第206話 ヒトを辞めた者の肉体

 ――――無数に発生した氷塊の礫。避ける間もなくヴォルフガングを狙ったが――――





「――むっ、ふっ、ぬんっ、シュッ――――」





 ――これにもヴォルフガングはきわめて冷静に対処した。






 避けられる氷塊は最小限の動きで避け、避け切れないものは手刀や蹴りで叩き落とした。






 これも練気チャクラの修行とサイボーグ化、さらに格闘技を幾つも会得することで出来るものなのだろうか。ヴォルフガングはほとんどスピードを落とすことなく、依然として創世樹を目指し走る。






「――零距離ならばどうだッ!!」






 ――ヴォルフガングを倒す執念に燃えるリオンハルトは、右手で何本もの槍のような氷塊を生成しつつ…………左手の袖口から素早くワイヤーを放った――――!!






「――ぬっ……!」





 ――これも避けるかと思われたが、存外に複雑な軌道を描いて飛んだワイヤーの鋼線。ヴォルフガングの胴体に巻き付き、捕縛した。同時に、ワイヤーを伸ばした先へツマミを操作し、一瞬にしてリオンハルトは間合いを詰めた。槍型の氷塊を振りかぶる――――





「――死ねぃッ!!」





 ――氷の槍がヴォルフガングを貫くと思われた刹那――――






「――ぐっ!!」






 ――一瞬光が走り、鈍い金属音のような音と衝撃と共にリオンハルトとヴォルフガングは両者仰け反った。リオンハルトは衝撃に詰まった声を漏らす。






「――あの野郎の練気は…………岩、か――――!?」






 走りながらもやや遠い場所からリオンハルトとヴォルフガングの一合を見ていたガイ。ヴォルフガングが立ち昇らせる練気からは、鉱物を含んだ硬く重い岩のような頑強な物質を生成していた。リオンハルトが突き刺そうとした氷の槍は、盾に使われた岩により砕かれている。






 ヴォルフガングは相対したリオンハルトに何か声を掛けるどころか、一瞥もせず、またも変わらず走り始めた。とことん相手にするのは最小限に留める気らしい。






 ――一瞬、逆上し、創面を怒りに崩しかけるリオンハルトだったが、何とか自分の中から離れかける冷静さを手繰り寄せ、再び練気を練った。






「――――ならばこれでどうだ!!」






 ――リオンハルトは、右手に一気に練気のエネルギーを溜め――――その場で地に強く拳を振り下ろした!!






 打ち据えた地から巨大な氷塊の突起が発生した直後……冷気が凄まじい速さで地を走り、遂にはヴォルフガングに達した!! 足元から冷気が一瞬で立ち昇り、下半身が凍り付く――――




「――――ッ!」





「――今だッ!! 誰かとどめを――――ッ!!」





 下半身を氷漬けにされ、走れなくなったヴォルフガングはさすがに驚いたような顔をした。





「――言われなくってもやってやんぜ!! 合わせろ、セリーナ!!」





「応ッ!!」




「俺も忘れんなぁっ!!」





 ――身動きが取れないヴォルフガングを見てすぐにガイ、続いてセリーナ、ライネスと連携攻撃を放つ!!





 ガイが練気を念じ、自在活殺剣でヴォルフガングを両断し、セリーナ自身は不安定ながら敵の上半身も下半身も超速の槍で突き崩し、とどめにライネスは飛び跳ね、『鬼』の練気を模倣コピーした火炎混じりの強烈なソバットを何撃もヴォルフガングの顔面に見舞った――――





 ――――氷漬けになったヴォルフガングの下半身は割れ砕け、上半身も無数の刺突を喰らい、顔からは焼け焦げた煙を悪臭と共に噴き上げ、遂に倒れた。






「――やったぜ!! ざまあねえな!!」





 勝利を確信し、思わずそう叫ぶガイだったが…………。






「!! ――――いやまだだ、離れろッ!!」






 ――突如、ヴォルフガングの下半身まで通じていた氷が融けかけ、そこから強烈な電磁圧が通った。慌てて飛び退くリオンハルト。






 そして――――





「――切断面から、繊維が!? ――や、野郎……ルハイグ以上かよ――――!!」






 ――何と、ヴォルフガングは切断されて落ちた上半身から急速に機械の配線のような繊維が伸び……下半身と繋ぐならまだしも、そのまま失った下半身を新たに作り出してしまった。





「――生憎だが……その程度のダメージで私を殺すことは敵わん。伊達や酔狂で……自らの身体をヒトならざるものにして何百年も生きて来たわけではない――――」





 ――ヴォルフガングはライネスの火炎ソバットで溶けた顔面の皮膚からも、金属質の顔を一瞬覗かせ、そのまま一瞬で皮膚も再生してしまった。軍服にもその再生機構を用いているのか、上半身から軍服が繊維を伸ばし、元通りの格好になってしまった。





「――ちゅ、中将閣下の野郎……それでも人間って言うつもりかよ!? ほとんど化けモンじゃあねえかっ…………!!」





 ライネスが狼狽える。自分の理解を遙かに超えたヒトならざるものと化しているヴォルフガングの身体を見て戦慄する。





「――それに、見給え。私を追うので気付かなかったようだが……もう目標地点に達したのだ――――我々の勝ちだよ。」






 ――ヴォルフガングを必死で追いかけているうちに、とうとうガイ一行は創世樹の、光を放つ入り口まで到達した――――

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