第66話 山の麓にて

「――――やーだあーっ!! もっかい!! もっかいだけツッパしてくるう~ッ!!」





「――――駄~目に決まってんだろうがああああッ!! 調子こいてんじゃあねえ~っ!! マジでせっかくの有り金失うぞこの馬鹿、てめええええ!! おいィ!! おめえらも手伝え! こいつ止めろォ!!」




 ――スロットマシンで幸運にも、否、不吉・・にも大当たりしてしまったエリーは、途端に味を占めて今度は束にした紙幣を突っ込もうとし、ガイが必死に羽交い絞めにして止めている。シャンバリアの街の代表ほどではないが、脂汗が止まらないガイ。公衆の面前で激しくもみ合ってしまう。





「――エリー!! 落ち着けっ!! こんなのはまぐれに決まってるだろう! ほら、あっちから警備員が睨んでる! さっさとこの街から出るぞ!!」


「――そうだよ! 無理しちゃ危ないよお!! お金ならもう充分稼いだじゃあないか! 欲張っちゃ駄目だよ!!」





 セリーナとグロウも加勢し、何とかこの街の賭場から離れようと藻掻く。




 金に目が眩んで正気を失っているエリー……もしも『鬼』の力をフルパワーで開放でもされたら全員ひとたまりもないのだが…………どうやら力を使うことすら忘れている錯乱状態のようだ。






「――やれやれ……ギャンブル運が破滅的に悪いって言ってたのはこの事っスか…………たった一発トウシローが大当たりしたからって熱くなり過ぎっスよ、全く…………」





「――これでも昔からガイが散々言い聞かせて来たはずなのですが…………『鬼』の遺伝子もあってかどうもエリーは多動性、衝動性を抑えて自制することがとにかく苦手なのです。今はガイなどが諫めていますが、エリーは重要戦力。これも大きな課題ですね。」





「そっスねえ…………ありゃあ下手に野放図にすると確かに敵も味方もメチャメチャになりかねないっスねえ。エリーさんの人格や意志は尊重したいっスけど……ギャンブルに限らずああいう錯乱した時に安定して手綱を握る術も……もうガラテアの実験の悲劇から10年っスよね? いい加減確保しておかないと……今までよくガイさんが抑えて来たもんっス。」





「抑えきれていません。たまに暴走してそのままなこともままあります。取り敢えず……我々はともかく、エリーの金銭管理だけはイロハ。貴女にしばらく助力してもらえると助かるのですが。まともな経済観念や資金管理を覚えるまでは…………」





「……それが良さそうっスねえ。エリーさんの家計簿と小遣い管理っスかあ……今更やりがいの無い経済活動っス……色々と大人気ねえっス~……」





 ――テイテツとイロハは少し離れたところから、冷静にエリーの自制の効かなさに苦い顔をするのだった。






「――いいから……ッ!! おめえらも止めろおッ!!」

「うにゅにゅにゅにゅ、があ~っ!!」




「ハイハイ、了解っス――」

「了解。パラライズモード出力開放――――」






 ――――雄叫ぶエリーに対し、イロハは戦闘用ハンマーを、テイテツは光線銃ブラスターガンを構えた――――






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 ――そうして、イロハのハンマーによる脳天への連撃と、結構な高出力にしたテイテツの光線銃・パラライズモードの電撃を喰らい、泡を吹いて気を失わせたエリーを担いで、ガイたちは警備が動く前にそそくさと上階の駐車場まで戻り、再び砂漠地帯をガンバとバイクを走らせ、旅を再開した。





 ただ、南のニルヴァ市国への途中まではやはり多少なりとも森林地帯を通った方がいくらか安全と見て、来た道を引き返すほどではないが、地図を確認しながら南西方向へとハンドルを切っていた。






「――んあ~……? こ、ここどこ~…………? なんか気持ち悪いだけど~……」





「おう、起きたか。賭け事ですぐ頭に血が上るエリーさんよお。おめえを止める為にイロハとテイテツにも手荒くさせちまったぜ。猛烈に反省しやがれ。」






 エリーが目を覚ます頃には、既に森林地帯をガンバは走っていた。脳天への衝撃と電撃による麻痺で眩暈と吐き気を催していた。






「――そだ……シャンバリアの街のカジノは~……?」





「とうの昔に立ち去ったぜ。もうあれから4時間は経ってらあ。ありがた~いことに……おめえのその濁り切った経済観念を見直す為に、プロの商売人であるイロハさんが色々と数学や経済学を教えてくれるんだとよ――――おめえの分の金もおめえ自身が管理し切れねえから、全額イロハが管理することになったぜ。スロットマシンで当たった分もな。泣いて喜びやがれ、ちくしょうが。」





「――へあァッ!?」



 ガイはいつもの通り苦い顔をして、エリーにとっては厳しい処遇と現実をヅケヅケと突き付ける。会話を聴いていたイロハがバイクをガンバの真横を並走して近付き、エリーに告げる。






「ガイさんから聞いたッス。学を付ける為にグロウくんと一緒にガラテア小等部クラスの教科書で勉強するも、グロウくんの方が断然成績が良いそうじゃあないっスか。収入以上の支出を繰り返すようじゃあ身の破滅はすぐっス!! ウチが道中、特別に! タダで!! 徹底的に計算鍛えてあげるスから、覚悟するっス!! にひひひひ~。」






 そう言って、イロハは片手の人差し指と親指で輪っかを作り、殊更意地の悪い笑みを浮かべた。





「――うっそおん…………あ、あたしの……あたしのお小遣い、ナシ……!? そんなあ…………ウウッ――――おえええええ」






 起きて早々悲しい現実を突き付けられたショックも相まって、エリーは眩暈から窓から顔を出して、盛大に嘔吐してしまった。






「うおッ!? 汚ねっス!!」


「あああ~っ!! 綺麗な森の緑と水があ~っ!! こういうの何だっけ……環境汚染!! 環境汚染だよ、お姉ちゃーん!!」


「……なんと無様な…………戦いの実力はともかく、本当に手のかかる子供と一緒だなあ……」





 イロハが急ハンドルで遠ざかり、グロウは教科書を片手に怒る。セリーナも顔をしかめて武具の手入れをしながら嘆息するのだった――――






 ――それからさらに数時間。車とバイクで森林地帯を進んだ。先に述べた通り森林地帯ならばガラテアの監視衛星に見付かりにくいのに加え、手にした資金でテイテツは早くもジャミング機能を強化するパーツをシャンバリアの街で買って組み合わせ……二階席に装備し、よりガラテアの目を掻い潜るようにしていた。今のところ追手がかかっている気配はない。






 道が山道に入ったあたりでちょうど暗くなってきたので車を停め、キャンプにした。






「――ううう~……あたしの……あたしの愛しいお小遣いがああああ~…………っ。ぐっすん…………」






 さすがに吐き気や痺れなどはもう回復したが、今だにエリーは小遣い権をイロハに移譲させられた悲しみを引き摺って、うずくまっていた。嘔吐はしないが、今度は涙と鼻水が止まらない。エリーの体質なら食べて寝れば治るだろうが、若干の後遺症か。






「――はーい! 山に入る前にキャンプインってことで……今晩はお肉多めのバーベキューにするっスよー!! 皆さん、準備っス~!」






「――――にゃっ!? お肉? お肉!?」






 『お肉多めのバーベキュー』と聞いて、先ほどまで食欲不振だったはずのエリーは飛び上がった。






「――ワー! やったわ~!! お肉お肉~♪」


「――おめえ、いつもながらそれでいいのか、って感じだけどな……ま、いつまでも落ち込んでねえ所がおめえの良いところのひとつだぜ」





 バーベキューひとつで、あっさりと絶望的な気分から立ち直ったエリー。時々見せるその単純さにガイは嬉しい様な情けない様な、複雑な気持ちになる。






 やがて、皆が手際よくバーベキューの準備を進めたので、すぐに食事となった。シャンバリアの街で一通り買い足した獣肉を中心に、緑黄色野菜や茸類、穀物も忘れない。





 森林地帯の手近な木から調達した薪に火を起こし、台座の上に金網を敷いて……すぐに肉類も食べ頃の焼き加減になった。脂が滴り、火に落ちる度にジュッ、と蒸発する音がする。塩胡椒も振って香ばしい薫りだ。






「――よっしゃー! こっからは争奪戦よ!! お肉奪い合いじゃあーっ!!」




「争うな争うな。全員の適量はテイテツが栄養とカロリー計算してっから、誰も不足はしねえよ」





 皆がこぞって料理を食べる中、グロウは1人、自分たちの糧となる獣や作物や薪に感謝の祈りを捧げてから、チョップスティックを持つ手を伸ばした。





「……いやー、やっぱ肉美味いっスねー! それにしても前から思ってたっスけど、そうやって食べる度に料理に祈るなんて、信心深いっスねえ、グロウくんは。」






「……信心深い…………? ううん。別に神様にお祈りしてるわけじゃあない。僕たちの糧になってくれる生命には感謝したいんだ。でないと――――」





「……ん? でないと?」





「……? 何だろ? 自分でもよくわかんないや…………教えがどうとか、食物連鎖がどうとか、僕はまだ知らないこと多いけど…………ただ、何となく自分から感謝の祈りをしたくなったんだ。」






 野菜を取り皿に入れながら、テイテツも不思議そうに語る。





「――以前のエンデュラ鉱山都市の食事の時でもそうでした。以降も決まってグロウは食事に感謝の祈りを捧げます。まだ食物連鎖やある種の宗教観を知らないはずなのに、何故か『他の生物のお陰で自分は生き長らえ、存在している』という念を……グロウは初めから持っていたようなのです。こういったことは、元来自然崇拝が根付く地で育ったとか、或いは生態系、環境問題といった学問を学んだり教わったりしなければ芽生えにくい感覚だと思うのですが…………もしかして、急速な早さでそれを学んでいる……いや、何かを基に『知っている』…………?」






 出会ってから逐一、テイテツはグロウという謎の少年の生態系や思考形態など、子細なことまで観測、分析し、彼は一体何者なのか科学的な観点から考察を深めてきている。依然、中核を突いた結論には至っていない。思わず、うむむ、とひと息唸り、考え込む。






「――テイテツさん? なーに難しい顔してるッスか! 御馳走の時ぐらい、食べることに集中するっス! その方が幸福感あるんじゃあないっスか?」






 イロハは、何をそんなに考え込む必要があるのか、とあまり気に病む様子もなく一笑に付し、自らも取り皿に肉を取っていく。






「――幸福感? 幸福感、ですか…………久しく、考えたことがありませんでしたね……確かに幸福物質と言われるドーパミンやセロトニンは食べたりすると分泌されますが……」





 テイテツは、特に誰ともなしに語りながら、自分の取り皿の食事を口に入れる。いつも通り大した感慨も無く咀嚼するのみ。






「――んむむ……『鬼』と人間のミックスであるエリーさんが常人よりめちゃくちゃ食べないと身体がもたないのは聞いたッスけど…………さすがに食費を6人で割り勘にすると皺寄せが来るっスねえ。めっちゃ食うじゃあないっスか…………今からでも食費は自由行動と同じで本人持ちにした方が良いっス?」







「――すまねえ、イロハ。これはエリーの特異体質で、今更どうしようもねえんだ。キャンプとかの自炊で飯を食う時の食費は割り勘で勘弁してやってくれ。自由行動の時や料理店で本人の希望で多めに食う時は本人持ちでいいから……」






「――ふっふっふー。そんじゃあみんな、改めてご飯、よろしくね~」






「ちったあすまなさそうにしろ、この大飯喰らい……」






「……そっスね。体質ならしゃあないかあ……」






 エリー本人は遠慮しないが、ガイが『本当にすまない』と念を押したので、イロハも渋々納得する。今は充分なお金の蓄えがあっても、エリーの特異体質を考えれば案外食い潰すのはすぐかもしれない。






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 各々が充分に腹を満たしたのち、武闘派のエリー、ガイ、セリーナは日課の鍛錬を一通りこなす。テイテツはイロハが用意してくれた基本パーツから新たな高性能端末を組み上げる為の設計図制作。イロハは自分の携帯端末に細かく収支を記録し、冒険と言う不安定極まりない生活ながらも今後の経済的な算段……そしてどうエリーの経済観を管理するか頭を捻る。






 グロウも一通りボウガンの訓練をしたのち、焚火の前で読書に勤しむが――――






「――ん? グロウ。その足元の鉢は何ですか?」






「――ん、これ? 森で拾った種だよ。生気を感じる土もあったし、植えたら育つかなあ、と思って。」





「植木鉢ですか。何か実が採れる品種ですか?」





「んーん。わかんない。ただ何となく、種と土、それから水があれば育つかなって。」





「ふむ。そうですか……」







(――確かに植物はそうやって育つものだが……この森の植物の種は…………ある程度養分が無いと育たないはず。そのままではある程度芽が出てもすぐに枯れるのでは――――)






 テイテツは、その事実をグロウに告げかけたが…………。






(――まあ……失敗から学習することも多いだろう。本人の趣味の一環のようだし、任せるか。)






 そう思い直し、テイテツはそれ以上告げることなくテントへ入っていった。






 ――やがて一行は寝具も取り出し、恐らくこの森林地帯では最後となるであろう就寝に移った。






 ――――目的地のニルヴァ市国はもう目の前。厳しい山岳地帯を登った高山地帯にある――――

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