第111話 吹き溜まりの中で見た希望

「――――おい、あいつ……昨日の夜からあそこにいなかったか……?」





「――ああ? あの長髪の野郎か? 知らねえよ。どうでもいい…………ここで腐り果てておっ死ぬ奴らに、昼も夜も無え。」





「――それもそうか。ここは吹き溜まりみてえな街だもんな――――へへ。ポーカーはまた俺の勝ちだな。取り分を寄越せ。」





「ちっ……イカサマしてんじゃあねえだろうな? だったら全殺しだぜ畜生――――」







 ――――ニルヴァ市国での惨劇が起きてから、早くも1ヶ月近くが過ぎようとしていた。







 近寄りがたい雰囲気を醸し出し、場末のバーの隅で蹲り、旅の道具類と2本の刀を抱えた長髪の男――――そう。ガイ=アナジストンはこの吹き溜まりのスラム街の様相と心を同じにして、絶望と虚無の暗がりにその身を横たえてしまっていた。







 傍らにはアルコールの酒瓶が数本。ただでさえ清潔感のない長髪はよりボサボサに伸びて乱れ、顔中無精髭だらけである。






 何より……この薄っ暗がりの中ではまるで視認できない程に、ガイの双眸は暗く淀んでいた。いつからこのスラム街に辿り着いたのか。今は浮浪者も同然であった――――







「――――端末の発信器の信号パターンによると…………ここです。聞き込み調査の通りですね。入りましょう。」







「――――うはーっ……ウチも大概不潔万歳にしてるっスけど……ここはまた一段と生臭い、嫌~な臭いがプンプンっスね――――あそこにいるのがガイさんっスね! 無事……じゃあないみたいっスね…………」






 ――古ぼけて所々旋律がいかれてしまっているレコードの音色が殊更退廃的な雰囲気を醸し出すバーの中。合流したイロハとテイテツは、他の飲んだくれたちの攻撃的な視線を受けながらも、店の奥で座り込むガイに歩み寄った。







「…………っ」







 イロハとテイテツの声に、ガイも気付いたようだ。一瞬頭を持ち上げるが…………またすぐに頭を垂れてしまう。






「――――ガイさん!! 生きてて良かったっス…………でも――――何やってるんスか!! なんですぐウチらと合流して、エリーさんを助けに行かないんスか!! あんたの恋人でしょうが!?」






 イロハはガイの肩を掴んで揺らしながら呼びかける。







 だが……ガイは小さな声で呟くだけだった。







「――――うるせえ…………もう、知ったこっちゃねエんだよ…………」







「――何!?」







 ――あれほど愛していたはずのエリー。そしてグロウの危機だというのに、ガイはそう力なく呟いた。驚くイロハをよそに、手元の酒瓶をあおり、呑む。







 やや酒でしゃがれた声で続ける。







「――――まただ。またなんだよ……俺はまた、大事な人を…………兄弟同然の家族を守れなかったんだよ。確かに…………エリーのことを想えばこそ、あの時まで踏ん張って来れた。だがもういい加減疲れちまった。危険な力を持つエリーを世話すんのも……死んじまったグロウに瓜二つのもう1人のグロウを守るのも。また俺の力不足で。もう、どんなに必死こいてエリーとグロウの顔を思い出そうと踏ん張ってみても…………途端に苦い苦痛が全身を駆け巡って、俺の頭から2人は粉々に砕け散ってしまう。もう……いいんだ、俺ぁ。ほっといてくれ。」







 荒れ果てたガイが語る、自分の中で砕け散ってしまった希望。







 ガイはこれまで、本来の自分には無い力を、時に拗ねた態度を取りながらもエリーとグロウを想えばこそ振り絞って努めて生きてきた。やっとニルヴァ市国での修行の日々まで掴みかけていたエリーとの愛ある日々。それがすり抜けていった瞬間に、ガイは膝を屈して倒れてしまった。ずっと走り続けていたがゆえに、とうとうここで精も根も燃え尽きてしまったのだろうか。







「――ガイさん……何言ってんスか!! あんなに大事に想っていたエリーさんじゃあないっスか!! ここで絶望なんかしてる場合じゃあないっス!! 旅のリーダーが酒浸りでどうするんスか!!」







「――うるっせえ……何がリーダーだ。押し付けやがって。言っただろ。俺ぁもう疲れた。ほっといてくれ…………」






 顔を背け、また酒を呑むガイ。






「――ガイ。エリーとグロウは――――」






「――――テイテツさん。それを言う前に、ちょーっと待ってて欲しいっス。すぐ済むっスから――――」







 ――刹那。こわばった声と顔のイロハ。







 右手の拳をギリリ、と握り、左手でガイの胸倉を掴み――――







「――ガイさん。歳下の小娘が失礼するっス。許してっス、でも言わなきゃなんないっス――――この、馬鹿ッ!!」






「――ぐっ…………」







 ――――イロハは、ガイの頬を打ち据え、一喝した。途端に他の客が振り向くが、倒れ込むガイに続ける。







「――――エリーさんは、あんたの命そのものでしょ!! グロウくんもそうっス!! 例え打ちのめされても、2人を支えるあんたが一番に立ち上がらないで…………一体何が砕け散るっつーんスか!? 勝手に2人がいなくなったのを運命か何かと決めつけてんじゃあねえっスよ!! それに――――」






 ――怒りを以て叱咤する激情をそのままに、イロハはテイテツから端末を奪い取り、操作して画面を見せる。







「――――テイテツさんがガラテア軍の監視カメラにハッキングして解ったっス。エリーさんもグロウくんも、元気に生きてるッスよ!! 生きて、抵抗してウチらが……いいや!! ガイさんが迎えに来るのを待ってるんスよ!!」






 ――画面には、何処かの研究所と思しき空間が映し出されたカメラ映像。







 エリーもグロウも捕らわれて錠に繋がってはいるが、練気チャクラを臨戦態勢まで集中して軍人や研究員を寄せ付けないように抵抗し続けていた。近寄れば即座に練気を使って威嚇し、撃退している。








「――――ッ!!」








 ――ガイは目を見張った。







 2人はまだ生きている。生きてまだ抵抗を続けている。







 ガイが心に誓った『希望』はまだ潰えていない――――

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