第112話 再起

「――――エリー…………グロウ…………っ!!」





 目の前に映し出された、ガイの中核である生きる希望。その身を囚われつつもエリーとグロウの魂と尊厳を守る為の敢然たる抵抗。






 ガイはようやく目が覚めた。








「――――へんっ!! なーにが『疲れた』ッスか! その刀…………ウチが誂えた業物を、ただの希望を捨てた飲んだくれが後生大事に手入れして持ってるわけが無いっス!! 戯れに人を斬ってもいないし。何より……練気チャクラ発動サプリを飲んでないウチにもハッキリくっきり見えるっスよ。そんな飲んだくれでも常に練気のコントロールの修練を怠っていないエネルギーの揺らぎが! その分だと刀と肉体の鍛練もっスよね!? 助ける気満々なのに、あー! 馬鹿らしいっス!!」






「む……」






 ――イロハが看破した通り、ガイは一見希望を失い飲んだくれているが、少年の頃からの日課だった自己鍛錬、そしてニルヴァ市国で会得した練気のコントロールを怠ってはいなかった。スラム街で喧嘩を吹っ掛けられたことも多かったが、決して刀で人を殺さず、手入れを欠かしてはいなかった。








 本当に無意識的に希望を失っていたかは定かではないが、生活の一部にまで溶け込んだ自己鍛錬の日常。そして理不尽な敵への抵抗の精神。少なくともその心身の習慣をガイは忘れてはいなかったのだ。







「……むっ。ここだと騒ぎになりそうっスね。さっ! とっととエリーさんとグロウくんを助けに行くッスよ、ガイさん!!」






「――な、おっ……」







 ガイの手を引き、バーから去ろうとするイロハ。







 だが、この吹き溜まりの街の住人と見える連中が道を塞ぎ、こう告げる。







「――ちょーっと待ってくれや、娘っ子。そいつは俺らに貸しがあるんだぜぇ。ポーカーの負け分に酒代、それに食いもんも。そいつを耳を揃えて払ってもらわにゃあ――――ひひっ。そいつをズダボロに切り裂いてぶっ殺すしかねえんだよなああ……」







 ――ガイ以上に淀んだ瞳をしたゴロツキたち。手に手にナイフや銃を持っている。







「――ガイさん……やれやれ。あんなにシャンバリアの街で稼いであった金、もう使い切ったっつーんスか。どうやらあんたもウチからの小遣い制にする必要もあるかもッスねえ……しゃーない――――」






 イロハは頭に手を当て首を横に振りながらも、懐に手を入れた。







「――――荒くれの兄さんら。これで足りるっスよね?」







 言い終わると同時にイロハは――――その場で出せる限りの紙幣と小銭を宙にばら撒いた。






「――うおおっ……!?」





「金……カネだあああ…………!!」







 ――人心の荒廃した土地でゴロツキを煙に巻くにはこれが一番、とばかりにばら撒き、そのままガイの手を掴んで走り出した。テイテツも続く。







「――ウチのツケにしとくっスよ、ガイさん!! いつかきっちり払ってもらうっスからね!!」







「――イロハ……おめえ――――」






「ともかく場所を変えましょう。」








 ばら撒いた金に群がる輩を尻目に、イロハたちは慌ただしくバーを後にし、人の少ない荒野へと駆け出した――――







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 ――スラム街とはいえ、どこでガラテア軍の息がかかっているかわからない。一行の報復を恐れ、どこかで一行を指名手配しているやもしれない。







 ゆえに、イロハたちは取り敢えず人のいない街の外の荒野まで脱出した。






「――ふーっ。ここなら何話そうと問題ないっスよね。さあ、取り敢えず酒でぐらついたガイさんの為に、この気付け薬でも飲むッス。スッキリするはずっスよ!」






「……俺ぁ――――」






「――これ以上四の五の言ってると、気付け薬が熱湯になって第二弾の拳をお見舞いするっスよ~? さあ! これは金取らないっスから!!」






「…………」






 イロハから有無を言わさず気付け薬を渡され、仕方なく飲みだすガイ。







「――っ!! こりゃあ効くな……」







 一口飲んだだけでも効果てきめんのようだ。続けて気付け薬の入った缶の中身を飲み干した。







「――――ふぅーっ…………」






 ひと息、大きく息を吐く。






「――どうすか? 目エ覚めたっしょ?」





 イロハに声を掛けられ、ガイは両手で自らの顔を何度かはたいた。






「――――あア。ようやく目エ覚めたぜ。ずっと悪夢を堂々巡りしちまってた…………ありがとな、イロハ。テイテツ…………それで、ニルヴァ市国はあの後どうなったんだ……?」







 ――希望の全てを取り戻したわけではないが、ひとまず行動する為の目は醒めたガイ。すぐにいつもの調子を取り戻し、尋ねる。






「――――残念ながら、あの後あのままガラテア軍によって全滅しました。何とか逃げ延びた人たちもいるようですが……ほとんど殺されたか、労働力として攫われたようです。練気使いや冒険者の中には、そのまま戦力として接収された者もいるやも。」







「――――例の『治験』っつー名の人体実験と洗脳か。あの糞野郎どもめ…………エリーやグロウ同様、抵抗して生きていることを祈りたいぜ。」







 冷静に伝えるテイテツ。俄かにガイの中のガラテア軍への反逆心と憤怒も蘇ってきた。







「ところで、セリーナはどうなんだ? 見つかったか?」








 ガイが正気を取り戻したのを見て安心した反面か、今度はイロハの声と表情が曇る。






「…………それが……途中まで発信器に反応あったんスけどね…………途中で反応が途絶えたっス。セリーナさんの携帯端末に呼び掛けても反応なし。発信器と端末をロストしただけなのか、それとも敵に――――」







「――それを決めつけるのはまだ早え。だろ? 行方知れずなら仕方ねえ。先にエリーたちを助けに行くぜ!」







 ――セリーナのことも不安に思うが、1ヶ月前までの気力と覇気を取り戻したガイ。今度は自らエリーたちを救うと公言する。






「――にひひ。そうでなくっちゃあ!! 幸い、ウチの黒風もあるしガンバはテイテツさんが持ってたっス。すぐにガラテア軍の研究所に潜入するっス!!」






 『リーダー』が意気を取り戻し、途端にイロハも意気軒昂。目の前の現実に対処する覚悟を新たにした。







「――っと。済まねえ…………行先なんだが……どうしても立ち寄りたい場所があんだ。」







「――途中にっスか? ここって……」







 イロハが端末の地図画面を見て尋ねる。








「――――ガラテア軍の前に落とし前を付けてえ奴がいるんだよ。あいつは――――俺が叩き斬る――――」






 ――不殺を心がけるグロウがいないせいもあるかもしれない。ガイは脳裏にある人物への殺意を募らせた――――

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