第129話 幸せの為のあきらめ

「……ねえ…………もう、このまま逃げちゃわない…………?」




「……あん?」





 ――イロハがサービスしてくれたコテージの奥のベッドで、恋人2人は……普段はまず他人に見せないであろう艶やかで、湿っぽい……なおしどけない様相で横たわりながら身体を重ね、静かに語り合っていた。





「……なんつーか、さあ…………もう、この先幻霧大陸とか、人があんまいなさそうなトコ行くじゃん……? ガラテア軍と戦うこととか…………無理に私たちの子供を作ることとか……そういうのもう必死こいて頑張らなくてもさ……グロウがいる……メカニックのテイテツもいる。逞しいイロハも……まあ、一緒に住むとまでいかなくっても商売で協力してくれる。セリーナも、さ。あんだけ強くなって、ミラさんがセフィラの街で帰りを待ってくれてる。もうあたしら……幻霧大陸でドロンしちゃってさ。いい加減静かに暮らさない……? これ以上しんどいことと、無理に立ち向かわなくってもいいじゃん…………」





 ――汗にまみれて横たわるエリー。今まで口にしたことも無い様な……何とも諦観のようなものが含んだものを口にする。





「――おめえ……何言ってんだよ。今まで散々……俺たちの幸せの為に戦ってきたじゃあねえか…………ガラテアの鳥頭野郎共に二度と脅かされないようにぶっ飛ばして、安住の地を探して…………俺ら2人のガキ作ってよお……そうずっと昔に決めたじゃあねえか…………」




 ――ガイはエリーと身体を重ねながらも、突然心変わりのようなものを口にする恋人に不安を口にする。





「――うん……そりゃあそうよ。幸せを求めて、探して生きることには変わりない。でもさあ…………旅するうちに、状況変わってきてんじゃん…………グロウが来てくれて、テイテツとイロハ助けてくれて、時々セリーナが叱ってくれて。そーんでこれから行く土地は人類未踏の地とか言われてる…………それって、あたしら2人にとっては、もう充分過ぎるぐらいのパラダイスじゃあない? あたしら2人の為に、開拓し放題じゃん……」





 ――ガラテア軍に攫われ、苦境を強いられたことで心境が変わったのだろうか。自分たちの幸福の為の努力や格闘は『もう充分だろう』、そう気だるく低い声で呟くエリー。






「――確かにな…………先のことは誰にも解らねえ。人類未踏の地ともなりゃあ、俺たちが自由に暮らすだけの土地や資源もあるかもしれねえなあ…………けどよお――」





 ガイは視線を宙に向けた。俄かに、電源を切った照明と、窓辺に見える星空や、星空を反射させる湖の優しい輝きが見える。






「――――テイテツは、贖罪の心がどこかにあるから俺らについてくるだろう。セリーナはいずれミラさんトコへ帰る。イロハは年若いが……まあ、あんだけタフなら世界中駆けずり回って、たまに俺らに協力してくれんだろ。だが――――グロウはそれでいいのかよ…………?」






「――えっ?」





「……あいつは、正体がわかんねえことが多いとは言え、まだガキだ。それも、どんどんと成長して逞しく変わっていくガキだ。俺らがこうやってセックスして懐き合ってる間にも……どんどん精神的にも新しいことを理解して知って、変わっていきやがる。力も付けてきた。いずれ……あいつはあいつなりに自分の生きる道を見つけるだろう…………いくらあいつがかわいくて、昔のグロウ=アナジストンにそっくりだとしても…………もう、俺らのすぐ近くに無理矢理家族として縛り付けておく道理はねえんじゃあねえのか…………?」





「………………」






 ――グロウの将来。グロウ自身で選び取る未来。






 その至極当然のグロウ自身の権利やアイデンティティに対し、自分のエゴで傍にいつまでも置いておくことなど、本来罪ではないのか。






 エリーもそれは理解していたが…………近しい人にその現実を突き付けられる度に、寂寥感と哀惜の念で胸が痛むのだった。






「……それは…………そうだけど…………やっぱ無理かも。ますます一緒に居て、かわいいな、ずっとあの子のお姉ちゃんでいたいなって思っちゃうもん。もし離れて生きることになったら…………寂しさで夜中にウンウン悪夢で魘されるかも…………」






「――ははは。おめえは普段豪放に見えても、そういう寂しがりで甘ったれなトコは…………ガキん頃から本当に変わらねえなあ。」






 一笑したガイだが……すぐに手でエリーの顔を自分に向けさせ、目と目で見つめ合う。その眼差しは真剣だ。






「――だがよ。『安心しろ』とまでは言わねえ。言わねえけども、だ…………今言ったばっかだろ。先のことは誰にもわかんねえ。もしかしたらテイテツやイロハの協力で…………セックス以外に俺らの元気なガキを産む方法が見つかるかもしれねえ。ガラテア軍から行方をくらまして平穏に生きられるかもしれねえ。グロウだって、一度別れたからって今生の別れとは限らねえ。またきっと会えるかもしれねえ…………そうなりゃあ、成長して自立した弟を実家から離れて見守る姉夫婦と、なんも変わらねえ。この世の中に、そうやって暮らしながら心配して心配して…………でも幸せを願って背中を押してやる。そういう家族って、沢山いるだろ?」





「…………っ」





 ――ガイは、自分たちの将来。そして弟分の将来と自立に珍しく希望的観測を告げる。エリーも少しは得心がいったようだ…………。





「――大丈夫だ。あいつは賢い奴だよ。俺らよりずっとな。きっと自分の意志で選んだ道を確実に踏みしめて歩んでいくさ。もし離れていくなら、こまめに連絡を取ってやる。そして、何か進歩がある度にそれで充分なんじゃあねえか?」





 ――――ガイの温かな声に、エリーはふっ、と笑みを浮かべた。






「…………そうね。寂しいけど、それが家族ってもんかもね…………グロウの自立かあ…………きっと強い大人になるわね。強い男に……へへっ。どんな彼女連れて来るかな?」





「……バーカ。気が早えってんだよ。ははは……」






「はははっ…………もう外真っ暗ね。あとは寝るだけ、かな? 今後の進路、考えなくっちゃね……」





「そうだな……寝るだけだ。」






「――ふふっ…………じゃあ~……あと一回だけ、シてから寝よ? ガイってば、以前より断然タフガイになったしい~っ……♡」






「――おめっ……へっ。後悔すんなよ? 明日しんどくっても知らねえからな――――」






 ――そうして、今ひとたび、若き恋人同士は睦み合った。お互いの不安を幸福へとすり替えるように――――






 <<







「――ふうーっ……眠くなって来たわ……もう寝よっか…………」





「ああ……おやすみ、エリー。」





「うん……ガイ、おやすみ――――」







 エリーとガイはそのままベッドの中で心地よく眠りに就いた。






 ――――グロウの正体と創世樹を巡る世界システム、アルスリアから伝えられた世界の真実について告げられるのは、その翌朝のことだった――――

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