第69話 償いきれぬ贖罪
――間一髪のところをヴィクターとカシムと名乗る
彼らを共に連れ、迎えに来てくれたのが……テイテツの古い友人である科学者・タイラーと名乗る男だった。
タイラーは、グロウとイロハのすぐ前の道、登り坂から慌ただしく降りてきて、グロウとイロハに握手。そしてテイテツにも改めて握手をした。
「――危ないところだったなあ、ヒッズ! お前が、もう1ヶ月以上前か? エンデュラ鉱山都市を脱した辺りから連絡を受けて、俺のレーダー類に反応があったから……そろそろ来るかと思って準備していたんだ。ヴィクターとカシムも連れて来て正解だったよ…………!」
「――タイラー。それに……ヴィクターさんとカシムさん、ですか? 危ういところを助かりました。深くお礼申し上げます。」
――禿頭で、法衣を纏っている僧侶のような姿のヴィクターとカシム。2人は自らの両の拳を胸元で突き合わせた状態で、黙って深々と頭を下げた。彼らなりの挨拶らしい。
タイラーも、エリーたちの顔をひとりひとり見遣る。
「――あんたたちが……ヒッズが補助する仲間たちか――――俺は、タイラー=アドヴェント。ヒッズ……今はテイテツ、か。テイテツのガラテアの研究者時代からの友人だ。」
――トレッキング用の装備と衣服を少し着崩して着るタイラー=アドヴェントと名乗る研究者は、あまり学者然としたものを感じさせない、良い意味で軽妙さを感じさせる男だった。
ガイが先に前へ出て彼と握手を交わす。
「――あんたがテイテツが言ってた『ニルヴァ市国にいる古い学者仲間』か。俺はガイ。ガイ=アナジストンだ。よろしく頼むぜ。」
快く握手を交わしながらも、ガイの名を聞いて、タイラーは若干の驚きと共に、深刻そうな顔をする。
「――アナジストン、か…………さっきのドルムキマイラへの素晴らしい連携攻撃を見ていたよ。あの赤黒い火炎。すると、そこのショッキングピンクの髪の人が――――」
タイラーは、沈痛な面持ちでエリーの顔を見遣る。
「――エリー。危ないトコだったが、意識は大丈夫か? また意識不明になったらたまったもんじゃあねえからな…………」
「……う、うん…………何とか大丈夫。」
――タイラーの、恐らく軽妙さを感じる本来の性格に反した、罪悪感に苦しむような、沈痛な眼差し。
エリーは彼の苦悩も察し、むしろ明るい声と表情で、彼と握手を交わした。
「――そう。あたしが、エリー=アナジストンよ。確かに、ガラテア軍の生物兵器研究で『鬼』と『人間』のミックスとして産み出された…………でも、どうかそんな顔はしないでちょうだい! テイテツから色々聞いてる。テイテツだけじゃあなくて、ガラテアの中にもあたしの存在で苦しんでいた研究者や軍人は多かったって、聞いてるから。」
――タイラーは、ゆっくりと首を横に振りながら答える。
「――謝ったところで、自ら首を括ったところで……あんたたちに償いが出来ようはずもないことは解り切っている。あの狂気の研究に携わっていた者全てが、抗いようも無い悪だ。だから――――俺はせめて、テイテツ同様……あんたらのような被害者に全力の支援をしたい。」
タイラーは、まだ会わせる顔もない、といった様子で顔を背け、実に苦々しい笑みを浮かべる。科学者として狂気的な研究に加担し、超大国の悪の一軍に逆らいきれなかった、自らの罪ゆえにだ。
「――そ、そーんな顔しないでって! ……確かに…………あんたらのこと、全部は許せないよ。でも……あたしはお陰でガイと一緒になれた! アナジストン孤児院に居れたからこそ、ガイやグロウ、テイテツにも会えた! これからのことは、これからのこと。タイラーさん。あんたも協力してくれるってんなら、喜んでお願いするわ!」
大袈裟に両手を振って、自分のルーツに関わる過去の因縁を一旦この場から離そうと笑うエリー。
「――俺は、許さねえ。許すつもりもねえからな。」
「――ちょっと、ガイ!!」
握手を交わしたばかりだが…………この場ではガイは、自らの魂の内にあるガラテアへの怨恨と憎悪を収めきれないでいた。エリーがガイに怒鳴るも、続ける。
「……俺は…………本来、ガラテアとは何の関係も無かった人間だ。生物兵器として産み出されたわけでも、改造されたわけでもねエ――――だが。ここにいるエリーは俺がガキの頃から死んでも守る……そう決めた女なんだ。そう決めて、この地獄みてえな世の中を一緒に、必死に生き抜いてきた。いくらあんたらガラテアに与していた奴らが謝ろうと……ああ、その通りだ。俺は許す気にはなれねエ。」
「――ガイ。」
今度は、エリーが沈痛な面持ちでガイを見る。
「――だが…………あんたらが協力するってんなら、望み通り最大限……力、貸してもらうぜ。そのつもりでいてくれ。俺からは愛想振りまく気もねエからな。」
――ガイ自身、あの幼少期の惨劇は忘れ難く、同時にあまり意識したくない出来事に変わりはなかった。タイラーを突き放し、背を向けてしまう。
「ガイ。いい加減に――――」
「いや。エリー。いいんだ…………全て彼の言う通りだ。俺の持てる知識や技術や力。全て使い潰す気でいてくれ。俺はそれで当然だと思う。構わないさ…………」
協力者に冷たい態度を取るガイを叱ろうとするエリーだが、今度はタイラーが逆に止める。どうやら、その贖罪の精神は嘘偽りないもののようだ。
「――せっかくこちらから協力をアテにしてきて、悪いが…………私も、貴方達ガラテアに与した人間を許す気にはなれない――――最大限、利用させてもらうぞ。」
「……あんたは?」
今度はセリーナがいつにも増して険しい顔でタイラーに自己紹介をする。
「私はセリーナ=エイブラム。今は冒険者としてエリーたちと行動を共にしているが……今やガラテアに支配されたグアテラの身の者だ。属国に堕されただけでなく……『強壮剤』という『治験』によって、グアテラ家の兄弟子たちも――――父上も皆、惨たらしく滅ぼされた。今は離れた地にいる恋人の為に強さを探求する旅をしていることが唯一の心の支えだ。悪いが……私からも友好的に振る舞うのは、とても無理だな。」
「――ちょっとちょっと……セリーナまで…………」
エリーが制止を促すが、セリーナはガイ同様窮めて冷たい態度だ。殺気すら伴った、刺すような視線を……タイラーに突き刺してしまう。
「――そうか。あの強壮剤の…………それも当然の感情だろう。あんたたちの責め苦は…………俺は甘んじて受けるよ。だがせめて、これからの支援だけはさせてくれ。」
「ふん……」
「ちっ……」
ガイもセリーナも、一口返すだけで顔を背けてしまった。
――本当は、2人共理解している。
タイラーやテイテツには、彼ら自身の逃れられない苦痛があったことを。自らの所業の罪悪に終生苦しむであろうことを。
それは本来、旅の指針として協力してくれる人間に取るような態度ではないことも、重々承知している。
――それでも、自らの処理し切れない、拭いきれない汚泥のような過去のトラウマからなる感情は、簡単には隠しきれない。
ガイやセリーナのような、普段から明るく振る舞うことが苦手な、生真面目な人間には尚更難しいことであった。
「――安心してくださいッス!! あんなつっけどんな態度取らずにウチは接するつもりっスよ!! ――――ウチはタタラ=イロハって言うモンっス! 遙か東の国・サカイから鍛冶錬金術師の技を世界に広めようと行商の旅に出てる人間っス!! 道中でエリーさんたちの仲間に加わったばっかっス。よろしく頼むッス~!!」
――一方、ガラテアと禍根は無く、また怨恨に囚われずビジネスライクに明るく振る舞うことを常とするイロハは、快い笑顔を向けてタイラーと両手で握手をした。
「――鍛冶錬金術師…………そうか。今だ世界には素晴らしい人の技があるんだろうな……よろしく! イロハ。」
ライトな感情を向けてくる屈託のない少女の笑みに、タイラーもまた笑顔で返した。因縁ばかりに囚われた者ばかりではない。その貴重な存在にタイラーは幾らか胸をなでおろす。
「――タイラー。ガラテアと禍根のあるエリーたちのこともそうですが…………最も先に調べるべきなのは……そこのグロウという少年です。」
「――――!! そうか……あの子が例の連絡にあった、謎の…………ナルスの街近くの遺跡から突然現れたという、異能の力を持つ少年か…………」
「…………」
――そう。本来の旅の目的は…………エリーやセリーナの償いようも無い禍根を清算する為ではない。
目の前に佇む、グロウが一体何者なのか。それを少しでも解明する為にここに来たのだ――――
――グロウは、己の存在意義そのものが事と次第によっては大きく立場を揺るがしかねない、そんな不安と恐怖しかない。
だが、それでもガラテア軍に目を付けられ、実験動物のような扱いを受けるよりは遙かにマシだ。
グロウは内心、そう言い聞かせて、タイラーに、憂いを含みながらも笑顔を向けた。
「――そう。僕がグロウ。グロウ=アナジストンって言います。あっ、グロウ=アナジストンの名前はお姉ちゃん…………エリーが、世の中を渡る為に付けてくれた仮の名前です。本当の名前は…………わかんないままです――――」
タイラーは、一度握手した少年に駆け寄り、その清らな顔立ちを見る。
「――己の存在の意味を知る為の旅か…………それは……下手をすればどんな立場の人間よりも不安極まりないだろう――――わかった。君の謎は、俺とヒッズ……テイテツが可能な限りガラテアより先に解き明かして見せる。安心してくれ。」
そう温かく声を掛け、改めてグロウと握手を交わした。
「――さて、タイラー。自己紹介が済んだところで、早く移動を。またドルムキマイラのような強力な獣に襲われるとも知れません。」
タイラーが頷く。
「そうだな。ニルヴァ市国はすぐ先だ。ついてきてくれ。ヴィクター。カシム。戻るまでこの人たちの護衛を頼む。」
「承知」
「仰せのままに」
(――この、ヴィクターやカシムとか言う男ら……見た目は僧侶みてえだが、
ガイは、内心この2人の練気の力に驚いているのだった。
(――もしもこれが鍛錬で辿り着ける境地だとしたら――――面白え。やっぱ、ここまで来た意味があるってもんだぜ――――)
ガイは、恐らくはセリーナやエリーも同様、求道者が立ち寄るというニルヴァ市国での修行に期待を募らせるのであった。
――そうして一行が先を急ぎ……ひとつ丘を越えると、ニルヴァ市国は、もう眼前に見えていた――――
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