第171話 得難い『顧客』へ悔いのない仕事を
――――エリーがフォルテの整備室に行くと、イロハがまた何やら『黒風』をチューンしていた。
「――おっ、イロハちゃん、そのバイク……『黒風』だけど、あのレースでかなり壊れたと思ってたけど……まだ動くの?」
イロハはエリーを一瞥して、ニヤリと笑い、また『黒風』に向かう。
「――ういッス! もちろんっスよ!! 艦内に色んな設備や小道具もあって助かったっス。ウチがあのレースの後疲れてぶっ倒れて……んで起きてからガラテア軍が攻めて来るまでにすぐにアストラガーロで必要な燃料やら道具やらパーツやらも買い足しといて正解だったっス。ここの整備室の分と合わせてやれば……またあのレースに匹敵するバイクが作れそうっス!!」
「……へえーっ……あたし、あんまバイクはわかんないけど、あのレースで大活躍したフルチューンの『黒風』、カッコよかったわよ。」
イロハは、やや苦笑いをした。
「にははは……とは言うものの、あれは飽くまであのレースの為に魔改造した結果なんで、冒険の足として普段使いするにはオーバースペック過ぎて逆に使えないっスけどね……燃料めちゃくちゃ食うし。でも、この先の冒険でどんな過酷な状況が待ってるかわかんないっス。以前の『黒風』よりも、よりタフに、より安定して速く走れるように鍛え直してやるだけっス!!」
「へへ……頼りにしてるわ、イロハちゃん。」
「――――悔いの残らないようにしたいっスからね――――。」
「――えっ?」
軽くイロハに声を掛けたつもりだったが、何やら含みのある言葉を返され、驚くエリー。
「――――これから先……幻霧大陸では何が起こるか解ったもんじゃあないっス。ウチは親父と約束した通り……世界中を廻っていっちばん繁盛してる店を経営する商売人になるのが目標だし、当然そのつもりで出来ることはやリ尽くすつもりでいるっス――――ただ、ね……幻霧大陸の創世樹とやらで、マジで世界の生命の
「……イロハちゃん。」
――イロハとて、自分の人生が終わってしまうかもしれないことを計算に入れていないはずは無かった。もし今後の展開によっては全てが水泡に帰して生命も終わる。それを若干16歳の若者であるイロハは実に逞しく運命として受け止めていた。
「――実は、グロウくんとエリーさんをあの研究所から助け出して……この星の世界システムとやらを知った時点で、エリーさんたちとお別れして自分だけ少しでも行商人らしいことをしにどっか他所へ逃げようかと、何度も思ったッス。」
イロハは額の汗をひと拭いして続ける。
「――でも、んなことは考えるだけ無駄って解ったっス。世界が終わる時は終わる。志半ばで死ぬ時は死ぬ。例えウチのように元気と若さがモリモリの将来超有望ないたいけな美少女であろうと否応なくっス――――なら、何処かへ逃げることは意味ないどころか、自分のやったことに悔いが残るっス。」
「……悔い?」
――イロハは笑った。充実した笑顔をエリーに向けて来た。
「――――仲間……つーか、目の前の『顧客』との共同事業を放り出したまま逃げるなんざ、商売人として死んでも死にきれないっスからね。にひひひ!! それも、ウチが親父のもとを離れて最初の顧客を――――。」
「――イロハちゃん…………!」
――『顧客』などとビジネスライクな言葉で誤魔化しているが、イロハはイロハでエリーたちとの仲間としての関係性と仕事を全うするまでは、逃げる気にはならないらしい。思えば、イロハの親父もこういった湿っぽい会話の遣り取りは苦手そうだった。共に少女時代を生きて来た親であり、師匠から譲り受けた精神性だろうか。
「――ありがと。イロハちゃん。最後までよろしくね!」
「――にっはっはっはははは! 目の前のやることほっぽり出して半端をしたまま誰が死ぬもんスか!! そもそも、本当に人生の終わりが近付いてるのかもわかんないっスからね。さあ、ウチは湿っぽい話なんぞするくらいならドロドロにエッグイよいしょ本でバッドエンドのBL、GL読んでる方が百億倍マシッス。気が散るんでまた後でよろしくっス!! にひひひひ~。」
――そうして、イロハは『黒風』の改造に集中した。
エリーは、思いもかけず仲間からの誠意を受け取った。これ以上言葉は掛けなかったが、そのイロハの達観した精神性と誠意に心から感謝したのだった――――
――他の仲間はどうしているだろうか。エリーは、艦内の中心、動力部へと足を向けて歩き出した――――
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