第179話 半神来たる
――それから、始祖民族の集落の民たちはエリーたちを温かく迎え入れてくれた。
未だに言葉は通じないが、こちらの戦艦フォルテに乗っていた者たちの中で
いつガラテア軍の追手が来るとも知れない状況ではあるが、一行は始祖民族たちが友好的で協力してくれるという事実だけで少しはリラックスした気持ちになれた。
「――この芋と穀物煮詰めたっぽいスープ、味が濃いっスけど、美味いっスねー。見た目は素朴だけど栄養価とか高いんスかね?」
「――ふむ……食事そのものは原始的な内容とほぼ変わりませんが……この獣肉や作物などは我々外の世界にあるものとは何か違うようですね。人工的な物が一切無いはずなのに、妙に身体に馴染むと言うか……。」
――炊き出しと怪我人の手当てが進む頃、集落の奥から白い髪の毛と髭を蓄えた翁が現れた。集落の民たちもその翁に従ってついて来る。この集落の酋長なのだろうか。
「……――――。――。――――。」
酋長らしき翁が話しかけて来た。が、やはり言葉は解らない。
「……う~ん……こっちから練気で意図を伝えるだけじゃあなくて、出来れば相手の考えも練気とかで読み取れたらいいんだけどなー……取り敢えず、もっかいグロウ頼むわね。」
「う、うん。」
グロウは翁と相対し、再び練気を集中して自分の伝えたい意志を籠めてエネルギーを立ち昇らせてみた。
(――助けてくれて、ありがとう。僕たち、悪い軍隊に狙われてるんだ。その軍隊はやがて、この幻霧大陸も含めて創世樹を利用して……世界を作り変えようとしているんだ。僕たちはそれを止めたい。何か知っていることを話してくれませんか? 言葉で会話が出来ると良いんだけれど……)
「――――!!」
――グロウの練気越しの意志を感じ取って、翁は目を見開き、感嘆の声を上げた。少し俯いて何やら唸るが……すぐに従者に何やら命じた。
少し待っていると、従者は何やら美しいスカイブルーに近い色合いの小さな石の装飾品らしきものを持って来た。
「――。――――。」
翁は自らの耳を指差して見せた。よくよく見ると、集落の民たちはほとんどが耳に石の飾りを付けている。単なる耳飾りではないのかもしれない。
「その耳飾り、俺たちも付けてみろってか?」
「……ふむ。私の付けてるようなピアスとは違うな。穴を空けずとも耳にフィットする……」
一行は翁がボディランゲージで示すように、青いイヤリングを装着してみた。
「――――どうだい。これで私たちの言葉が解るようになったろう。」
「――えっ!?」
――――何と、このイヤリングを取り付けただけで、先ほどまで理解出来なかった彼らの言語が、エリーたちの知っている言葉で理解出来るようになった。
「――これは……ふうむ…………どうやら耳に、と言うよりはこのイヤリングを通じて我々の脳の認知系や言語野に同調し、即座に我々に理解出来る言語に変換されて知覚出来るようにする装置のようです。脳量子波か……? これは未だにガラテア帝国ですら実現出来ていないテクノロジーですね。」
――テイテツが感慨深げにそう呟く。
思えば、不時着したこの戦艦を建造したのも彼らの遠い祖先のはず。始祖民族と言えども、我々現代人を凌ぐ技術や知識が備わっている……と言ったことも過去の人類史にはよくあることだ。彼らもそう言った類いの知識や技術があるのだろう。
「――僕たちを助けてくれてありがとう! まさか言葉がすぐに解るようになるなんて……。」
「――礼など要らんよ。君たちは……我らが土地の遙か外からやって来たのだね? 永に渡り我らを御守りくださっていた霧が晴れたのを見て……遂にこの時が来たのだと思ったよ。創世樹…………のことを君の練気から強く感じられた。もう少し詳しく聴かせてくれんかね?」
翁は、目の前の少年のグロウににこやかに微笑みながらも、声のトーンは幾ばくか重さを伴っている。
「――はい。僕は…………創世樹から遣わされた『養分の男』…………らしいです。さっき練気で伝えた悪い軍隊の中に、『種子の女』もこの大陸の何処かにいるはずです。僕たち2人が創世樹の中でひとつになってしまうと、世界中の生命が――――」
「!! ――――やはり……やはり、『養分の男』…………我らが創世樹の二柱の神の1人が、今、ここに――――おおおおォォ…………!!」
「えっ……」
――グロウが、自らが『養分の男』である、と告げた途端、その場で話を聴いていた集落の民たちは、畏敬の念を込めてその場で跪き、平伏してしまった。
どうやら『養分の男』と『種子の女』は彼らにとって神にも等しき尊き存在らしい。突然平伏され、動揺するグロウ。
「――――創世樹による世界の、生命の統合を果たされる為に…………ようやく我らが地へ至りましたな…………我らが御神よ。ささ。もっと奥で話をさせてくだされ。男神様――――」
――それまで友好的に、朗らかに接して来た民たちだったが、敵意こそ無いものの、俄かに畏敬の念と緊張感を持ってグロウを見遣り、集落の奥へと招いていった――――
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