第126話 花婿いずこ
「――この先の通路を抜けた先が……中央管制室だぜ! 急げ!!」
「――待って、ガイ! ――――『いる』わ…………」
中央管制室まであと少し。だがエリーは接触する前に気付いた。
ニルヴァ市国において、たった1人の軍人相手に苦汁を飲まされた、かの妖女の存在に――――
「――――ふむ。来たようだね。予想以上に速い…………」
アルスリアは中央管制室の扉の前で仁王立ちをしている。部屋までの道は一本道で、避けては通れそうにない。
だが、ここを何としても押し通らなければグロウを救出出来ない――――エリーとガイは通路を進む前に、壁を背にして
「――どうする? あいつのドス黒いプレッシャーにやられたら最後よ……」
「――あア。だが、ここを通らなけりゃあ、グロウを助け出せねエ…………こういう時は、だ。焦っちゃならねエ――――」
ガイは携帯端末を取り出し、静かにテイテツと連絡を取り合い、策を練る。
――だが、意外にもテイテツからはすぐに、簡単な作戦が返ってきた。
「――そうか……なーる…………よくよく考えればこれまで何度となくやってきた手だったっけな…………よっしゃ。やってみるぜ。」
ガイはエリーに耳打ちし、作戦を伝えた。
「――――どうしたんだい、遠くからでも解るよ、エリー=アナジストンにガイ=アナジストン。君たちの練気の特色は覚えた……来ないのなら、こっちから行こうかな――――」
2人が警戒して近付いてこないことを鑑みて、アルスリアは自身の練気を高めつつ、ゆっくりと歩き寄ってくる。
「――む?」
だが、数歩歩いた処で止まった。
何故なら――――
「――あれ? ガイ=アナジストンだけかい……? おかしいなあ……確かにそこにいたと感じたんだが。」
「………………」
ガイは二刀を構え、通路を進み始めた。このまま進めば、アルスリアの練気のプレッシャーの射程圏内に入ってしまうが――――
「――――何か策を弄しているのかい。他の仲間が仕掛けて来るか……エリー=アナジストンは逃がしたのか…………ふふ、それともただの玉砕戦法かい?」
「…………」
ガイはだんまりを決め込んだまま、構えている。額から汗が噴き出す――――
アルスリアはさらに数歩、近付いて来る。
「――だが、君たちが攻め入ってきたせいで、私の大切なダーリンとのデートが台無しになったんだ。この損害は――――高くつくよ。」
「――ぐッ…………!!」
――案の定、ガイはアルスリアの放つプレッシャーにあっさりと捕まってしまった。
だが、そこでアルスリアはひとたび、思案する。
「……? そういえば……エリー=アナジストンの練気が消えたのは……逃げた、にしては速過ぎる…………練気を解いて――――まさか。」
――そう言いかけたと同時に――――アルスリアの後方にある中央管制室から破壊音が聴こえた!!
「――――へっ……そ、その……まさかだぜ…………グロウにばっか意識がいってっから……てめえの視野も狭くなってんじゃあねえのか――――?」
「――――うわあああああッ!! て、敵襲だあああっ!!」
「――――グロウ!! 助けに来たわ…………行こう! 早く!!」
――作戦は……否、作戦というほど狡知なものですらない。
エリーが一旦練気を解いて気配を消し、壁を蹴破って一時別の区画に入り…………外側から中央管制室目掛けて飛び込んだのだ。練気の力を大きく抑えてもなお高い身体能力を誇るエリーならではの出鱈目な行動。ガイはアルスリアの注意を引いた囮に過ぎなかったのだ――――
「――お姉ちゃん……エリーお姉ちゃん!!」
――――グロウは内心、先ほど聞かされたばかりの世界の重大な真実の前に、自分がどうするべきか揺れていた。しかし――――
「――――うん! 行こうっ!!」
――――少なくとも今は、共に寝食と悪路を共にし、人間らしい心が感じられるエリーたちのもとへ――――今現在のグロウが出来る精一杯の判断だった。
「――――しまった…………!!」
グロウの手を引き、中央管制室の外、空中に飛び出すエリー。アルスリアは、すぐさま遠くの物を動かすサイコキネシスで捕らえようとするが――――
「――――どおおおおおりゃああああああーーーッッッ!!」
「――――くっ……」
――今度はガイの背後から来た、イロハのハンマーから打ち放つ雷撃と、テイテツの
「――おしっ!! ずらかるぜ、おめえら!!」
状況を瞬時に判断し、ガイから皆に撤退指示。全員、外へ続く道へと飛び出していった。
「――――ならば…………!」
アルスリアは、片腕と軍服が焼け焦げて爛れながらも、懐から取り出したガラテア
「――――!? くあっ…………」
――そうなるかと思われたが、今度はグロウが空中で瞬時に、中庭に植えてある薔薇に練気を念じ、花弁の嵐をアルスリアごと浴びせた!! 転移玉も粉々に破壊された……全身に切り傷を負うアルスリア――――
「――ガンバは……あそこね!! さあ、行くわよ!!」
「――――ッ!! せめて、これだけは――――!!」
アルスリアは、同じく外へ飛び出し何やら、逃げゆくグロウの背中に念じた――――着地が不安定で、この妖女は脚を挫いたようだ。
――――遂に。遂にエリーとグロウはガイたちのもとへ戻った。ガイたちの強襲は成功したのだ。
――――アルスリアは、苦い顔をするどころか、また平生のアルカイックスマイルで微笑んでいた。だが断じて勝利の笑みなどではない。己の中の苦汁を味わっているのを隠していた。
「――あ、アルスリア中将閣下……追撃命令は――――」
「――――今、私に話しかけてはいけない――――殺すよ。」
「――――ひっ…………」
――――話しかけてきた名も無き下士官相手にすら、理性を保つのが精いっぱいなアルスリアは、苦き思いと激しき憎悪を胸に秘めつつ、逃げゆくガンバの車体を――――いずれ結ばれるはずの花婿をアルカイックスマイルで見送った――――
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