第81話 気の流れ
――――処は戻って、ヴィクターとカシムの導きにより修行を始めようとするエリー、ガイ、セリーナ。
一行は何やら、大きな木の下に連れていかれた。
「――いいか。まず、
エリーたちが頷く。この辺りはライネスたちに聞いた話にもあった。
「練気はそのままだと宙に蒸気のように散って大半は消えてしまう。だからまずは……脳から発するエネルギーの流れを意識し、イメージして感じ取るのだ。恐らくそこは簡単に3人とも出来るだろう。やってみろ。」
「よっし!」
「脳からのエネルギー、ね……」
「イメージか……集中。ふうううう…………」
3人が精神を集中し始める。
ヴィクターは続ける。
「いきなりその目にハッキリ見えるようにならなくてもいい。むしろ目を閉じろ。己自身の身体をエネルギーが巡っている様子をイメージ…………そうそう。深く呼吸をするとやりやすいはずだ。」
3人は瞼を閉じ、その場で自然体に立ち、深呼吸を繰り返しながら……エネルギーの流れを意識した。
――すると、俄かにエリーから例の赤黒い練気が立ち昇った。
やはり何度も言われていた通り。エリーは既に練気を肉体に留める感覚を会得しているも同然だった。
今度はカシムが続ける。
「――ガイとセリーナはそのまま集中。エリー。君はその練気の開放度をパーセンテージで区切っているそうだね。」
「――うん……」
「そのエネルギーをよりコントロールするには、より繊細にエネルギーの流れを意識すればいい。1%単位で区切れるなら、さらに0.1%。さらに0.01%…………より細かく。より柔軟に。エネルギーを血液に例えられるなら、そのエネルギーの粒子、ひと粒ひと粒まで細かくイメージするんだ。」
「――ひと粒まで…………」
そうアドバイスされたエリー。より繊細に。より柔軟に…………自分の練気の流れを細分化してイメージしてみた。
「――――これは……驚いたな…………もうここまでエネルギーを制御出来るとは。はは。修行者の立つ瀬も無い。」
カシムは思わず苦笑した。長年の修行者も顔負けな早さで、エリーは練気の流れを制御しつつあった。
「――むう…………で、でも……これでかなーり力抑えてる感じよ? 15%……いや、14.53%ぐらい……?」
「パーセンテージで区切るのも悪くは無いが、人間の、自然物のエネルギーとはもっと繊細で柔軟なものさ。出来れば数字ではなく、もっと感覚的に捉えてごらん。」
「――すううううう…………」
エリーが深呼吸し、さらに集中する。
見る間に、エリーの練気はこれまでにないほどくっきりと、緩やかなエネルギーの流れを描き出した。画素の荒い画像の解像度が大きく上がったような感じだ。
「いいぞ。とても柔軟な気の流れになってきている。その流れの繊細さを意識したまま…………練気の出力そのものを上げてごらん。」
「――う、う~ん…………やってみたいけど、ちょっと恐いな~……また意識失って暴走状態になったりしないかしら…………」
「危なくなったら止める術はある。そのまま蛇口を捻って水を多く出すようにイメージして。」
「出力を……上げる――――」
エリーは今度は、気の細やかさを保ったまま力の開放度を上げてみた――――
「――うわッ!?」
――だが、上手くいかなかった。蛇口を強く捻り過ぎた。練気は燃え上がるように激しく立ち昇り、一気に90%以上には高まってしまった。気の流れも荒々しい――――
「ど、どど、どうしよう!? どうすれば――――」
「――――喝ッ!!」
――エリーが制御を失いかけた瞬間、すかさずカシムが指先に自分の練気を集中させた状態で、エリーの額の中心を突いた。
「――あっ…………?」
――忽ち、練気は通常時の開放度まで弱まった。
「――エリー! 大丈夫か!?」
「エリー!?」
隣で精神を集中していたガイとセリーナも、急激なエリーの練気の乱れに驚き、思わず目を開けて歩み寄る。
「――練気のエネルギーの源は脳の、ちょうど額のド真ん中だ。そこへ他人が練気の流れを阻害する、という意思を持って自らの練気でショックを加えれば、忽ち練気は開放前まで弱まる――――これから練気使いに敵対した時に試してみ給え。一瞬とはいえ無力化出来るからね。」
「……おお~……」
「そんな奥の手があったのか……」
ガイとセリーナは、暴走状態になりかけたエリーすらも一瞬で鎮めた『練気ショックによる当身』を見て感嘆する。地味だが、これも会得すれば存外に役立ちそうである。
「――――ほれ! 2人とも自分の修行に集中せい! ……これは、どうやらエリーとは分けて修行した方が良さそうだな……」
エリーに何かあると、特にガイは集中を切らしてしまう。ヴィクターに諫められ、渋々ながらガイとセリーナは場所を変えてヴィクターに教わることにした。
「――エリー、初めてでそこまで出来るなら、上出来、上出来。しばらくは今のように……練気を少しの開放度で細かくひと粒まで制御しながら、徐々に力の開放度を上げていく訓練だ。反復練習がものを言う。それが出来れば、例えば150%まで力の開放度を上げても平常心を保ってすらいられるはずだ。練気の流れが乱れたら今のように当身でリセットするからね。焦らずじっくりやっていこう。」
「――ふう~っ…………うっす!」
エリーはひと息つきつつも、カシムからの言葉で成長への青写真を描き、ワクワクした様子で快い返事をした。
――少し離れた別の木の下で、ガイとセリーナは再び瞼を閉じて深呼吸し、自らの脳からの練気の流れをイメージした。さながら禅僧の精神統一を思わせる。
「ふうううう……」
「すうううう……」
「――おっ……」
ヴィクターが驚きの声をひと声。
やはり、エリーほどではないにせよ、練気を使う素養は充分なガイとセリーナ。セリーナ、次いでガイと、徐々に練気の青白いエネルギーの流れを立ち昇らせ始めた。
静かな声で、2人にヴィクターは話しかける。
「――いいぞ、2人共。良い調子でエネルギーの流れを掴みつつある。そういえば、ガイは
「言葉か……」
「応……」
2人は、練気のエネルギーの流れをしかとイメージしたまま、ガイは回復法術の時に唱える祝詞を。セリーナは額に手を当てて感覚鋭敏化の言葉を唱えてみた。
「――我は癒し手。傷付き倒れし聖徒は此処に……かく此処に。主の御命において、我らが兄弟の傷を癒し、立ち直らせ給え…………」
「――知覚、神経伝達速度鋭敏化……筋肉繊維のリミッター解除。脳内麻薬分泌促進…………」
――単なる思考によるイメージ力でなく、第六感的な、感覚的な力も応用して、2人は精神集中を促す――――
「――むっ」
すると、ぼうっ、という発火音にも似た音と風を放ち、2人からより強く練気が立ち昇った。ヴィクターは予想以上の呑み込みの早さにまたも感嘆する。
「――良いぞ2人共。練気が増幅され、全身に纏えている。しばらくその状態を維持してみろ。」
「――ふーっ……ふーっ……」
「――はーっ……はーっ……」
ガイとセリーナは呼吸をしながら、練気を強く纏えた状態をキープしようとさらに精神を集中させる。
が――――
「――ぷはっ!! はあーっ……はあーっ…………」
「――ぜっ……ぜっ…………想像以上に……疲れる……な…………」
――練気は脳の活動が源。そして人間は脳の活動に日常において多大なカロリーを費やしている。単なる肉体訓練よりよほど疲れるのだ。忽ち汗を滝のように流し、息が上がる。
「――まあ、こんなもんだろう。エリーほどじゃあないが、2人共最初からここまで出来るとは正直思わなんだ。疲れたら栄養と水分を補給して、無理が無い程度に反復練習だ。ある程度練気の流れをコントロールし、自然体で出せるようになれば肉体もまた若さを保ち、剛健な肉体を作ることが出来る。 そうなれば……具体的に練気でどんな強さを得るべきか明確になるだろう! 焦らず、何度でもやれ。」
「――うっす!」
「――応……!!」
――――そうして、3人の練気を習得するための修行の日々が始まった。
当分は、練気のエネルギーのコントロールに腐心しそうだ――――
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