということは、金属などの武器や装甲の類いも?」




「もち!!」





 グロウとテイテツの予想に反し、目の前のイロハという少女は鍛冶を含め、薬品の調合や鍛金なども可能だと言う。





 予想外に優秀なスキルを持った人間に助けられたものだ、とグロウとテイテツは顔を見合わせた。





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 やがて、日が落ちると同時にグロウたちはセフィラの街に帰ってきた。真っ先にエリー、ガイ、セリーナが療養している病院へと向かう。






「親父!! 素材が集まったッス! 今すぐ調合を始めるっスよー!!」





「おう!! 鍋も火元も薬研も準備万端だ!!」






「ちょ、ちょっと……半日以上森の中に潜ってたんだよ? 少しは休んだら――」





「ふははははっ! ウチのタフさ加減を舐めてもらっちゃ困るっス!! 飯さえ食ってれば四日五晩だって走ってられるっス!! それに、早くお姉さんら2人治した方が良いに決まってるっス。また軍人さんに狙われるかもしれないんスよ!?」





「……だからそんなに汗臭いんだね…………あはは…………」





 最初に森を駆け抜けてエリーたちを助けた時もそうだが、底なしのスタミナとメンタルである。半日素材の採取に入っていても息一つ乱していない。




 と、同時にまともに休むことや身なりを整えることには無頓着になりがちなのだろうか。ますますイロハからの汗などの体臭が鼻をつき、グロウは渋い顔をしてしまう。






「さて……私は宿に戻りますが、グロウは病院にお見舞いに行きますか?」




「オミマイ? って何だっけ……?」




「傷病人を直接治すわけではないですが、主に患者の様子を見て言葉がけやスキンシップなど精神的に労わったり慰めに行く行為です。」





「それなら、行ってくる!!」





 グロウはテイテツと別れ、すぐに真剣な面持ちで病院へと走り出した――




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「――お姉ちゃん、ガイ、セリーナ、ただいま。オミマイに来たよ!」




「――おっ。グロウ……また来てくれたのね……」





 超人そのものな自己治癒力を持つエリーですらも、まだ本調子と行かずベッドで安静にしている。普段の豪快でパワフルな彼女はなりを潜めている。




 しかし――――




「――ふっ……ふっ……」





 なんと、ガイは部屋の隅で上半身裸になりながら逆立ちし、片手で腕立て伏せをしていた。





「ガイ!? だ、駄目だよ!! 僕の力で治したからって病み上がりだよ? ちゃんと休んでよ!」




 当然、グロウはつい昨日の今日まで全身に重傷を負っていたガイを心配し、駆け寄る。





「……ごめんねー……グロウ。お姉ちゃんもやめとけって言ったんだけどね~……ガイってば聞かなくて。身体が鈍るのが嫌なんだって。」



 筋肉トレーニングで力む度息を弾ませながら、ガイは渋そうな声色で返事する。



「……ああ? 致命傷ですら治すグロウの力だ。聞けば俺たちゃ5日も寝てたそうじゃあねえか。身体が鈍り切っちまうと、刀を振る感覚まで錆びついちまわァ。それに…………」





「……それに?」





 グロウに癒されたとはいえ、無理をしているガイ。何か迫力のようなものを感じ、オウム返しにグロウは訊く。





「……俺たちゃ、あのガラテア軍人の糞野郎共に完敗だった……ッ! 遠くへすっ飛ばしたとはいえ、いつまたあんな脅威と立ち向かうかわからねえ。エリーもグロウも守れなかった。あのままだと全滅だった! これほど悔しくて恐ろしいことがあるかよっ…………!!」





 ――――敗北の悔しさ。自責の念。





 危険な冒険の途中でここまで大敗を喫したのはそうガイたちにとってそれほど珍しいことでもないのかもしれないが…………勝っても負けても彼にとって納得のいかない勝負を経験する度、苦汁を味わうような気分に襲われるのだろう。




 或いは、やはり幼少の頃のトラウマから来る己の『弱さ』への激しい罪悪感か。




 思いつめた顔で鍛錬をするガイに、恋人のエリーですらもなかなか声を掛けづらいのだった。





「……むう~…………」





 だが、グロウは内心憤慨したようだ。





 おもむろにガイに近付き――――





「――ていっ!!」




「――うおっ!? どわッ……っててて……」





 腕立て伏せをしているガイの片手を思い切り蹴飛ばした。足払いならぬ、腕払い。当然、ガイはバランスを崩して床に倒れこむ。





「――ててて……グロウ、何しやが……」



「ガイの馬鹿っ!! 負けたことが悔しい? 僕たちを守れなかった自分が嫌? そんなに思いつめて独りで抱え込んでもみんながつらいだけだってわかんないの!?」





 ――普段守られ、促されるままだったグロウが珍しく、毅然と叱る。





「お、おおっ……?」





 予想外のアプローチにガイも気が引ける。




「負けは、僕たち全員の負けだ!! 勝ちも僕たち全員の勝ちだ!! 誰か独りのせいじゃない。頑張る時はみんなで力を合わせて頑張るし、休む時はみんなで協力して休むんだ! ……どうにもならないことは確かに悔しいよ。でも、だからって思いつめて無理をする仲間を見るのは嫌だ!! 負けた僕たちみんなまで惨めな気持ちになる!!」





「…………」



「グロウ…………」





 この少年はいつの間にこんなに逞しく成長しているのだろう。年長者のガイを叱るほどの胆力をいつの間にか身に付けている。言っていることや気持ちも一家言ある。




 ガイが無茶していること以上に、エリーとガイはその様子に呆然となった。




「……それに…………あの苦しい戦いで、みんな一回り強くなった!! 負けるのは弱さの証明なんかじゃあない。ずっと思いつめて無理したりへこんでる方が負けなんだ!! 自分の身体、見てみなよ。今までより強くなってるものが見えるはずだよ!!」





「――何……?」





 グロウの叱咤は、ただの精神論ではないようだ。





 ガイが言われて自分の身体を目を凝らしてよく見ると――――回復法術の――――元を正せば『練気』の光が殊更強く輝いて、全身にみなぎっている。





 ガイは意識して回復法術を使ったつもりはなかった。





 だが現に、ガイは例の神への祝詞めいた詠唱なしでも、青白い回復法術の光で……グロウですら癒し切れなかった細かい箇所の傷や、筋繊維まで修復している……。





「――まさか…………あの時から、なのか――――!?」






 微かに記憶に残っている。





 ガイがバルザックに挑むも一捻りされた。それは事実だ。





 だが、全身を粉砕されて死を待つのみだった彼は、確かに自らの意志と力で肉体を生へと繋ぎ留めた。






 あの時に、怪我の功名、というには余りある痛みだったが、ガイはそれまでとは比較にならぬほど強力に回復法術の精神集中の力が開花し始めたのだ。





 例えば、禅僧が極限の精神集中状態を得るために死の半歩手前まで身を投げ打って行なう激しい苦行・臨界行。あの状況は図らずもガイにとってそれに近い修行の効果を成したのかもしれない。





「俺の……力が強くなってる…………『練気チャクラ』とか言ったか…………俺も使えるようになるのか…………?」





「……僕たちは確かに負けたよ。みんな死にかけた…………でも、失ったり、弱くなったりしたわけじゃあないはずなんだ!!」





 グロウは『練気』のことなど勿論知らない。改子と戦った時に見た何か異常な能力としか……だが、それは確かに人に宿る『力』の一種だと感覚的に理解できた。





「――――その方の言う通りですよ。ガイさん、そしてエリーさん。」





 ――ふと、部屋の隅、セリーナが横たわるベッドから声を掛けられる。相手は――





「え、誰……お姉さん?」





 声を掛けたのは、ライネスたちと戦う前に立ち寄った宿屋の受付の女性。セリーナの恋人だと名乗るあの眼鏡の女性だった――――





 女性は、意識が無く横たわるセリーナを愛おしむように、また、心から心配するように一瞥したのち、グロウに声を掛ける。





「はじめまして、グロウ=アナジストンさん。私はミラ。ミラ=ルビネックと申します。宿屋の受付係をしていた所をエリーさんとガイさんに出会いました――――ここにいるセリーナ=エイブラムは…………私の恋人です。」





 ゆったりと気品のある佇まいのミラは、子供であるグロウ相手にも誠実に、丁寧に挨拶をした。眼鏡の奥には物悲しいものを湛えながらも、その大きな瞳には信実と覚悟、そして勇気の光が発せられている。





「えっ……セリーナの…………恋人…………?」





 思いがけない人物の登場で、一瞬グロウもぽかあん、とそれこそ子供そのものに口を開けて驚く。





「――やはり貴方も……女性であるセリーナと恋仲であるとする私が理解出来ませんか? けれども、これが真実です。私とセリーナは愛し合っているのです…………愛を全うするのに、性別など何の関係がありましょう。」





 背筋を伸ばし、毅然とした態度でグロウにも接するミラ。対するグロウは、ミラの態度や顔つきを見ただけだが、ほぼ理解した。





「――ううん。ちょっと意外だっただけ。セリーナって強くって勇ましいから、貴女に会うまでてっきり恋人は大柄な紳士……みたいな人だと勝手に思ってた。僕には恋人とか恋愛ってわかんないけど……本気で好きなら関係ないと思う。はじめまして、ミラさん。」






 グロウは、近くの椅子を持って来て、ミラの前に置き、座る。





 目の前の年端もいかぬ少年の反応に、ミラは少し表情の緊張を緩める。





「あら。まだ街の子供たちとそう変わらない年齢なのに、よく解ってくださいますね。これでもこの手の話題は街の子供たちはおろか、お年寄りからも結構軽蔑されることもあるのですよ。」





 グロウの真摯な態度から利発さを感じ取れたようだ。上品な者とのやり取りにエリーがややばつが悪そうに会話に加わる。





「そうなのよ。よく出来た子でしょ? まあ、さっきも話した通り…………姉弟でもなければ、私の子でもないんだけどね……とっても賢い子なのよ……」





「……この街に来るまで……そしてあのガラテア軍人たちと生命を懸けて戦ってくださったことはエリーさんとガイさんから聞かせていただきました。お陰でセフィラの街を何とか守れました……改めて御礼を言わせてください――――ありがとうございました。」







 ミラは改めて畏まり、3人に深々と頭を下げる。





「い、いいって、いいって! こっちこそ、争いに巻き込んじゃって、ごめん。」


「俺たち余所者が来たばっかりに目エ付けられちまったんだよな……マジで面目ねえ。」





 エリーとガイは逆に街を戦火に晒しかけたことを詫びた。無論、最も非があるのはこの場にいないライネスたちなのだが。





「……貴女たちは、ガラテア帝国の非情な科学実験で生まれたおつらい境遇にいながらも、前向きさを失わず幸福を求めて旅をなさっているのですよね…………愛する人と添い遂げたいという願い。我が身のように痛感します…………私がセリーナを愛すると決めた日から、ずっとこの想いを大切にして来たつもりです。」





 実に誠実な女性だ。会ったばかりでやや粗野な振る舞いを常とするエリーやガイにも敬愛を示している。





 と同時に、そういったものをあまり持ち合わせていない2人は、目の前の淑女の振る舞いに少々自分が恥ずかしく感じた。自然と背筋が伸びる。





「あ、そうだ! セリーナの意識を戻すための素材……気付け薬の材料が揃ったよ。今、イロハが調合してる!」





 一瞬忘れかけたが、他ならぬセリーナを助ける為、素材を採取してきたのだった。





「……ありがとよ、グロウ。しかしいきなり調合すんのか? 医者とかに任すんじゃあねえのか?」






「お医者さんにも出来るだろうけど、調合はイロハたちの方が上手いんだって。」





「そうか……」





「何から何まで、ありがとうございます…………セリーナの看護はこれから、私が責任を持って務めます。出来上がったお薬も、私がきちんと飲ませます」



 ミラは重ねて恭しく言う。





「ミラさんも無理しないでね……あたしらがあのガラテア軍人4人とやり合ってる間中、街の人たちの避難の準備をずーっと指揮してくれたんでしょ……?」





「……私のことは大丈夫です…………戦いで傷付いたセリーナや、貴女たちに比べれば。宿の方でもお休みをいただきましたから……」





 ミラは、それから少し俯いたのち、セリーナの方に向き直り、汗を拭いたり、手元のリンゴを皮を剥いて食べさせたりし始める。






「……なんか、邪魔しちゃ悪いよね。ガイ、もう寝よ?」





「……おう。グロウ、おめえは怪我はもういいんだろ? 森に入って疲れてんだろ。テイテツのいる宿屋へ行ってゆっくり休め。あとは大丈夫だ」





「……うん…………そうする。またね、お姉ちゃん、ガイ、ミラさん…………」






 意外なことが次々と起きた上に、森に入った疲れが出始めたのか、ひと息大きな欠伸が出た。グロウはミラにお辞儀をしたのち、宿へと戻った――――

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