第4話 『男』として、決断

「――――俺はぜってぇ、反対だ」


 少年を取り敢えず適当な毛布にくるませ、少し距離を取った所でガイはエリーに対して険しい顔をして冷徹に言い放った。


「何でよ!! こんな荒野のド真ん中に男の子を置き去りにしてけっての!? 普通、助けて保護するでしょ!?」


「……普通・・のガキならな」


 声を荒らげて必死に主張するエリーに、ガイは毅然と突っぱねる。


「だが、あのガキ……普通・・のガキに、自分の身体を治したり死んだ花を完全に生き返らせることなんか出来るものかよ。何かとんでもない厄介事を抱えてるに決まってる」


「……回復法術ヒーリングが使える奴なんて今どきいっぱいいるじゃん! あの子も使えるんだよきっと! それとも、私と同じ――――」


「あの少年が先ほど見せた治癒・蘇生能力は『全く未知の物理現象』です。訓練によって会得する回復法術ヒーリングとも、エリーの『超再生』とも全く異なります」


 宙を舞う蝶と戯れている少年を距離を置きながら端末で分析していたテイテツが、視線を合わせることなく静かに口を開く。


「あの少年を連れて行くことによるデメリットは大きい。まだ解明されていない能力によって、予期せぬ災害を被る可能性もありますし……その珍しい能力を人前で見せると、悪意ある人間に襲われる恐れもあります。……あの少年の外見年齢ならば、奴隷商人などに目を付けられる可能性もあります」


 テイテツは理路整然と、ある意味ガイ以上に冷徹にリスクを告げる。


「だとよ。残念だが無理なもんは無理だ。食料と身を守れる武器ぐらいは渡してやってもいいかもな」


 ガイは両手を広げて言い放つ。


「……でも!! 人の生命には代えられないでしょ!?」


「……ふう……」


 ガイは、どこか瞑目でもするように目をつぶり、眉根を寄せる。


「……おめえのその気持ちは……困っている誰かを助けたいってモノとは別モンだろうが……」


 ガイはエリーに詰め寄り、細く鋭い眼を開き低く圧のある声で言い聞かせる。


「……『あの時、あの日々』」


「……!」


「それを、あのガキを迎え入れれば取り戻せる。そんな甘ェ願望と幻想にしばし浸れる……グロウと一緒だった、あの日々に!」


「……うう……」


「そんなまやかしを求めている。それだけだろうが…………!」


「…………」


 ガイの眼光は一際鋭く、エリーを窘めるどころか、咎めているかのようである。


「――ですが、メリットもまた大きいです」


 テイテツが無感情に、さっきの続きを言った。


「テイテツ! でしょ! でしょ!?」

「テイテツ! あんたまで甘やかすんじゃあねえ!」


「あの少年の治癒能力……不明な点が圧倒的に多いですが、旅の仲間として連れていれば万が一重傷を負ってもすぐに治癒出来るという強力な戦力になります。味方を治すだけでなく、これから行く先々で他人を治癒すれば、存外に旅そのものがしやすくなります。富豪でも治療すれば報酬も入手出来るやも」


「テイテツ……あんたまで情にほだされてんのか?」


「私はただ事実と可能性を述べるのみですので。無論、先ほどのデメリットへの配慮や覚悟をした上での話です。決定権は……リーダーであるガイ、貴方にあります」


「……清濁併せ呑め、ってか。テイテツ。あんたから『覚悟』なんて言葉を聴くとはな……」


 ガイは鋭い眼をテイテツにも向ける。だが、メリットとデメリットの両方を事実として突きつけられ、ガイは内心揺らいでいた。


 何よりも、エリーだけではなく、彼自身の心のくさびを創るに至った感情は、三人とも共通しているものがあったのだ。


「……あーっ! もう! ガイ! この薄情者、分からず屋!! あの子はあたしが面倒見るから! 危険からも守ってみせる……! 今回ばかりは……例えガイでも従えない……認めないなら!」


 エリーはガイの胸ぐらを両手で強く掴んだ。怪力で襟袖のボタンが、彼女の意志に降伏するように弾け飛んだ。


「――力づくでも、連れて行く。」


 俄に、エリーの目にうっすらと先ほどの遺跡を脱出する時に見せた赤い光が灯る。続けて、両手のグラブ越しに高熱が出始めた。ガイのシャツの襟が、じわり、と焼け焦げて来ている。


「――『今回ばかり』? 『いつも』の間違いだろ? おめえはそうやって、自分の願望を充たすためなら力を振るう……暴力という最悪の力をな――――だから、俺はおめえを信頼しきれねえってんだよ…………」


 剣呑な雰囲気が辺りを包む。その殺気にも似た空気を感じ取ったのか、いつの間にか件の少年はこちらを向き、じーっと様子を窺っている。


 睨み合う二人。


 だが、目で語り合う二人の双眸は……殺気よりも人としての情の方が強かった。


 エリーとガイ。二人と『グロウ』を巡る過去は――――深い愛と悲しみに根ざしていたからだ。懇願するエリーの目には幻想だけではない、確かな意志がある。対するガイには……エリーを咎めるどころか、どこか赦しを請うような眼差しも混ざっていた。


「……ちっ!」


 ガイはエリーの手を振り払い、自棄気味に答えた。


「……勝手にしやがれ。俺はそいつの面倒は見ねえからな。面倒見んのは、俺にとっちゃおめえ一人で充分過ぎらあ……」


「……へへっ!」


 エリーは一瞬呆気に取られたが、すぐに平生見せる快活な笑顔を見せた。


「……ありがと! ガイ。……ねえ、そこのあんた! こっち来てよ?」


 エリーは少年を両手を大きく振って手招きした。


「……?」


 少年は怪訝そうな顔をしながらも、素直にエリーたちに近付いて来た。


 エリーは身を少し屈めて、少年と同じ視点で優しく語りかける。


「いーい? ここは荒野のド真ん中。アブなーいモンスターも居れば、コワーイ人たちだって潜んでるの。このままここにいると、あんたスッゴク危ないのよ。良かったら……あたしたちと一緒に旅、しない?」


「……た、び?」


「そう! 危ないことは沢山あるけど、とっても楽しい旅! 野を越え山を越え、世界中の知らない場所を見て回って……んで、最後は安心出来る場所を見つけてみんなで幸せに暮らすの! そして、危ないことからはあたしが……ううん。きっとあたしたちみんなが守ってあげる! ……どう?」


「…………」


 少年はしばし黙考した。


 否、考えているというよりは……エリーを観て何かを読み取っているようにも見える……。


 やがて、少年は首を縦に振った。


「……うん。わかった。お姉ちゃんたちに、着いていく……」


 エリーは嬉しくて嬉しくて、ガッツポーズを取る。


「よっしゃーっ! ホントに? ホントに!? ありがとー!」


 続けて、エリーは一歩引いて自分を指差す。


「あたしの名前は、エリー! エリー=アナジストンよ! ほら、二人共挨拶ぐらいして!」


 エリーに促され、テイテツが歩み寄り名乗る。


「私の名はテイテツ=アルムンド。この旅の情報処理を担当しております」


 特に感慨も感情の浮き沈みも無く、テイテツはいつも通り抑揚の無い声で挨拶を済ませた。


「……ほーらー! ガイー! あんたも挨拶ぐらいしなさいよ。いつまでも拗ねたフリしてんじゃあないっての!」


「……けっ」


 ガイはしばらく背を向けて腕組みをしていてクローズな態度だったが、何とか重い口を開いた。


「……ガイ=アナジストン。それが俺の名前だ」


「よーし! ……私たちの名前は以上ね。あんたの名前は……?」


「……な、まえ…………?」


 その問いに、少年はまごついた。胸に手を当て考えるが、何も浮かんでこない様子だった。


「……わかんない……知らない」


 エリーは思わぬ反応に目をぱちくりさせて驚く。


「じ、自分の名前分からないって……もしかして、さっき遺跡を出た時、頭打ったぁ!?」


「ふーむ……」


 テイテツが名前の知らぬ少年の顔を覗き込み、目付きを見た後、脈拍や体温などを計測してみた。


「……どうやら記憶障害の類いではないようです。本当にこの少年は『自分の名前を知らない』ようです。誰からも名付けられてはいない」


「……ふーん……名無し、ねえ……生まれて間もなく身売りに遭った子供とかは、確かに名前を付けられないこともあるかもね……何があったかわかんないけど、かわいそうに…………」


 だが、少年を案ずる言葉とは裏腹に、エリーの表情は何故か嬉しそうな面持ちだった。


「……あの、さ。もし良かったら、でいいんだけど……あんたの名前……『グロウ』って……呼んでいいかな? 気に入らなけりゃ、自分好みの名前が思い付くまで仮の名前ってことで……ど、どう……?」


「グロウ」


 少年はまた沈思黙考した。だが、それは黙考というより、エリーの顔を観て何かを読み取り、察しているかのような不思議な顔色である。


「……うん。わかった。今から僕の名前は『グロウ』。そう名乗ることにするよ。よろしく、お姉ちゃん! お兄ちゃん!」


「はいはいーっ! ヨロシクー!」

「宜しくお願いします」

「……ちっ…………」


 命名が終わった所でガイは一際苦みを帯びた舌打ちをした後、エリーたちに向き直る。


「……まずはこの遺跡の情報を聞いた……ナルスの町に戻るぞ。遺跡で手に入れたお宝と採掘した鉱石の鑑定と売却……あと……グロウ、の旅装束でも見繕ってやんねえとな」


「ガイ……りょうかーい!」

「了解です」


 エリーとテイテツが了解し、後をグロウと名付けられた少年が続く。


「何よ、ガイ! 『俺は面倒見ねえ』……とか言いながら優しいじゃん、あの子に!」


「……ほっとけ。野垂れ死にされるのも後味が悪いからな」


「……いつも、ガイは優しいね……それでこそ、あたしのダーリンだ〜……惚れ直しちった♡」


 エリーは瞳を潤ませ、恋人でもあるガイの腕に抱きつく。


「よ、よせよ……こんなもんは……俺が決めたんじゃあねえ……おめえが、そう、おめえが無茶ばっか言うから……強引に従わされてんじゃあねえかよ……恋人同士より、暴君と従僕に近いんじゃあねえのか……? はは」


「またまた、照れちゃって! ほら、早く『ガンバ』に乗って! ガイに運転してもらわなくっちゃ!」


 エリーはそう言い、旅の共である愛車・ガンバに走り寄った。


「…………」


 エリーの背中を見て、ガイは一人、葛藤した。


 それは、彼が彼女に振り回される度に、幾度も繰り返している自分自身の弱さと優しさへの葛藤だった。


(……どこまで甘ェんだ、俺はよ……こんな弱さを抱えたままじゃあ……あいつの傍にいてやれねえんだよ…………それでも、あいつが喜ぶ顔を見るためなら、何だって許そうとしちまう…………くそっ。いつか、どでかいツケを払う日が来るかもな……この旅のリーダーとして……いや――――男として…………)


 ガイは奥歯をギュッと噛み締めつつ、ガンバのもとへ歩を進めた。

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