第145話 英雄は遅れてやってくる
「――――フフフフフフ…………」
――不遜な笑みを浮かべ、口元の血を拭いながらも……ローズはなお鬼気に満ちた眼差しをエリーに突き刺し、徐に片手で指をぱちん、と弾いた――――
すると、ものの数秒の間に側近と思われる下僕たちが、何やら身分ありそうな中年の男性を縄でふんじばった状態で連行し、ローズの隣に連れて来た――――シャンバリアの時と同様、お得意の人質作戦だ。
「――ああ~ン、しまったぁ~……その手の対策完ッ全に忘れてたわ~…………どうしよー? ガイー?」
ガイは耳栓を片方だけ外して返事をする。
「――ちいっ。やられたぜ…………ここからじゃあ距離が遠すぎるし、あんなに下僕共が人質にみっちり密着されちゃあ、人質だけ逃がすのも難しいぜ……」
すぐさま、ローズはミニスカートの中から取り出した拳銃を、人質に突き付ける。
「――にはーっはっはっはっはァーーーッ!! 学習してねえのはどっちか、これでハッキリしたようだねええええエエエ!? ヴォケがあああああああアアアアッ!! ――それ以上、近付くんじゃあないよ。」
「………………」
勝ち誇った顔で嬌声を上げるローズ。しかし、抜け目なく拳銃はしかと人質のこめかみに突き付け、エリーたちを牽制する。人質の男も、寝ているところを着の身着のまま連れ出されたのだろうか。黙ったまま動かない。
「――動くなよォ、小娘どもォォォォ…………1ミクロンでも動作したら、この
「――くっそ~…………見逃すしかないのかなあ~っ……」
エリーも相手が素っ頓狂なローズながら、抜き差しならない状況に目の前で身を固めて待っているしかない。じりじりとローズたちは闘技場の裏側に垂らした縄梯子に近付く。降りた先にはクリムゾンローズ盗賊団印の大型車両だ。
このまま人質を見捨てるしかないのか――――
「ひっひっひっひ。ここまで来りゃあ、もう勝ったも同然さね!! アンタも、大人しくしてくれて、感謝感激だよ。あーはっはっはっはっはァ――――」
「――大人しくしているのではない。動く必要が無いから動かないだけだ――――」
「――――はえっ?」
――突然、低くくぐもった声で喋り出す人質に、ローズは気の抜けた声を出す。
「――ああっ!! あれは――――!!」
「――えっ、何、ガイ――――ああっ!?」
――ガイは空を指差して叫び、エリーもつられて空を見上げる。
「――ふっ。ボケがァ!! 空に何があるってんだい!! そんなド単純な罠に引っかかるわけねエエエエエだろうがアアアア!!」
――ローズは、皆して注意を引き付けてその間に人質を奪還するものだと察し、引っかからない。
だが――――
「――――その通りだ!! 動く必要はない……何故なら――――私が助けるからだ!!」
「――――はえあっ?」
――またもローズが素っ頓狂な声を出した刹那――――
「――ぐおおおおッ!?」
――上空から急降下して来た『影』が、人質の背後に位置していた下僕どもを踏み倒し――続けざまに『大槍』を振るった!!
「――ぐわあっ!!」
「――ぶげえッ!?」
――大槍の一閃、また一閃で、下僕たちは死なない程度に、しかし荒々しくぶちのめされ、遠くへと吹っ飛び、倒れ伏す。
「――――なっ……アンタは――――ッ!?」
――そうローズが驚く刹那に、また大槍を一閃――――ローズの持つ大型拳銃を真っ二つに破壊し、一瞬でローズの背後を取った――――さらに、大槍は伸縮可変式なので、大型ナイフ程度の短さまで縮め、ローズの首筋にあてがう。
「――――あんたは――――!!」
「――――ようやく再会出来たな、エリー。それにみんな――――行けっ!! 龍よッ!!」
――
そう。その威容は、小さな『竜』というより神々しく巨大な『龍』と呼ぶに相応しかった。
練気の龍は咆哮を上げて闘技場に舞い降り、爪牙の一閃でクリムゾンローズ盗賊団らを瞬きする間に蹴散らしていった――――
「――やはり、動く必要は無かったな。むんッ!!」
――人質だった男は、そうひと息気合いの声を発すると同時に、容易く捕縛されていた縄を引きちぎった。どうやら、この男自身もかなりの手練れのようだ――――
「――――まさか、目的地が同じで、同じタイミングでこの国で会えるとは思わなかったぞ――――みんな!!」
「――――セリーナ!! ああっ……セリーナ=エイブラムッ!!」
――エリーをはじめ、もちろん一行は歓喜に湧いた。
ついに離れ離れになっていた頼もしき仲間――――セリーナ=エイブラムとの合流を果たしたのだ――――
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