第5話 ナルスの街

 旅の愛車『ガンバ』へ新たな仲間を乗せたエリーたちは、崩れ去る前に遺跡から採取したありったけの資源や財宝を貨物スペースに収納し、この遺跡の噂を聞いた街……ナルスの街へと引き返すべく再び荒野を軽快に駆けていた。


「ねえ、お姉ちゃん」


「ん? なーに、グロウ?」


「この、走る鉄の塊は何?」


「これ? 車って言うのよ、クルマ。整備と燃料、バッテリーを欠かさなければ、何日だって走ってくれる優れモノよ!」


「車……生き物?」


「うん? うーん……生き物ではないんだけれど……いや、でも機械って言っちゃうのもなんか違うなー……それなりに愛着あるし……」


「キカイ? ってなーに? あと、セイビにネンリョウにバッテリーって?」


「えっ……う、ううーん」


 何も知らぬ無垢なグロウは話が進むほど沢山の問いかけ。エリーは説明するのに頭を抱えた。


「……何の教育もされずにみなしごになった子って、みんなこんな感じだっけ……?」


「……何やってんだおめえは。おめえがガキの頃と大して変わんねえじゃあねえか。こんなもんだろ」


「……そっか……ねえ、テイテツ――」


「逃げんな。世話をするっつったからにはおめえが教育しろ」


「う、うう……」


 エリーが苦い顔をしていると、テイテツの席からブ厚い本が何冊も降ってきた。


「わっと……これは?」


「テイテツ、また甘やかす気か?」


「いいえ。良い機会です。エリーも含めて学を付けましょう――百科事典とガラテア小等部クラスの教科書です」


「なるほどな。責任持って勉強しやがれ。おめえも孤児院時代からろくに勉強してねえしな」


「うううう。二人とも鬼! 悪魔! ケチ!!」


「……何とでもほざけ。エリー『お姉ちゃん』よ?」


「ねぇねぇ、オニってなーに?」


 ――こうして、旅の道中で暇があれば、エリーはグロウと共に勉強する習慣を義務付けられるのであった。


 ナルスの街が近くになってきた辺りまで、エリーは必死に百科事典と教科書を片手にグロウに現時点での疑問に答えていた。


「……というわけで、今のこの世界ではガラテア帝国っていう無茶苦茶強くて恐い軍隊持ってる国がほとんど世界を支配してんの。あいつら、見かける度に派手に威張り散らしてさ! ムカつくどころの話じゃあないっての!」


「へー」


「ええと、さっき話したこの車も、何を隠そうガラテア帝国の軍隊からかっぱ――いやいや、ありがたく頂いた物よ……これは教育、お勉強っと……」


「ふーん。人って、種類だけじゃなくて、それぞれに名前を付けるんだよね。記号みたいな感じ?」


「うーん。記号って言うと何か冷たい感じがして嫌なんだけど……まあ、実際呼び分けるためにはそうよね……あー、疲れた! 毎日のトレーニングより遥かに疲れるわー……ねえ、ガイー……」


「だ! め! だ!! 冒険者だからって責任逃れしてちゃただのならず者と変わんねえ。冒険者である前に一人の人間ってんなら、まず自分が背負った責任を全うしやがれ」


「ぶー……わーかったわよお……ちぇっ、ちぇっ」


(……責任、な。お互いに、な)


 エリーを突き放しつつも、ガイの背中にも『我慢』の文字が柱のように浮き出て、その背筋を張らせているようだった。


「じゃあ……この車に、名前ってあるの?」


「ん? 車に? もっちろん! あるあるー!」


「車、って一言で呼べるのに? 記号が必要なの?」


「ふっふっふー。名前ってのは実は大事なのよ。単なる記号ってだけじゃあなくて……名前を付けた人と、付けられたモノに気持ちが生まれるの!」


「……気持ち?」


「そう! 気持ち! 人が一番この世で大切にするべき精神。気持ちよ!」


「じゃあ、この車にも名前と気持ちがあるんだ? その名前は?」


「あたしが付けたんだけどねー。『ガンバ』って言うのよ!」


「『ガンバ』……その、気持ちって?」


「『いつもあたしたちの旅のために頑張ってくれてる』から『ガンバ』よ!! どう? カッコイイっしょ?」


 エリーは得意気に微笑む。


「そーいう意味だったのか? まんまじゃあねえか……」


「だーっ! うっさいガイ! つか、今まで忘れてたんかよ!!」


「目的地まで距離約3km。まもなくナルスの街に帰還します」


 特に三人の様子を意に介する様子もなく、レーダーを眺めてテイテツが無機的にそう告げる。


「だとよ。本を片付けて降りる準備をしろ。荷物を盗られないようセキュリティもな」


「はいはい」


 降りる準備をするエリーたちの傍で、グロウは百科事典に読みいっていた。


「気持ち……『物事に接した時に抱く心……感情や考え方』…………」


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 ナルスの街は白い石造りの建物が立ち並ぶ簡素な街だ。(現代の地球で言う中近東に近い)所々冒険者と見られる殺気を放つ者や柄の悪い荒くれ者も歩いているが、概ね治安維持は良好そうだ。


「この街ってさー。警察はおろか自警団のひとつもないのよねー」


「強いていえば街の出入口を守っている守衛ぐらいだよな。……まあ、それだけ自分たちで身を守る意識と、その術がしっかりしてんだろ」


 エリーとガイが街の人々を眺めながら呟く。


 危険な旅をする冒険者は勿論のこと、街の商人や住民まで刀剣や銃器など、何らかの武装をしていた。


「確かにこの街に来る前も物騒な噂は聞かなかったし、実際に今いても平和そのものだけどさー……なら、なんでみんな武器持ってんのかな?」


「個人主義が行き過ぎている国や、超大国……例えばガラテア帝国などでは自分の身を守る為に武装するパターンが多いです。ですが、そういった国や街はその武力を制御し切れず、犯罪行為の温床となったり、感情的になった市民による暴動や過剰防衛に繋がったりしやすい。この街の住民が武装し、尚且つ治安維持に努められているのは――」


「自分たちでは街の住民を傷付けることを頑なに禁じてる。ここの奴らが武器を振るう時はさしずめ、外から来た連中が悪さした時だけだろうぜ。『人を殺しちゃならない。だから人を殺す奴は容赦なく殺す』……カッチリした平和への意識の高さじゃあねえか」


 平和を守る為、武装はする。


 武装はするが、それは住民の自治が徹底しており決して私利私欲や感情論で他人を殺さない。


 平和を乱した侵略者は撃退・又は追放。住民が過ちを犯した場合は涙を呑んで誅殺する。


「……ふーん……それって、下手に武器を持たずに平和だーっ、て叫ぶより難しそうね。『力』を持った人間って、少しでも心を乱すと牙を剥くから……そういう意味では、この街、強いね」


「だな」


「強いって、武器を持ってること?」


 街の様子を見て頷くエリーたちに、先ほどと同じ無垢な碧色の瞳を好奇心で輝かせて、グロウは問うた。


「武器でも力でもないわ。心が、よ」


 エリーは、目の奥がギュッと詰まるように渋い顔をして答えた。どこか、己自身の胸に杭でも打つように。


「……さっ、あたしはグロウの服、見繕ってくんね! カッコよくてカワイイのでおめかししなきゃ!」


「……俺もついて行くわ。こいつだけじゃあ、金銭管理もままならねえし、ったく……テイテツはあの遺跡で採れたお宝を市場で売却して来てくれ」


「かしこまりました。では、この立看板のある所へ日没までに集合ということで」


「わかった!」

「りょーかい。頼むぜ」


 そう言ってテイテツは手に入れた財宝の類いを鞄に担いで市場に向かい、他の三人はブティックへと足を向けた。


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「ねーねー! この燕尾服も見て見てー! 超クールに決まってね? ね!? あー、でもこっちのフェミニンなコートも捨てがたいわあ〜」


「おい、まさかこれ……全部買う気か?」


 ブティックに着き、服を物色し始めて約30分。


 買い物籠には豪華な、しかし長旅をするには実用性に欠ける『お洋服』が山と積まれている。


「……こうなると思ったぜ。ついて来て正解かよ」


 痛そうに頭に手を当てるガイの前には着せ替え人形よろしく、様々な服をコーディネートされているグロウと、手当り次第に服を手にしては持って来て着せるエリーの姿がある。


「この子、綺麗な髪と肌してるし、こんなのとか!?」


「めちゃくちゃ女物じゃあねーか!」


 今度は、フリフリのゴスロリドレスを着せられるグロウ。さすがにガイも見かねて意見する。


「おめえ、さっきから余所行きもいいとこな高ぇ服ばっかり見繕いやがって! グロウは特権階級ですか? 何処ぞの豪商の坊っちゃんのつもりですかコラ、あァ!?」


「えー! いいじゃん、せっかく仲間になったんだし! イイ服着せてあげたいじゃん!」


「実用性を考えろっつってんだ俺ァ! いつ終わるとも知れねえ長旅! 危険だらけの道中! こんな動きにくくて高ぇ服ばっか着せられっか!」


「お金なら今、テイテツが調達しに行ってんじゃんよー! だーいじょぶ、足りるって〜」


「資金がもつわけねえだろ! てめぇ、家計簿のお勉強も必要みてぇだァなァ!? よしんば足りたとしても他の路銀や装備のメンテナンスに足りるわけねぇだろが! 使えねぇ服と必要経費の路銀とどっちが大事だ! あァん!?」


「うーわ。何その『仕事と私とどっちが大事!?』みたいな女々しい台詞! ガイ(漢)って名前のクセに! 宵越しの銭は持たねえ、ぐらい言えないのォ!? へへーん!」


「何『上手いこと言った』みてぇに得意気な顔してんだ。何も上手くねえよこのボゲ!」


「うにゅにゅにゅにゅ〜!」


 ガイはエリーの頬をつねり、痴話喧嘩に発展しそうな二人の夫婦漫才を繰り広げる。当のグロウは服の山と二人を眺めながら『???』マークを頭上に浮かべてキョトンとしている。ちなみにエリーが何十着と積んだ服は一着あたり高級宿に二度ほど泊まれそうな値段なり。


「あー、ちくしょう! 俺がマシなの持って来てやる! ……これと、これと……これなら動きやすいだろ」


 ガイが見繕って来た服はスポーツ用品コーナーにあったスポーツシャツとジャージのズボン、登山用スニーカーだった。


「どうだ。これなら安いから何着か買えるし、機動性や吸湿性もバッチリだぜ。長旅にも耐えられる!」


「え〜……いっくら旅に向いてるっても、これじゃあ不格好過ぎるよぉ……ガイ、服の趣味悪い!」


「うるせぇ! 旅とか日常生活が楽に送れりゃあそれでいいんだよ!」


「……動きやすーい! 涼しーい!」


「グロウはちょっと黙ってなさい!」


「大体なんで服を着る本人が服選びに参加させてねぇんだ! 不公平だろーが!」


「ムギイィィィーッ!!」


 不毛な喧嘩になりかけたその時。


「あの……旅を、されてるんですよね?」


「あァん!?」

「なにー!?」


 剣呑な語気のまま振り返る二人。


「わ……私、同い年くらいの男の子の旅支度、分かります……こういうのはいかがですか?」


 声を掛けてきたのは、12、3歳ぐらいのグロウと背格好が同じくらいの少女だった。少女は怒鳴り声に怯みつつもおずおずと服を差し出した。


「……ありゃ、これはー……」

「……ふーむ……なかなか……」


 少女が差し出して来た服は、ゆったりとした異国情緒溢れる装束だった。雨や砂埃を防げるよう革のフードに透明なフェイスマスクが付いており、それでいてボトムスは七分丈で手足の部分は布地が余っていて通気性が良い。さらに服全体にはこれも毛皮や革のポシェットなどが多く付いていた。民族衣装らしい刺繍(現代の地球でいうエスニックに近い)も彩が豊かだ。しかも軽い。


「これに……こちらのブーツを履いて、リュックサックを背負えば、ほら!」


 次に差し出したブーツは登山用ほどの頑強さは感じられないが、軽くて柔軟だった。旅慣れた者でなくてもすぐに荒野を歩くことが出来るだろう。リュックサックも編み込みがしっかりしており、とても丈夫そうだ。こちらも荷物を入れやすくストレージの位置や形が工夫されており、これまた民族衣装らしさのあるお洒落な旅鞄だ。


「……ちょっと着せてみるわ」

「だな」


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 先ほどまで一糸纏わぬ姿で現れ、辛うじて毛布にくるまれていたグロウだが、異国情緒溢れる装束もリュックサックもよく似合っていた。


 どこか異邦人を思わせる格好は、グロウという少年が持つ謎めいた素性や雰囲気がなお、それを魅力として引き立たせていた。


「この刺繍や革製品はこの街の特産品なんです。……気に入って、もらえるでしょうか……?」


「……いいじゃん! グロウ、似合ってるじゃん! カワイイー!」

「値段も意外に手頃だな」


「??? よくわかんないけど、この服着やすいよ。一番好きかも!」


 グロウは服飾雑貨だとかお洒落だとかはまるでわからないが、この服が自分に合っていると何となく理解したようだ。


「よし。この服で決まりだな……色違いでもう二着ほどあるか?」


「あっ、はい! あります! お買い上げありがとうございます!!」


 少女は先ほどまでどこか不安そうだった顔がぱあっ、と花が咲き顔中まで血が通ったように明るく微笑んだ。


「お嬢ちゃん。服のコーディネート上手いねー! しかも、旅装束なんてよく選べるわね!」


「えへへ……旅人さんの服とか、よく見てるから……それで……あちらの買い物籠の服は、どうします?」


「そりゃあーもう! パーっと――――」


「パーっと、ご返却だ。籠ごと丸々な。商品を戻す手間かけさせてすまねえ、嬢ちゃん」


 冷徹に返却するガイの背中に、エリーはオニ! とかアクマ! とか罵声を浴びせていた。


「……うーん……確かにリーズナブルな買い物だけどさぁ……もうちょいめかし込んでもいいんじゃあないのー?」


「しつけぇぞ。……ハイ、お勘定頼むな」


「お買い上げ、誠にありがとうございます! ……それと……」


「?」


 ブティックの店員、恐らく家業の手伝いであろう少女は明後日を向いたり俯いたりして、何やらまごついている。


「どうしたの、お嬢ちゃん?」


 エリーが朗らかに尋ねると、少女はゆっくりと顔を上げて答えた。


「……その、良かったら、でいいんですけど……私の頼みを聞いてくれませんか? お礼はきっとします」


 少女は目に純真さと何かの憧憬の光を放ち、瑞々しい面持ちだった。

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