第132話 我が子たちを見遣る父親
――――処は離れて、ガラテア帝国本国のデスベルハイムにて……例の足元から当たる寒々しい照明の執務室にて、リオンハルトとアルスリア……さらにヴォルフガングとリオンハルトの副官であるライザも同席し、エリーとグロウが囚われていた研究所へのガイたちの電撃作戦の報告が行われていた。
「――以上が……小官が遭遇し、対処した研究所での奇襲作戦の報告になります……ヴォルフガング中将閣下。」
――相も変わらず、リオンハルトとアルスリアが同じ空間にいると、その場は剣呑な空気で張り詰めてしまうのだった。加えてヴォルフガングもいるのだから、なおタチが悪い。
「――ニルヴァ市国攻略戦では、実質アルスリア中将補佐……貴女が単騎で充分な戦果を挙げられたのにも関わらず部下をみすみす傷みつけた挙句、此度の生体研究所防衛戦では貴女がその場にいながらエリー=アナジストンとグロウ=アナジストン…………もとい。『養分の男』を奪還されるとは。これは貴女の落ち度もいいところですな、アルスリア中将補佐。」
――案の定、リオンハルトは同じ軍人とはいえ憎しみを募らせる対象であるアルスリアには刺すように厳しく糾弾した。
平生、アルカイックスマイルで飄々と過ごしているアルスリアだが、さすがに自分……『種子の女』にとって最も愛しい『養分の男』たるグロウが取り返されてしまった事実には…………表情は張り付いたようないつもの微笑みだが、内心の苦い想いが微妙な顔の筋肉の引き攣りや声の硬さなどに表れていた。
「――――確かに……あの奇襲に対して然したる対応が出来なかった私に責はあるだろう。だけど、考えてもみたまえ。私はあの生体研究所の構造や設備、人員についての情報が乏しかったし、他のもっと現場に慣れた将官クラスの者たちは皆、陽動によって誘き出されてしまっていたんだ。幾ら私が強いとはいえ、無理からぬ結果とは思えんかね?」
「――思いませんな。本国への帰還を遅らせてでも『養分の男』の近くにいたい、と私情を挟み駄々をこねたのは貴女だ。貴女が余計な行動を取らなければ、もっと相応しい人員を寄越せたものを。大いなる失態だ。」
「――まあ……そう目くじらを立てるなよ。確かに逃しはしたが、同時に我々が幻霧大陸へと至り、創世樹と果てなき約束の
「……ふん。言い訳を…………して、一応伺うがその成果とは?」
――――以前と同じく、2人の険悪なムードに……リオンハルトの副官であるライザですらも2人の顔色を頻りに交互に伺い、不安そうな表情を浮かべている。
「――――私の『種子の女』としての力で……グロウ=アナジストン……『養分の男』に、どんなに離れていても私が知覚できる種を蒔き、
アルスリアは、手元にエネルギーを集中すると、矢印のような
「――単なる発信器の類いではまた気付かれて破壊され、ロストする恐れがある。だがこれなら現在地捕捉を外されることは無い。何処へ向かっていようと、創世樹のキーである『養分の男』……ついでにその取り巻きであるエリー=アナジストン一行の動向が解るというものだ。逃がしはしたが、今後の事を考えれば……彼らを泳がせることで幻霧大陸での私たちの行動も取りやすい、むしろ怪我の功名だと思えないかい?」
「……はっ。全く減らず口を。そのような手があるのなら、怪我の功名の『怪我』など負わなくても泳がせることは可能ではないですか。貴女の作戦には無駄が多過ぎる――――」
「――もういい。もうよせ、リオンハルト准将にアルスリア中将補佐。情報は充分に確認した。同じ部隊同士。この前のような私闘には今後は厳罰を以て対処する。控えよ。」
「――はっ! ……申し訳ありません…………。」
「はあい。お父様。」
――ヴォルフガングの鶴の一声。リオンハルトは一瞬緊張して身を固め、ヴォルフガングの方へ向け頭を垂れた。アルスリアは相変わらず軽く手をひらひらと振って会釈する程度だ。
「…………2人共、今回の件をあまり気に病む必要はない。アルスリア中将補佐の言う通り、『養分の男』に
「はっ…………」
「そうだね。私情を挟むあまり柔軟に対応できなかったことは謝りまぁす。」
ヴォルフガングは平生の通り、重々しい憂鬱な表情のまま部下2人を窘めるが、至って寛大な計らいである。リオンハルトとアルスリアの胸中を看破していながら、敢えて追及を避ける。『こんなことは些事である』と言わんばかりに。
「――問題は、今後の作戦だ。それも、ガラテア帝国始まって以来の大規模な作戦になるだろう…………『養分の男』の動向も含め、上層部と綿密な作戦会議を行なう。ガラテア帝国を始め、この星の人類が変革するまでもはや日はそう長くないのだ。リオンハルト准将もアルスリア中将補佐も、作戦に向けて充分な準備と休養を取り給え。貴官らがいなくては、この大規模作戦も成功率に大きく左右されるだろう――――以上だ。ご苦労。下がってよろしい。」
「――はっ! 帝国に未来を…………」
「はいはあい。仰せのままに。」
リオンハルトは執務室を出た。慌てて副官のライザも後に続く。
「……アルスリア。」
「――何です、お父様?」
「……お前が今日まで私に協力し、帝国と……そして私自身の悲願へと帰依してくれているのはとても感謝している。『養分の男』……人間としての名をグロウ=アナジストンと言ったか。彼と『種子の女』として融合する運命なのは解るが…………それほど恋愛に似た情動を伴うものなのか…………?」
――アルスリアは胸元に手を当て、輝かんばかりの笑顔で答える。
「――ええ。とっても!! 巡り合う前からの運命をひしひしと感じます! 彼こそ私の
「……そうか。かつては私の伴侶……亡き妻の代わりをさせようと無理強いをしたものだが、お前は決して私に靡かなかったし、どんなに心を尽くしてもそのような美しい笑顔を向けてくれることも無かったが…………自らの使命として『養分の男』と結ばれることにそれほどの情動と歓喜を見出していたとはな……ふっ。養父として嬉しく思うよ……もちろん、『種子の女』として以外の軍人としての働きぶりにもな……」
「――当然ですとも。この肉体も、血も、心も…………創世樹のもとでダーリンと共にひとつに溶け合い、この星の創造主にほんのひと時とはいえなれるのですから! その時がとにかく楽しみで楽しみで…………」
「――はは。無邪気なものだな。だが、花婿への劣情と執着がゆえに戦場での判断に支障が生じるのもまた問題だ。そういう意味ではお前も人間と同じ。失敗もするのだし、あまりリオンハルトをからかってやらないでくれ…………」
「――――はい。お父様――――」
――グロウを想うとそれだけで夢見心地なアルスリアだが、最後のヴォルフガングの言及には若干の曇った笑顔で返した。
それが、アルスリアが密かに人間に抱く憎悪であると、ヴォルフガングは気付いているのだろうか――――
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