第78話 バルザック=クレイドの場合
「――――こいつは…………なんて言うか、見た目通りすげえパワーあんだけど…………なんつーか妙に陰気で暗い奴だよな。」
目亘改子のそのまた隣のメンテナンスルームで眠る、バルザック=クレイドを視て研究員は言う。
身長2m、体重110kgを優に超える巨躯の男。実際、エリーたちとの戦いにおいては巨木を体当たりでぶち折りながら突き進み、ガイに一撃で致命傷を負わせるほどの恐ろしいパワーの持ち主だ。
「なんで時々急激に鬱状態に陥るのかいまいちよくわかんねえけど…………見た目通り筋肉馬鹿で頭悪そうだよな」
「レポートを読めーい。レポートを。こいつは本当は…………ガラテアの名門校をトップレベルで卒業出来るだけの頭脳がある。」
「――えっ!? は!? こいつそうなの!?」
驚く研究員。俄かに、何人かの他の研究員も苦い顔を浮かべる。
「――そう。下手したら、俺らよりよっぽど優秀な研究者……いや、研究者の道に進まなかったとしてもかなりの知識人になれたかもしれん奴だ…………」
「…………鬱思考に陥りやすいのは、改造手術の影響…………と言い切りたいとこだが、どうもこいつが被験体になるまでの道のりを調べると、もっと根深いものがあるそうだぜ。それに、頭が良い奴ほど生きづらさを抱えて鬱などの精神疾患になりやすい傾向にあるって言うしな。」
「……マジか~……下手したらこいつと肩を並べて研究を共にしてたのかもしれねえのかよ…………複雑だぜ。ええと、レポートは――――」
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――――バルザック=クレイド。本名・マックス=ダーヴィト=ヴィツォレク。ガラテア帝国のやや北方に位置する領地の工業地帯で彼は生を受けた。
幼い時から頭脳明晰であり、恵まれた体格であり学業優秀。見た目の迫力に反し文学を愛し詩歌を嗜む繊細な少年であった。生家もなかなかの資産家であり、経済的に困窮することも無かった。
だが――――彼にとっての最大の不幸は、外敵などではなく、家族関係だった。
先に生まれた兄と姉は見目麗しい美貌の人であり、家族や親戚から大いに寵愛された。望むものは何でも買い与えられ、恵まれた環境を周囲が進んで作り出していった。
だが、マックス少年にはそれが無かった。頭脳も身体も全て兄弟よりも優れているのに、家族から何ら愛情を受けず冷遇された。
マックス少年が美しい兄弟に比べて醜かったから、と断じてしまえばそれで通ってしまうものだが、コミュニケーションの点においてもマックスは苦しんだ。
それは頭が悪かったわけではない。
むしろ、彼がずば抜けて知能が高かったがゆえに、家族と合わなかったのだ。
一説によると人間は、I,Qがほんの20以上違うと会話などにおいてコミュニケーションが成立しない、意思がしっかりと伝わらないと言う。
幼いながらにして容姿では兄弟に比べられて醜く、本来は賢い頭脳を持っているのに、一見すると陽気で明朗快活としている兄や姉にばかり家族から愛情を取られてしまった。
マックスは最初は学業やスポーツで見返してやろうと躍起になったが、思春期を迎える頃には兄弟ばかりもてはやし、自分を愛してくれない冷遇に耐えきれなくなり、その心はふさぎ込んでしまった。
自分が嗜む文学や詩歌は何よりの心の拠り所であったが、繊細で芸術的な世界に生きようとする彼を理解する家族はおらず、ますます彼は遠ざけられた。
彼はそれでも己の心を蝕む陰鬱さと戦い、研鑽を積み、15の時にはガラテアの名門大学院を卒業するレベルにまで学力を修めていた。真に非凡なる智と才だ。
『力』を崇拝するガラテア帝国。実力さえ付ければきっと支援する者は現れるだろうと、彼なりに努力を重ねた。
だが、15歳のある日――――ついに一家は離散した。
子供たちの幸福を省みない大人たちは夜毎パーティなど催して遊興に耽り、親からそうやって他人も兄弟も蔑むことが当然のように育てられたかの美貌の兄弟たちは、皆非行に走った。
それぞれがバラバラの方向に、己の欲にばかりかまけて生きようとする家族は、いずれ経済的にも家族としての機能としても破滅するのは火を見るよりも明らかだったのだ。
――自分なりに必死に生きていたはずなのに、結果は無情極まりない。かつてのマックス少年は家族の愛も受けず、経済的な後ろ盾も失って途方に暮れ、やがて絶望した。
いつ、首を括ろうか。
どうやって高所から飛び降りてやろうか。
そんな自死への煩悶に苦しみつつも、自ら命を絶つ決心もつかぬほどに、彼は死に怯えていた。
――――そんな折…………街の掲示板にある張り紙が目に入った。
『――我が崇高なるガラテア帝国をより高みに押し上げるべく改造兵を研究中である。祖国の為にその身を捧げ……あらゆる改造手術と科学的治験による被験体となり、軍属として強力な者になりたいという勇敢なる市民を募集中。連絡はガラテア帝国・リオンハルト=ヴァン=ゴエティアまで。連絡先は――――』
――――若干15歳にして大学院レベルの学を身に付けていたマックス。『改造手術』と『治験』が如何に自分の生命と精神の危険を伴うものかなど、一般市民より遙かに確かな認識を持っていた。
だが、もはや己の人生に絶望し切っていた彼もやはり――――冴えないまま人生の幕を引くぐらいなら、いっそ全く違う人生を歩んで死んでやる。そう自棄にならざるを得なかった――――
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――そして、改造兵として苦しい治験や実験にも遭ったが、もとより人生に絶望し、その心を虚に支配されていたマックスには、むしろ大抵の肉体的苦痛などまるで問題ではなかった。己の身体への害や苦痛など、もはや興味がなかったのだ。
ほんの少しだけ、自分のこの精神の鬱状態を改善出来ないものかと希望も持っていたが、今のところ改善には至らない。
むしろ、戦闘に快楽を見出し、軍の予想以上の戦果を挙げる彼には無用のもの、と大して問題にされなかった。軍もやはり、彼の精神の……人間的な平穏を案じる者など数少ないものだったのだ。
――こうして、マックス・ダーヴィト・ヴィツォレク…………その名を改め、バルザック=クレイドはその秘めたる知能から曹長としてライネスたち4人の隊長を任されることとなった。己の精神の平穏は未だ見えず、下手をしたら自分を卑下するあまり妄想に囚われ、心を壊したまま死を迎える恐怖がつきまとっているのだが…………不思議と今の他3人。ライネス=ドラグノン、目亘改子、メラン=マリギナと行動を共にしていると、妙にウマが合った。
同じ改造兵同士のシンパシーもあるのかもしれないが…………それはかつて望んでも得られなかった家族の、兄弟のコミュニケーションというものの擬似的なものを、ほんの仮初めでも得られることの安らぎがあるのかもしれない。
――その為には共に戦場で残虐極まりない殺戮にも喜んで殉じる。それに悦びを感じるように自分の精神の一部は作られたのだ。
かくして、バルザック=クレイドは、絶望と鬱が隣り合わせにありながら、新たな人生と力、仲間を与えてくれたガラテア帝国に内心敬意を持つに至った。
今だ、人生に、将来に希望は無い。恐らく数限りなく殺戮行為を繰り返す自分のような人間に救いなどあるはずもないと悟っているのだろう。
どうせ救われぬのならば、己の悦びを充たす殺戮行為に浸り切ったまま、せめて精神的な、特に自己否定という最も自分にとって恐ろしい猛毒を味わうことなく苛烈に、激しく死んでいきたい。彼はそう願うようになった――――
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「――――うへえ……家族からの冷遇か……こいつの半生もぞっとするな……」
「……正直なところ……誰がどうまかり間違って『こう』なったとしても、おかしくは無いと思う。そういう意味では……この身を人生への絶望感からとはいえ、研究に差し出したこいつみたいな奴に感謝するべきなのかもしれないな…………」
「ああ……もし、そんな絶望感と鬱状態に囚われたまま生命を賭けた殺し合いを延々とさせられる人生…………もしメンテナンスルームで眠るのがこいつらじゃあなく、俺だったら、と思うと恐ろしい…………」
「ある種の人柱だな。だがお陰でガラテアはさらに先に進む――――さて、こいつはどうだったか…………」
メンテナンスルームの一番端で眠る、メラン=マリギナの近くにも研究員は歩を進めた――――
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