第168話 感謝の気持ち

 ――――要塞都市・アストラガーロから飛び出した戦艦『フォルテ』は、ガラテア軍を振り切る為、全速前進で動力を働かせ、ブースター系統の出力を最大にして一気に戦場から抜け出した。




 今は、乗員、機体共に無理がない程度の速度で、海の上を飛行している。





 ――国主……否、戦艦を駆る『キャプテン』となったゴッシュは、見事アストラガーロにいた全ての人々を救出することに成功した。今はあちこちの船室で、慌ただしく炊き出しや怪我人の治療などが行なわれている。





「――なあ、ゴッシュさんよ……ガラテア軍を振り切ったのはいいが…………これからあんたら、どうするつもりなんだ…………?」





 ガイの問いに、ゴッシュは舵を自動操縦にしてから答える。





「――――近隣のギルド連盟の傘下の国へほとんど降ろしていく――――と行きたいところだが…………恐らくはガラテア軍がそれを許さないだろう。これだけ大きな戦艦だ。移動すれば確実に何らかの足がつく。傘下の国に民たちを降ろしても…………ガラテア軍が見せしめに侵略してしまうかもしれない…………。」





 ――ゴッシュは、しばし俯き、首を静かに横に振った。





「……ってことは、やっぱ…………」





「――ああ。そうだ。食料や燃料も限られている。私はこのまま幻霧大陸へ上陸し、そこを我々冒険者ギルドの精鋭たちの開拓者精神フロンティアスピリッツに賭けて新天地にしたい、と思うが、それもガラテア軍が狙っているはず。この戦艦に世界中何処にも逃げ場所は無いのかもしれん――――」





 そう言いよどみ、ゴッシュは後ろのグロウを見遣る。






「――――世界中、何処へ逃げても追われるんだよね。きっとそれは僕を狙って――――解ってるよ。このまま幻霧大陸へ行って安全に暮らす活動をしよう。これだけの人たちを見捨てるなんて出来ない。」





「――グロウ――――。」





 ――これはグロウの意志か、それとも例の『養分の男』としての本能か。グロウの表情は決意に満ち、どんな苦難を経ても目的を断行する。そう強い覚悟が感じられる。





「――――っそんなに行きたきゃ、勝手にしなさいよ、もう――――」





「――エリー。」






 ――エリーは、とうとうその覚悟を決めたグロウの強い声と顔つきを見て、とうとう投げやりな言葉だけ残して何処かへ足早に去ってしまった。





 ガイがすぐ後を追おうとするが――――





「――ガイ。大丈夫。後でちゃんと僕からお姉ちゃんと話、するよ。」





「――――グロウ…………。」





 ――ガイ自身も、とてもつらい。胸が張り裂けそうな想いだった。





 唯一の想い人であり、共に生きると決めたエリー。そのエリーが悲しんでいる、嘆いているのに、彼女の心はグロウの喪失への恐怖へと向いてしまっている。





 そんなエリーに対して、自分は伴侶として何もしてやれないのか。最大限傍にいるだけで、彼女の心を救うことは出来ないのか。





「――――そうか。頼んだぜ。グロウ…………姉貴分を励ましてやってくれ――――。」






 ――ガイは、そんな断腸の思いながら、アクションを起こすボールをグロウに委ねた。





 今はどんな恋人の言葉や抱擁より、弟分自らの言葉が必要だ。そうなることを、一行は皆理解していた。





「――――皆さん。ウチらもウチらで出来ることをやるっス。この戦艦のこともまだわかんないこと多いし…………一旦、各自自由行動ってことでどうっスか?」





「――そうだな…………私もあちこち見て廻ってくる――――」





「――私も……この戦艦が本当に幻霧大陸の始祖民族の文明で創られたものならば、しっかりと記録に残しておかねば――――」





 ――イロハの声掛けに、セリーナ、そしてテイテツと、各々艦内を自由に散策することにした――――






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 ――艦内でそれぞれがそれぞれの時を過ごす中。エリーは夕暮れの甲板で風に吹かれながら、ただ艦の行く先を見つめて黄昏ていた。





「――エリーお姉ちゃん。」






 ――――投げやりな言葉を残してブリッジから去ってしまったエリーを、グロウは追いかけて来た。





「……何よ、グロウ。あんた、もう決めたんでしょ…………。」






 ――背中を向けたまま、落ち込んだトーンで素っ気なく告げてしまうエリー。





 ここまでの冒険でも度々見せた通り、エリーは一見天性の楽天家や活気の持ち主のように見えるが、本当は真逆と言っていいほど孤独に弱く、優しく気弱な女性である。明るさや活発な精神は過酷な冒険を生き抜くために後天的に仕方なく身に付けたに過ぎない。





 そんなエリーも、ここまで『大切な仲間と今生の別れとなるかもしれない』という切迫した情況に立たされれば、本来の弱い自分が出てきてしまうのだった。





 ――グロウも、そんなエリーを理解していた。





「――――エリーお姉ちゃん。僕、エリーお姉ちゃんと旅してて楽しかったよ。」





「――――っ!!」





「――――一緒に冒険出来て、とっても嬉しかった。仲間に誘ってくれて……本当にありがとう。」





 ――グロウ側からは、もはや別れを悲しむ情はとうに無く、乗り越えた。明るく、力強いトーンでエリーに感謝の言葉を告げる。





「――グロウ――――ッ!!」






 ――もっと取り繕った言葉や、突き放すような言葉を掛けて来ると思っていたエリー。たちまち激情が湧き起こり、グロウに駆け寄って強く抱き締めた――――

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