第170話 最終闘争への妄執

 ――――一方、ガラテア軍の動きを見ると、高官たちは皇帝が座する巨大戦艦の大広間で基羅を張るように敬礼したまま静止し、皇帝に傾聴している。他の戦艦にいる兵たちも皆、オープンチャンネルの映像越しに敬礼し、同じく傾聴している。





「――――我らガラテア帝国第100代皇帝陛下……同時に、我がガラテア軍終身将軍・ジル=ラキスタン=ガラテア閣下より改めて御玉声を発せられる。総員、傾聴せよ。」





 ――これから演説が始まる。演説の進行はヴォルフガングが執り行っている。





 件の『皇帝陛下』は玉座からふらふらと立ち上がり……よろめきながら、演説の台に立つ。





 ――――皇帝、という称号を持ってはいるが…………その実像はよぼよぼに年老いた老人である。全身の至る所に点滴の管を通され、傍の従者が補助しなければ碌に歩けない。そしてあらゆる延命の為のサイボーグ化、若返り、外科手術なども経ているが…………それでもなお弱々しい老人のように見える。齢は一体何百歳だろう。





「――――我が崇高なるガラテアの兵士諸君よ。今日までの戦いぶり、真に大儀である。先月も我が愛しき孫・フェルネルはめきめきと力を付け、遂にはガラテア帝国のレジスタンス共を亡き者とし、まさに国を守護する鳳凰の如き煌めきを――――」





「――――陛下。失礼ながら、フェルネル様は玄孫でございます。それに、フェルネル閣下は463年前の大戦で名誉の戦死を遂げられております――――」





「――ええっ? ふう……むぅ…………?」





「――――動揺なさらず、幻霧大陸へ侵攻することのみ演説くださいませ。」





「――へええあっ? あ、そうか……そうかそうか――――」





 ――ヴォルフガングがポーカーフェイスのままフォローを入れる。






 そう。ガラテア帝国の頂点に君臨するはずの皇帝は、既にあまりの高齢で耄碌していた。とっくに加齢による呆が著しく進んでおり、もはや超大国を束ねるだけの力は実質、無いのだった。





 ただの国威発揚とずっと前時代、古い国民や高官にとっての超大国の偶像としての扱いでしかなかった。実質、軍を指揮し、政を治めているのはヴォルフガングぐらいであった。






 ただただ国の財と実りを食い潰し、贅を尽くしながら己の快と悦のみを求めて生き長らえるだけの堕落した老害――――そんな言葉さえ生温いと聴こえるほどに、皇帝や皇帝に傍仕え、利益のみを啜ろうという者たちは超大国・ガラテアの若き世代を苦しめているのだった。





「――――えー……そういうわけだから……あっ。我がガラテアの鳳凰の加護の下、新大陸で我らの新天地を拓き、さらなる繁栄の光を呼び込むのだっ!! ええ~……以上!!」





 ――当然、そんな廃人めいた老人に真っ当な演説は出来ない。皇帝はさっさと玉座に座り直し、それでもまるで一仕事を終えたように満足げに疲労の溜め息吐き、汗を流した。





「――――では、僭越ながら……私からも一席弁じさせて頂く。」





 ――今度はヴォルフガングが演説台に登壇した。





「――今日まで長きにわたり帝国の為に厳しい戦いを続けて来た貴官らに感謝する。我々ガラテアはさらに総人類を次なる進化へのステップへと進める為に……人類未踏の地――――正しくには始祖民族が渡来して以来、深い霧に覆われた神秘の土地に進出することを決定した。」





 ――やはり、皇帝よりは幾分かマシな演説が始まった。ここからが真の演説と言って差し支えないだろう。





「――幻霧大陸は謎の多い未開の地ながら、そこにこの星に生命をもたらした世界樹……『世界』を『創り』し『大樹』――――創世樹の存在が明らかとなった。創世樹には、これまで我々ガラテアが闘争と共に切り拓いてきたあらゆる土地。あらゆる財産。そしてあらゆる力をも軽々と凌ぐ、莫大なエネルギー源と、この星の生命全体にまつわる重要な情報が存在する。我々はそれらを勝ち取り、それらを元手にさらなる人民の進化と繁栄をこの星にもたらすのだ――」





 ――幻霧大陸に向かう意義を説くヴォルフガング。





「――時至らば、人類は生まれながらにして何の弱さも限界もその存在を許さない……あらゆる生命体の特長を寄り集め、それを創世樹の莫大なエネルギーを以て、何一つマイナスの存在しない+100にも+1000にもなり得る超生命体への進化を促すのだ。これこそが我らの使命であり義務であると肝に銘じよ。」





 ――ヴォルフガングは冷然と、しかしその演説をする挙動には確かな熱を持って説く。





「――真に遺憾なことに、今現在の人類は弱さと欠点に満ち満ちている。我々ガラテア帝国ですらも…………その肉体。その精神。その魂には脆弱なものが溢れ、貴官らの不断の努力と苛烈な闘争によって懸命に強さを追求しつつも、まだ弱い。それが現状である。獣には食われ、病には蝕まれ、海と山は越えられず、人と人はこす狡く騙し合い、憎しみ合う。これほどの今日までの努力と闘争を以てしても、人類は弱さに満ちているのだ――――」





 ――ここで、少し声のトーンを落として、どこか悲しげに、伏し目がちになる。





「――――悲しいとは思わんか。他のどの種よりも繁栄し、他のどの種よりもこの星に清濁併せあらゆる影響を与えて来た我ら人類が、愛する家族を病で喪い、浅ましき盗賊には財産を盗られ、大自然の脅威に無力感を苛まれ、そしてそれらに打ちのめされる自らの心の弱さすら受け入れられないでいる……そんな脆弱さを抱えたまま生き長らえれば、人類全体の死は必定のものと言わざるを得ない――――」





 ――すると、ヴォルフガングは目を強く見開き、より強く、熱く語った。





「――――だが!! そんな人間の抱える弱さ、その憂愁を超え、永訣する時が遂に来たのだ! 創世樹の力を余さず引き出し……我らがアルスリアと『養分の男』の融合を以て、かつてない最強の種へと作り変える術をとうとう見付けた。何故か? 我々の努力と闘争が報われる運命がようやく手元に来たからだ…………!!」





 ――そして、ヴォルフガングは全軍に敬礼した。





「――――時は今!! 貴官らの真なる努力と闘争を尽くす時は今なのだ!! このまたとない機会を手繰り寄せて来た、あらゆる犠牲の為にも……この戦い、即ち最終闘争は幕を開けたッ!! 全軍、人類の未来の為に――――真の幸福の為にこの闘争を最後に進化してもらいたい!! ガラテア帝国、万歳――――ッッッ!!」





 ――――ガラテア軍全軍から雄叫びが上がった。





「――帝国万歳!! 万歳!! 闘争!! 最終闘争!! 帝国万歳!! 万歳!! 闘争!! 最終闘争――――!!」





 ――――一切の弱さを克服する為に行なう、最終闘争。その激しい妄執と熱狂が、幻霧大陸へと向かう全戦艦に満ち満ちていた――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る