第130話 逃亡の方舟

「――――まさか…………ここまで大きな話だなんて…………」




「……こりゃあ…………俺らの安住の地とかパラダイスとか言ってる場合じゃあなくなったな……」





 ――グロウ、そしてテイテツとイロハの3人から、創世樹に関する世界の真実を聞かされ、愕然とするエリーとガイ。昨晩までおぼろげながら夢想していた、幻霧大陸に移り住んで静かに暮らす……という希望から遠ざかり、現実へ引き戻され、醒めたような気分になった。





「??? パラダイス? なんスか、それ?」





「いっいや、気にしないで。何でもないことだから……」





「――まあ、いいっス。エリーさんとガイさんのお2人さんがのんびりイチャコラしてる間に、テイテツさんと一緒にガラテア軍の軍事機密についてのデータを洗っていたっス。」





「――グロウがアルスリアから聞かされたという……この創世樹をキーにした『養分の男』と『種子の女』を二柱とする世界システムに関する情報は、実に97.8%が一致しています。まず間違いないでしょう。」






 ――機密情報には難解な語句や計算式、さらには暗号などが使われていたはずだが、さすがにテイテツとイロハ。朝から頭脳をフル回転させ、情報を解析していた。






「連中の狙いは、ただの幻霧大陸に新天地を求めるだけじゃあないっス。創世樹に宿るとされる莫大なエネルギーを資源として我が物とする他、どうやら創世樹が記憶しているこの星の生命体の情報を読み取って……全人類が何の障害もマイナス要因も無い新人類として進化させることにあるらしいっス。あらゆる生命体の持つ特長のプラスとなる部分をより集めて、全人類が+100にも+1000にもなる強大な力を生まれながらに持っているような人間を量産する――――科学者が玩具まがいに遺伝子情報を掛け合わせて産み出す合成獣キマイラとはわけが違う…………と同時に、かなりイカれた理念っスね。」





 イロハはガラテアの狙いを理解し、朝からその明晰な頭脳をフル回転したこと以上に、ガラテアの理念の異常さに頭痛と不快感を催した。





「――確かに、人為的とは言え、+1000もの能力を生まれながらに持っている人類とやらが誕生すれば、この混沌とした世界情勢も大きく変化するでしょう。ともすれば、ガラテアの理想通り……何の弱点も無い無敵の生命体へと――――ですがガラテアは、そこへ至るまでの犠牲者の屍の数と……流される血と涙を勘定に入れてはいない。『養分の男』と『種子の女』が創世樹内部で起こす突然変異インパクトで一気に……この世界の人間を含む生命体を作り変えてしまうわけです。それも、恐らくはガラテアの都合の良い命を選別して、他の『劣っている』と見られる命を刷新進化アップデートされた後には消し去ってしまうのでしょう――――人類史上空前絶後の選民思想と、大量虐殺と言っていいでしょう。」





 ――ガラテア帝国の目的を理解し、テイテツとイロハの口を通じて明らかになっていくこの世にあらん限りの暴虐。一行は戦慄した。





「――そんな…………じゃあ、グロウが幻霧大陸に行って……あのアルスリアと一緒になって……そしたら、世界中の人がどうにかなっちゃうってこと!?」





「――無茶苦茶だぜ。国家ぐるみの陰謀がこれたア、正気の沙汰とはとても思えねえな…………」





 ガイがそう呟くと同時に、エリーはグロウに駆け寄り、両肩を掴んで声を掛ける。






「――――グロウ! 逃げよう!! あんたの生命と力で…………そんな馬鹿げた計画に利用させちゃ、絶対駄目!!」





「………………」





 ――これほど多くの犠牲を払う所業を目の前にしてもなお、グロウの心は揺れていた。






「――――確かに…………ガラテア帝国が狙うようなことには、絶対なっちゃ駄目だと思う……」




「――でしょ!? だったら――――」





「――でも、あの人…………アルスリアと一緒になって、創世樹からこの星が刷新進化されることそのものはこの世界の仕組みだし、それが僕の使命だと思う…………」





「――!! グロウ…………あんた――――」





「落ち着け、エリー。世界中の人が犠牲になるかもしれねエ。その作戦の反吐が出るほどの異常性はグロウも解ってる。ってことは……グロウ。おめえなりに抗う術はあるってことだよな…………?」





 ――ガラテアの狙い通りに事が進むとしたら、どう考えても看過できない悪逆非道。なれば、グロウにも抵抗する方法はあるはず。






「――もしこのまま創世樹へ辿り着いて生命の刷新進化が起きるとしても…………そこには僕とアルスリアの意志が関わってくるはずなんだ。刷新進化自体が起こるとしても…………これまで通り、良い人も悪い人も共に生きる、平常通りの世界を維持できるかもしれない。」







 ――刷新進化自体は止められないが、そこでグロウが意志力を持って抵抗すれば、全人類がガラテアの都合の良い様に作り変えられることなく、これまでとそう変わらない世界を再創造出来るかもしれない。





 ――だが、エリーは――――





「……だからって…………その刷新進化とやらを終えたら……グロウはどうなっちゃうの!? 世界の為に人柱になれっての!? 何が『使命』よ!! そんなのあたしは――――とても受け入れられないわ!!」






 ――最もグロウへの愛着が強いエリーのこと。グロウを世界システムの贄として差し出すことなど、到底受け入れられるはずもなかった。思わず独り、背を向けて両肩を震わせる。





「――――グロウの言う通り、創世樹の世界システムに従い、グロウの意志に賭けるというのもひとつの手です――――そして、エリーが望むようにガラテアと、グロウ自身の『使命』から逃げ続けることもひとつの手として可能性はあります。」





「――えっ!?」




「――どういうこった、テイテツ。詳しく聴かせろ。」






 ――いつも理路整然と事実を告げるテイテツの口から、世界システムに逆らい、逃げ続ける手もあるという声。苦い顔をしていたエリーとガイは共に振り返って聞き入る。





「――――ここより北西。ガラテア帝国の支配領域から最も離れた地に、ギルド連盟の総本部となっている国があります。」





「……ギルド連盟、だあ? 確かに冒険者にとっちゃ頼れる組織だが…………ガラテアに対抗出来るほどの勢力じゃあねえぞ。身を隠しに行くのか?」





 ――テイテツは素早く端末のキーを弾き、情報源を確認する。





「――ええ。それに近い形です。これはグロウの抱える『使命』に従うにしろ逃げるにしろ、いずれにとっても有力です。それが――――」






 ――端末を裏返して全員に画面を見せる。





「――噂レベルですが、信憑性はなかなかに高い。この国が隠し持つとされる『旧人類の遺産』に頼るのです――――この『戦艦』が実在し、我々の手で動かせば、あるいは――――」






 ――端末の画面には多くの画像や流出したと見える情報が表示されていた。そしてその中にあったのが――――






「これが…………戦艦、だと――――!?」





「そうです。どれほどの推進力を持つかは定かではないですが…………ギルド連盟からこれを拝借し、自ら幻霧大陸に向かうか、あるいは世界中への逃亡の一助とするのです――――」





 ――はっきりとした姿は見えないが、巨大な戦艦のような機影が画像の一部に見えた――――

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