第87話 古の種族
「――――ふうーっ…………ごめん……タイラー。もう疲れたよ……」
「そうか。いやすまんな……だがお陰でかなりのデータが取れた! 検査を始めて1週間あまりか…………そろそろ結果も出るかもな……取り敢えず、今日はここまでにしよう。しっかり飯を食って宿で寝て来てくれ。」
「わかった……今日もありがとう、タイラー、テイテツ。」
――それから幾つかの脳波系や、グロウの現時点で使える能力についてタイラーとテイテツは調べた。
枯れかけた花どころか、重傷の人間すら治癒する治癒能力。『活性化』と『急成長』によって自然物や鉱物を変異させ、応用次第であらゆる強力な攻撃能力へと転化させられる能力……エンデュラ鉱山都市での分厚い鉄の鎖を変形させたり錆びさせたりしたものや、目亘改子と戦った時に蔦を急成長させて拘束し、木枝を刺して細菌を活性化して猛毒を蝕ませるもの。セフィラの街で恐ろしいトラウマを負うところだった少年たちの精神と記憶の改竄。そしてライネス=ドラグノンとメラン=マリギナの頭部に触れて行なった何らかの精神干渉。
平生、優しく穏やかなグロウ=アナジストンと言う少年を見れば、とてもそうは思えないが…………改めて見ると非常に強力で恐ろしい能力を幾つも持っていると理解出来る。見ようによっては、エリーの『鬼』由来の身体能力や
外は夕暮れ。疲れた顔で研究所を後にするグロウを見送ってから、タイラーは深刻に語る。
「――事前に幾つかヒッズ。お前から連絡で聞いてはいたものの……改めて現時点で解っている限りの能力だけでも恐ろしいものだな…………」
「――そうですね…………これらの能力は……脳にきわめて高エネルギーの波動が発せられることと関係があると考えると、練気の力との関連も疑えますが……それにしても規格外過ぎる。検査も1週間が過ぎましたが……私は何故初日でこの違和感の正体に気付けなかったのか――――」
テイテツは密かに、ニルヴァ市国の山を登る前に、グロウが拾ってきた種を植えた植木鉢を宿から持って来ていた。
種というものは、育つにはその種に応じた土や水、養分が必要なわけだが――――グロウは水を与える以外に特に細やかな世話をしなかったはずのこの植木鉢の植物は、1メートル以上は草花が伸びて育ち、植木鉢を突き破っている。水を与える以外はグロウが寝床の近くに置いていただけなのに――――
「――この現象も異常です。『活性化』と『急成長』の力はかなり集中して高エネルギーが必要なはずですが、グロウはほぼ傍に置いて眠っているだけでここまで育っている。グロウの肉体や脳だけでなく……グロウという存在そのものが、何か生命あるものを助ける『概念』のようなものを持っているのかもしれない――――」
「――その『概念』が何なのか…………俺にもやはりわからん。だが…………遺伝子情報を調べたあたりでひとつの手掛かりを掴んだかもしれん。」
「……手掛かり、とは…………?」
「……これから話す。いずれはエリーたちにもな。だがまだまだ不確定要素が多過ぎる。手掛かりをひとつの目標へと絞るまで、お前にも手伝ってもらうぞ、ヒッズ。」
「了解です。その為に来たのですから――――」
――テイテツとタイラーは、エリーたちが食べ尽くさんばかりに立ち寄っているあの飯処も、宿屋も行くことをそこそこにし、一行とグロウの為に日夜研究に没頭するのだった――――
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――翌日。タイラーはエリーたちを呼び出した。当然グロウも一緒だ。
「――修行に専心しているところ済まない。よく集まってくれた。ここ1週間あまりで俺とテイテツがグロウを検査したことで解ったところを報告されてもらう。」
「………………」
「………………っ」
――不安で背筋を強張らせていたグロウだが、その様子を見て、すぐにエリーがグロウを後ろからハグしながら背中を守り、心して傾聴した。
「――検査した結果だが、まず…………グロウが『ただの人間ではない』ことは明白だが、『完全に人間ではない』とも言い切れない。」
「……何……?」
「そりゃどういうこった、タイラー。」
当然、セリーナとガイも訝る。
「……グロウの遺伝子情報を調べた結果なんだが……この通り、遠目に見れば人間の遺伝子情報、ヒトゲノムと一見変わらない。だが……拡大し、より子細に見ていくと、明らかに人間が持っていないはずの特徴が見られた。しかも周期的に変化している。これが『ただの人間ではない』とする根拠だ。」
タイラーはタブレット型端末に画像を表示し、検査結果を一行に説明する。
「――だが、実はこのようなゲノムを持った人間は、グロウ以外にも実在する可能性が高い。」
「――えっ…………」
――自分は人間ではないと思っていたはずのグロウ。意外な可能性の存在に、驚愕する。自分に、仲間……種族がいるのか? と。
「これについては、世界中の研究機関の資料に当たってみた。無論、ガラテア帝国のデータベースにもな。危険極まりなかったが……まあそんなことはいい。ここ数十年の間に…………某国の海岸に、ある人間の白骨化した遺体が打ち上げられたことがあった。その一見人間に見える遺体の遺伝子情報は……どうやら、これまで世界中にいたはずの人間のヒトゲノムと大きく異なる、特殊なパターンを特徴として持っていた――――」
イロハが気が付く。
「――もしかして…………その遺体の種族、でいいんスかね? と……グロウくんは同じ種族の可能性があるってことスか…………!?」
「……確定ではない。そこまで特定は出来なかった。だが、古代から伝わる古文書に、かつてグロウのように特殊な異能の力を日常的に用いて生きている種族がいたようなんだ――――いや。もしかしたら今も生存しているのかもしれん。」
――思いもよらない可能性に、一行はどよめく。
「――話はまだ途中だ。どうか聞いてくれ。その種族は、世界の果ての果て。深い霧に覆われた、前人未踏とされる大陸――――通称・『幻霧大陸』にいるかもしれないんだ。」
――――幻霧大陸。人類未踏の、最果ての地。
いよいよ、グロウのルーツについてヒントが解るかと思えば…………とてもスケールの大きな話になって来た。
「古文書によれば、その地のいずこかにあるとされる『世界』を『創り』し『大樹』――――即ち、『創世樹』を、その種族は信仰し、守り続けているらしい。その地には未だ人類が見たことも無い様な豊かな資源や大地の恵みがあるとされている――――ガラテア帝国もそこを狙っているらしいんだ。」
――――創世樹。世界を創造したという世界樹。ガラテア帝国も狙っているという情報がある以上、信憑性は高そうだ――――
「――そこに…………幻霧大陸のどこかに、僕と同じ種族が…………」
――渦中のグロウは戸惑いつつも、その一筋の可能性の光に希望を見出しかけていた――――
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