第72話 級友や如何に

「――よーし! 今日の朝のトレーニングも終わりーっと!!」





「もうか? そうだな……今日からこの国で本格的に修行を始めるんだもんな……修行がどれほどつらいかわからねえうちは朝稽古は控えめにしとくべきかもな。」





「なに、そうか? そんな悠長なことでどうする。私たちは何処でガラテア軍に捕まるかわからないんだぞ…………いつもよりキツい訓練ぐらい、耐える覚悟でないとどうする?」






 ――武闘派の3人がエリーの一言をきっかけに話し出す。早めに朝稽古を切り上げるエリーにガイは同調するが、徹底的に鍛えたいセリーナは厳しく2人を嗜める。





「おいおい。無茶言ってんじゃあねえよセリーナ……俺らにとっての朝稽古はウォーミングアップ程度。本当の修行はこれからもっと別な事をやるはずだぜ? 肝心の修行が、朝稽古でバテちまってついていけませんでした、じゃあそっちの方が損だろ。」






「ウォーミングアップ程度? 呆れたな…………私はいつも朝稽古の段階からさらに筋肉の強さや技のキレを伸ばすつもりでやってるぞ? そんな緩慢なペースで鍛錬などしていて、強くなれると思うのか?」






「マジか。道理で朝稽古の後はしばらく元気が無いと思ったぜ…………朝っぱらからオーバーワークだぜ、セリーナさんよ。んなことだから怪我のリスクも高まる。ミラさんに言われたこと、もう忘れちまったのか?」






「うっ……それを言われると…………ど、道場の荒稽古の時よりは遙かに楽だし、あの頃より心身共に強くなったと自負しているぞ。オーバーワークなんて、気のせいだ、気のせい! 武の道に生きる端くれなら、もっと志は高く持て、高く!!」






「だーから、それが無理し過ぎだっつってんだ、俺ぁ…………ほほーう。いいのか、セリーナさんよぉ。んな無茶していることぐれえ、端末から連絡してすぐにでもセフィラの街にいるミラさんの耳に入るぜ。」







「なっ……! くっ、卑怯な! だからって本当にいいのか!? 私たちは強くならなくっちゃあならない。強くなって損はないだろう! ここニルヴァ市国で修行の日々を送ると決めた以上……これまで以上の厳しい鍛錬を行なうと見て当然だろう。オーバーワークなんて言わずもがな。より険しい鍛錬に堪える覚悟が無くてどうする!」







「……おめえなあ~……頭硬えぜ。そもそも何を以て『強くなる』っつーんだ? 単なる筋肉と武道だけか? それじゃあ戦闘狂だった頃のおめえのリピートだろ……もっとこう、精神的な修練も兼ねてだな……」







「漫然とした鍛錬だけ続けて、何を言うかこの――――」






 ――セリーナの強さを求め、逸る気持ちを火種に、俄かに場に険悪な雰囲気が生じ始めたが――――






「――ところでさあ…………修行って、具体的に何すんの? あたしら、誰に教わりゃあいいわけ?」






「あん?」

「えっ……それは…………」







 ――エリーの何気ない疑問に、ガイとセリーナも意表を突かれた、とばかりに黙り込んでしまう。






 エリーが言った通り、ニルヴァ市国は『道』を求める者にとって修行の場にうってつけらしいが、具体的にどんな修行をすれば良いのか。修行をしてどんな強さを身に付けたいのか。







 3人とも全くアテもなく意識しないまま朝稽古に打ち込んでいたのだった。







 ――朝霧が立ち込める早朝のニルヴァ市国の広場。一行のモヤモヤした疑問を吹き飛ばさんとばかりに、ぴゅう、ぴゅうと情けのない音色の風が吹くのだった。







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「――おお、来たか、テイテツにグロウ。準備はいいか?」






 一方、タイラーの自宅兼研究所にやってきたテイテツとグロウ。あらゆる検査を行なうことを想定して、2人共旅装束にありったけの荷物も持って来ている。






「私の準備は万端です――グロウ。大丈夫ですか?」






 テイテツが端末を中心とした大荷物を抱えながらも、傍にいるグロウを見遣り、声を掛ける。






「――はい。タイラーさん、よろしくお願いします。」






 ――やや思い詰めた様子も見受けられるが、グロウは凛々しく、精悍な顔立ちで返事をした。覚悟は決まっている。







「――よし。じゃあ奥まで来てくれ……まずは身体を構成している成分から計測する。身長体重を測ったのち、スキャンで体内を診る。体液も何種類か採取させてもらうぞ。」






「――はい。」







 ――そうして、体細胞の形質から、グロウの身体をあらゆる側面からの検査が始まった。






 身長、体重など結果がすぐに解るものから測り、時間のかかる特殊な波動を照射するスキャンなどはなるべく後回しにした。






 グロウ=アナジストン(仮名)。身長155cm、体重42kg……。






 そうしてデータ化していくうちに、タイラーは傍らで共に作業しているテイテツを見て、笑みを浮かべた。






「……? タイラー、何か?」






 タイラーは、ふふ、と小さく笑い声を零しながらガラス越しのグロウに向き直る。






「いやなに……随分変わったもんだと思ってな。」




「……何がです?」






「テイテツ、お前だよ。お前は元々は直情径行ですぐに頭に血が上る人間だった。そう。ヒッズ=アルムンドだった時だ。だが…………お前は今となっては幸か不幸か断じるのは微妙なところだが、ルハイグによる改造手術により感情を失ったはず。それはお前がガラテアを離れ、在野に下ってすぐの頃に俺を頼って来た当初もすぐに解った。感情が機能していないことにな。だが…………」






「……だが?」







「確かに手術の影響で感情が機能しなくなったはずなのに、お前が仲間や、あの子……グロウに語り掛ける様子には情感が籠っているように見えてならないんだよ。もしや、人は脳を弄くられたぐらいじゃあ真にその感情を失わず…………その身の魂とでも言うべきものは、別にあるんじゃあないか? そういう仮説を立ててみたくなるんだよ。無性にな。」







「私が。感情を…………ふむ。現在の世界の科学的には、それはまだ実証不十分な仮説の域を出ないですね。非科学的と断じられるやも。」







「ははは。全くだな! 我ながら研究者らしくないとも思うぜ……それでもな……あのルハイグには、俺は何かある……或いは、何か『あった』という気がしてならないんだ。」







 突然の仮説じみた話から、かつての級友、ルハイグの話に及んだところで、タイラーは表情を曇らせた。







「――あいつとも学友、そしてガラテア軍の研究者として関わりを持って長かったが……あいつは自らの血族に『バグ』がいる身から、強く這い上がった。身体・知的・精神の障害を弱さと断じるガラテアの中に居てなお、だ。だが、それも何か抜き差しならない変化があったような気がしてならない。」








「……と、言いますと?」







「……上手く言えないし、これも俺の憶測の域を出ないんであまり口にしにくいんだが…………あいつには、単なる科学者としての狂気的な一面だけで済まない、何か大きな歪を抱えていたんじゃあないのか? ルハイグ自身は何の障害も無く、かつてのヒッズ=アルムンド、お前と肩を並べるほどに天才だったと評価はしている。直情径行で人当たりが強かったかつてのお前と違い、包容力と寛容さ、心胆を以てチームを指導していた姿は、むしろヒッズ=アルムンドより優秀だったとすら俺は思っている。そんなあいつが、感情に苦しんでいたとはいえお前にあんな手術をするなんて…………いや、それ以上にあいつは……あの男には何か、得体の知れないものに憑かれていたような気がして…………」






 そこまで言って、タイラーは額に手を当てて首を横に振り、考えを振り払おうとする。







「――いや、よそう。きっと彼もガラテアの非人道的なやり方に心を痛めていたに違いない。きっとそれが彼の中で得体の知れない歪を生んでいるに過ぎないんだろう…………」







「――タイラー。」








 テイテツはタイラーの方を向き直り、語り掛ける。







「――彼は、ルハイグは歪を抱えながらもガラテアが誇る天才でした。その身を常に逆境に投じながらも決して諦めない不屈の心で、彼なりの志を持って事に当たって来た。ガラテアに今も与している以上、彼には不幸な最期が待っているかもしれない。彼は恐らくその人生の生き方においてメリットとデメリットは常に50:50の中にいると思います。何も解らない以上、彼の人生がメリットの方へ傾いてくれることを祈るばかりではありませんか。」






「…………?」







 ――タイラーが、何か違和感を覚えた。






「――――テイテツ……いや…………ヒッズ。もしかして、お前は――――」







「――タイラーさん! テイテツ! 次は何を検査するんですか?」






 ――と、タイラーは何か思い当たりかけた瞬間、ガラス越しのスピーカーからグロウに呼びかけられた。






「――あ……? ああ。次は各種体液を採取して検査する。グロウ。君は針を刺されるのはつらいか? チクッと痛む程度なんだが……」






「それぐらいなら、大丈夫です。前に転んで木の棘が腕に刺さって痛かったこともあったけど、そんなに恐くなかったし……血を少し取るぐらいなら、平気だよ。何かあっても僕の力ですぐ治せるし……」







「それなら良かった。出来れば血液だけでなく、幅広く体液を調べようと思う。血液だけでなく、唾液や汗、涙、尿……遺伝的なことも正確に解るかもしれないから、精液も取っておきたい。男だけだし、それも平気か?」







「――? 別に、平気だと思うけど…………遺伝的なことかあ……僕のお父さんやお母さん…………ご先祖様のこととか解るのかなあ…………」






「すまない。なるべく心身共に苦痛の少ないようにするから、少しばかり我慢してくれ。」






「うん」






「まずは尿からですね。タイラー。貴方は注射器の扱いは?」







「充分だと思うぜ。町医者代わりに近所の人を診てるからな」







「では、血液の採取はお任せします。」






「ああ…………」






 フットワークの軽いテイテツはすぐに検査室のグロウのもとへ行き、トイレへと誘導していく。







(――ヒッズ。お前もしかして本当は――――)







 ――タイラーの中で、密かにテイテツへのある疑念が芽生え始めていた――――

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