第68話 コンビネーション

 ――――一行は、臨戦態勢に入っていた。






 高山の8合目辺りにある、ひらけた場所での食事と休憩をある程度取り、少しでも体力が回復していたのが幸いだった。






 それもそのはず。相対しているのは――――





「――ちっ! やっぱこの程度じゃあ……あんまダメージになんないか!!」





 ――――今、エリーが一瞬、『鬼』の力を70%開放した状態で鋭いワンツーパンチ、アッパーカット、回転蹴り、締めに身体を担いで激しく地面に叩き付けた。





 だが、敵は然したるダメージも無く、平然と起き上がって来る。





 獅子や蛇、山羊や怪鳥などが一緒くたに融合している巨大な合成獣。そう――――






「――敵、ドルムキマイラ3体。彼我戦力差、およそ1:2。あのセフィラの街に辿り着く前に遭遇した時より我々の戦力も強くなっていますが、倍以上は向こうが強い。勝率14%……いや12%。」






 ――一箇所に集まっていると、例えガラテア軍に見付からなくても、怪物の類いに狙われる恐れはある。






 あの以前の森の中で遭遇したドルムキマイラ。それも3体も相手にすることになってしまった。






 いざとなれば、グロウの謎の精神干渉の力で再び追い払うことも可能性としては存在するが…………いつも確実にそう発動するとは限らない。グロウ自身にも不可解な、どんな悪影響があるかもわからないブラックボックス。一行は極力そんな奇跡が起きることに期待しないようにしている。






 一行が初めてドルムキマイラと遭遇したあの時とは状況が違い、森の神と名乗るあの謎の怪物はいない。だが、エリーの強力な攻撃を受けてもほぼノーダメージの怪物が3体。戦力にイロハが加入し、一行も装備を新調し、少しは腕を上げたものだが、依然としてこれは圧倒的に不利な状況であった。






「――イロハ! あれはねえのか! その、あの軍人どもを追い払った……転移玉テレポボール! あれならこいつらも追い払えるだろ!!」





「無~理~っス~。あれ、作り出すのに軽く一ヶ月はかかる、それも超レアな素材集めてやっと出来上がる業物なんスよ――――うおっとおッ!! ――あの軍人さんたちに使ったのが最後の1個ッス……」





 会話の途中で1体、飛び掛かられそうになったが、間一髪避けるイロハ。単なる山登りの疲労とは別の、生命の危険から来る緊張感に汗が背中を伝う。





「――ふんっ!! ――ならばどうする。いっそのこと、全速力で山の頂上目掛けて逃げるか? だとしたら、誰が殿しんがりを務める!?」






 ――セリーナもまだ不慣れな空中走行盤エアリフボードで飛び回りながら大槍による刺突と斬撃…………だがやはりドルムキマイラの臓腑にまでは刃は達しないようだ。







「――確かにそれも作戦としては有効。以前と違うところは、こちらはまだ逃げ切れる可能性がまだあるところです。だが、それも確実とは…………逃走成功率、32%と試算。」






 ――テイテツも光線銃ブラスターガンを撃って威嚇射撃しつつ、パラライズモードも試してみる――――高出力で電圧を敵に当ててみるが、ほんの数秒程度意識を眩ませることが関の山のようだ。






「――くそっ! くそおっ……! どうすれば、あの時みたいな力が出せるんだ――――!!」





 皆が『奇跡』を期待しないまでも、グロウは必死に以前のドルムキマイラを退かせた時の感覚を思い出そうとする。だが、やはり上手くいかない。





 麻痺薬を塗った矢は巨体に既に何本も刺さっているが、硬く分厚い皮膚のほんの表層部程度にしか達していないようだ。これでは薬も、もちろんグロウの急成長と活性化の力、精神干渉の力も届かない。






「――ぬうッ……!! ――――っりゃあ!! ――だったら、試してみるしかねえ!! ――――セフィラの街に居た時にやってみた、俺たち全員の連携攻撃を!!」






 ――猛烈な力で押さえつけられかけたドルムキマイラのカギ爪を、ガイは無理な力が身体にかかる前に二刀で受け流し、1体の体勢を崩していなした。同時に――――連携攻撃を提案する。






「連携攻撃――――アレね!!」





「だが…………まだほんの付け焼き刃も良いところだぞ!?」





「――この状況では……そうも言っていられないようです。賭けてみる価値はあります。」





 セリーナが一瞬困惑するが、テイテツも『賭け』に賛同する。






「――例え、倒せなくってもいい!! 俺たちが逃げるだけの隙さえ作れりゃあ、充分だぜ!!」





 ――――一同は、一瞬全員の顔を睥睨し、同時に頷く。






「――いいわね。殿は……あたしがやる!! 行くわよ!! ――――100%、開放…………!!」






 エリーが号するなり、まずグロウを先頭に山の頂上方向へとイロハ、テイテツは駆け出し、テイテツは光線銃の出力を最大にした。





「パラライズモード……フルパワー――――。」





 最大出力の光線銃は激しい電圧で火花を散らし、ドルムキマイラたちを駆け巡る。





 俄かにドルムキマイラたちは、電圧に痺れ、獰猛ながらも悲鳴を上げて一旦動きを止める。その隙に、グロウとイロハの後に続くテイテツ。






「――――いくぜ、セリーナ!! 俺に合わせろッ!!」





「――――ああ! 知覚鋭敏化。神経伝達高速化――――!!」






 ガイは近きにいるドルムキマイラに駆け出し、セリーナは自己暗示で臨界まで力を引き出し、空中走行盤で限界の高さまで舞い上がる!!






「「――でえやあああああああああッッッ!!」」






 ガイとセリーナ。それぞれ手に持つ、二刀と大槍の刃を構え、ガイは瞬足で突進、セリーナは急降下――――同時に、ドルムキマイラの心臓を目掛けて、突き立てた――――!!






 2人分の、新調した武器による鋭い刃による強烈な刺突――――僅かだが、ドルムキマイラの胸部に風穴を開けた!!






「――今だ、エリーッッッ!!」





「――――たああああああああアアアアッッッ!!」






 ――次の瞬間。叫び、身を翻して避けるガイ、そしてセリーナが空いた空間に、猛烈な火力を伴いながらエリーが突進し、全力の力を込めた手刀を――――胸部の穴に突き刺した!!







「――――はああああああああッッッ!! 燃えろおおおおおおおおお――――ッ!!」







 ――――万物を灰燼と化すまで焼き尽くす、エリーの全力の炎。これまでの攻撃ではドルムキマイラを焼き殺すことが出来なかった。






 だが、風穴を開けられた箇所、体内から一気に全力で火炎を放てば、どうか――――






 ――――果たして、その推測通り。如何に強力な皮膚と筋肉に覆われているドルムキマイラであっても、傷口から深々と心の臓腑にまで達したエリーの手刀から『鬼』の火炎を放てば、ひとたまりもなかった。







 次の一瞬。ドルムキマイラは甲高い悲鳴を上げ、全身が赤黒い炎に包まれたと思うが早いか。黒い炭くずと化し、風に舞って黒い粉となって消え去った。骨も残らない。





「――や、やった――――っ!!」






 テイテツの光線銃・パラライズモードによる隙を作り、アタッカー3人による連携攻撃は見事成功だ。かつて手も足も出なかったドルムキマイラを屠るに至った。エリーはひと声歓声を上げる。






「――いや、まだだ!!」






 ――だが、不幸なことに、相手は今屠ったものを除いてももう2体いた。光線銃・パラライズモードの痺れからもすぐに回復し、なおも激昂し獰猛な雄叫びを上げて、先に逃げようとするテイテツ、グロウとイロハを追いかけてくる――――






「――やっば――――急いで、グロウくん!!」

「――く、くそおっ――――」






 全速力で逃げるテイテツ、イロハとグロウ。だが、残るドルムキマイラ2体の強力な脚力を以てすれば、追いつかれ、喰い殺されるのは火を見るよりも明らか――――






「――行かせるかッ!! はああああーッッッ!!」






 エリーが一瞬で先を走るドルムキマイラのうち1体に回り込み、全力で前足を掴み、止めようとする。





 如何に獰猛なドルムキマイラと言えど、100%、『鬼』の力を全力で開放したエリーに掴まれれば、激しく暴れながらも動きを封じるに至った。めきめきめき……と前足の骨が軋む音が聞こえてくる。






 だが――――嘲笑うかのように今度は残るもう1体が先に逃げる3人に飛び掛かろうとする。






「パラライズモード、照射。」






 テイテツが一瞬振り返り、再び電圧を当てる。






 だが、もはやほんの数秒、時間稼ぎをする程度――――






「――出力限界。これ以上の照射は不可能――――」






 光線銃のエネルギーも切れた。





「――ち、ちっくしょう――――」


「――間に合わない――――!?」






 ガイとセリーナも全力でドルムキマイラの後を追うが、とても間に合わない。






「――ぐっ、ぐぐぐッ…………くっそお――――!!」






 必死に前足を掴んで食い止めるエリーも、100%『鬼』の力を開放し続ければ理性がもたない。ライネスと戦った時同様、脳が激しく揺すられ、意識が焼き焦げるような感覚が駆け巡る。







 ――エリーの視界が一気に暗い闇に閉ざされて来た。






 ――――万事休すか――――?







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「――――リーっ……エリー…………エリーッ!! 起きろ! 目を開けろッ!!」







「――――はっ!?」






 ――ふと、我に返ると…………エリーはしかと掴んでいたはずのドルムキマイラの前足の感触が無い。






 それどころか、地に倒れ伏し、ガイに声を掛けられている――――






「――ガイ……――――ッ!? グロウたちは!?」






 ――驚き、飛び起きるエリー。






 グロウとイロハ、そしてテイテツが逃げた方向へと目を遣ると――――







「――――このようなニルヴァの御山おんやまにまで、怪物と戦い、道を求めに来る者がまだいるとは…………」






 ――何やら、法衣のようなものに身を纏った禿頭の男が、強力な力場からなる英気の『壁』を展開し、グロウたちを守っているように見えた――――練気チャクラ使いだ――――!!






「――我が光の法壁には、ケダモノの爪牙如き……こゆるぎもせぬ!! ――ヴィクター! 早く終わらせろ!!」





 ――禿頭の男がヴィクターと呼びかけた方を見ると――――何と、これも練気の力だろうか。もう1人の禿頭に法衣を纏う男――名をヴィクターは、両手から強力な青く、黒いエネルギーを放っていると同時に、『空間に穴が開いている』!! ――――まるでブラックホールを間近で見るようだ。






「――言われずとも、すぐにそっちも消し去ってやるとも!! はあああああ…………っ!!」






 ヴィクターが両手を交差させた刹那――――空間に開いた穴にドルムキマイラは悲鳴を上げながら――――吸い込まれ、消失した。どうやら見た目通り、ブラックホールに類する何かを操る能力のようだ。バチィッ、と空間が閉じて火花が散ると、ドルムキマイラの巨体は欠片も無い。





「――よし。次はそっちだ!! しっかり守っていろ、カシム!!」







 そう言うなり、ヴィクターは最後の1体のドルムキマイラへと駆け寄り――――精神を集中させると、またあのブラックホールが発生した。






「――那由多の先に消え去るがいい――――ふんッ!!」






 力場がドルムキマイラを捕らえると瞬きもせぬ間に、先ほどのものと同様に、ドルムキマイラは穴の中に消し去った…………。






「――何だってんだ、こいつらは…………? これも、練気の力なのか――――!?」







 想像を遙かに超える練気と思われる超能力で、エリーたちの窮地は脱することになった。






 求道者のようにも僧侶のようにも見える彼らは何者なのだろう――――







「――連絡は受けていたが、まさかドルムキマイラ3体に襲われているとは思わなかったぞ…………俺たちが来て命拾いをしたな――――テイテツ……いや、ヒッズ=アルムンドよ――――」






「――助かりました――――タイラー。迎えに来てくれたのですね。」






 ――肝を冷やした、と言った感じの緊張を味わった風情の男……タイラーは苦笑いを浮かべてテイテツに手を振った――――彼こそが、ニルヴァ市国にいるテイテツの学者仲間だ――――

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