第26話 倦んだ獣ども
――森の木漏れ日。穏やかで温かな陽光が射している。風も程よい優しさで、森の奥からの薫風をそのままに運んできている。
「――ああ~あ……良い日よりだあねえ~…………」
若草色をした髪が特徴的な若い美形の男が、大木から伸びる太い木の枝に背を預けて仰向けになりながら、寝起きのような柔い声でそう呟いている。
「ああ……本当だな、ライネス」
別の木の枝に腰掛けて胡坐をかき、通信用端末の画面に視線を落としている男が答える。こちらは側頭部を刈り上げ、他の髪を短く編み上げていて、肌は浅黒く筋が張り、野太い声だ。
「――ねえン、バルザック隊長~。私ら……こんなトコでこんなにのんびりしてていいのかしらあん…………退屈じゃあないのお~? ねえん、改子~。」
「もう~、メランっ」
「あん」
大木の根元でバルザック隊長に雨露のようにしっとりとした声をかけるメランと言う名の長髪の女性を、改子と呼ばれたショートヘアの女性は引っ張って地に押し倒し、組み伏せる。
「――せ~っかく本国から休暇が出てるのよ~? いざ、仕事が始まればぁ……血と硝煙まみれの荒っぽい臭い仕事ばっか…………そんなの、悲しくない? 青春の無駄遣いよ~。」
改子は、身体を重ねてそっ、とメランに顔と顔を寄せ、その唇に柔く綺麗な指先を滑らせる。
「――そんな過ごし方するくらいならあ~…………うふっ。あたしとメランがこうやってぇ、身体を重ね合って愛を語り合う……そんな喋喋喃喃とした時間の方が大事じゃあな~い♡」
「――ちっ。やはり本国からの連絡も無しか。正に俺たちは、飼い殺しの狗…………ッ!!」
――突如、バルザックは呼気に憤怒が籠ったかと思えば――――端末を握りつぶしてしまった。掌に破片で負った傷からの血と、端末の液晶部からの薬液がだらりと滴る。
「――ふふん♪ 私もよおン。か、い、こぉ…………♡」
静かに、しどけなく……メランは求められるままに改子と唇を重ねる。
――――だが。
「――――ぶげぇッ!!」
メランは、愛おしそうにさすっていた改子の腹を、唐突に豪烈な手刀の突きで圧迫した。衝撃で改子は吐血する。
「――――いっくら、本国からひっさびさの休暇が出たからってえン……何の血も臓物も硝煙も銃声も無い生活なんて、耐えられなアァい♪ 改子とくんずほぐれつするのも悪くないけどオン…………ああン、欲求不満でおかしくなっちゃ~う♡」
途端に悶絶している改子の隣で素早く起き上がったメランは、狂おしい衝動に駆られて身を恍惚と捩る。
「ぐ、ゲエッホ! ウッホ、グウエッホオオオ…………くっ……クカカ、くはははははは…………それも確かに……上等ォオォーーーーッッ!!」
途端に、改子は歓喜の笑いと雄叫びを上げるや否や、常人には残像が見えるのがやっとの、知覚すら出来ぬ速さでブレイクダンスを思わせる動作で身体を起こすと同時に――――真剣よりも鋭い回し蹴りを繰り出した!
「あアアん!!♡ うふふふ……そうよ、それでこそよ改子ォオオオオオオオオーーーーッッ!!」
回し蹴りはとてつもない鋭さで、メランの腹部から胸部の服を大きく切り裂き、腹からはどす黒い血を放出する。もう少しで豊満な胸が露わになってしまいそうだ。痛みと共に悦びにうち震えながらも、掌から気弾を練って繰り出し、猛烈な風を伴って改子へ浴びせる! 改子は両腕をクロスしてガードしながらも、気弾の高い威力にビリビリと全身から同じく血を放出する。
「――ふは。フハハハハ……! メランと激しくセックスすんのも充分刺激的だけどオ……こうして誰かと殺し合ってる方が、あたしらは生きてるって感じがするウゥーーーッ!! あたしも欲求不満で死んじゃいそうよメランンンンンン!! このフェロモン乳袋抱えた
静かに女性らしい甘々とした逢瀬に伏せっていたはずの若き女性2人は、唐突に殺気をお互いに突き刺して生命の遣り取りを始めた。迸る殺気と狂気。響き渡る破壊音と絶叫。飛び交う闘争の歓喜と性愛の悦びが綯い交ぜになった情交。
「……正確には、休暇というより……これは処罰なんだがな。この前の作戦で、本来なら手厚くもてなすはずだった敵国の捕虜だったんだが――――」
「――そーだったわ。俺ら、皆殺しにしちまったんだっけ。そんで、こんなド田舎に左遷させられたんだっけ――――あいつら、強かったなァ……あの筋肉。あの銃弾。あの練り上げた技。あの息のピタリ重なった連携……ああ、あと何万回でも殺し合いてえ――――」
遠い目をしていたライネスの眼に、俄かに闘争の歓喜からなる燃え盛る焔を帯び始める。
「――だが、島流しのような罰を受けたとはいえ、俺たちのライセンスは失効していないぞ……いや、失効に出来るはずもない――――本来なら、俺たちを飼い馴らそうなど、無駄だからなぁ…………ヌグフフ……フ……」
バルザックもその双眸に禍々しき殺戮の光が灯る。破片で傷だらけの掌をなおも力を込めて握り込む。全身の血管が浮き出て筋が張り、端末を握りつぶした手からは益々血が流れる。その痛みを通じて、果てなき闘争の……戦闘狂としての性、戦闘で負う痛みとオーバーラップさせているようだ。
「――――おうよ、隊長。ガラテア軍に身体中弄り回された俺らは、闘いの中でしか生きられねえ。そして、それを俺らはとっくの昔に受け入れたんだ。血飛沫と痛みが嵐のように飛び交うあの戦場――――あそこでしか生きられねえ。あそこでしか生きたくねえ。軍もそれを承知だから、ライセンスでこの4人での単独行動もだいぶ許可してんだよ……こんなセフィラの街みてえな平和な田舎、下手したら消し飛ばしちまいそうだぜ。」
ライネスは、想像しうる限りの地獄のような戦闘を夢想し、引き攣った笑みを浮かべる――――
「――おっ?」
ふと、上体を起こしたライネスの目に何か映った。確かめる為に木の高い所にどんどんと登る。
「――よっ、と……へへ、敵軍隊じゃあなさそうだが…………あいつらを遊び相手にすりゃあ、結構楽しめんじゃあねーの? ――今度の獲物は冒険者のようだぜ――――」
「マジか、ライネス!? それはありがたいなア!! 欲求不満の我々が平らげるのに充分な『おかず』か!?」
「――あらン。ほんとぉ!?」
「――けひひ。ようやくゥウ!?」
「――おうよ隊長、メラン、改子よ。俺にゃあ解る。あいつらの中には……自分でも抗いきれねえような、すぐにでも暴れ出しそうなとんでもねえ化け物を飼ってる奴がいるぜ――――」
ライネスの双眸には、小さく、果てしなく小さくだが――――数十㎞先からやってくるガンバの影を映していた――――
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