第91話 捻じ曲がった幼心

 ――――ニルヴァ市国で修行を始めてはや2ヶ月。





「――ふううううう…………」





 ――練気チャクラの修行をひたすら続けるエリー一行は、ますます練気を使いこなせるようになってきた。






 ガイが回復法術ヒーリングを、枯れかけた樹木に対し精神を集中し、掛けてみた。グロウの治癒の力ほど素早く強力ではないにせよ、例の祝詞に似た詠唱をせずともかなり傷んだ生命体を治せるようになってきた。





「――おっ。素晴らしい早さと回復力だ。詠唱なしか?」






「……ああ。試してみたくてな。かなり強くはなったが、やっぱまだ詠唱の補助がねえといまいち早さはともかく回復力が足りねえぜ……へっ。」






 ヴィクターの賞賛にガイはやや謙遜しつつも、自分の中の確実な成長に内心、喜びが込み上げ、口元に笑み。






「――さて。わざわざ治して済まねえが、試し斬りになってもらうぜ――――おっと。思わずグロウみてえなこと言っちまったぜ……」






 治したばかりの木を、今度は剣技の試し台にする。ここニルヴァ市国でストイックに練気という生命力が関わる修行をしてきたせいか、妙に自然に対して敬意のようなものが生まれつつあった。木に自然と話しかけてしまうガイ。






「――――はあああああ…………」






 いつもの二刀流ではなく、ひと振りに集中する為に一刀流で、刀を納刀したまま身体を捻り、居合抜きの構えで集中する。







 木との距離はかなり遠い。5、6メートルは離れたろうか。練気を集中して高め、ガイの全身から青白いエネルギーが立ち昇る。







「――――ハアッ!!」






 刀の先端まで練気のエネルギーを伝えたまま、刀を抜き放った――――青白い光を伴った斬撃は、そのまま斬圧をエネルギーの刃として飛んでいく――――!






 ――鋭い斬撃音と共に、やや切れ味が荒いが、老木は木屑と繊維を散らして真っ二つに倒れた。







「――御見事!! 斬圧を飛ばすとはな…………それもなかなかの切れ味だ。」






「――ああ。だが…………」






 ガイは斬った老木の傷跡を手で触って感触を確かめる。斬圧は飛ばせたのに、あまり浮かない顔だ。






「――解るようだな。威力は高くとも、理想はまだまだということを。」






 ヴィクターは察して、ガイに頷く。






「――これじゃあ、相手を殺しているだけだぜ。伝記に描かれている聖騎士ってのは……ただ武力が高いだけの戦闘員じゃあねえ。確かに斬圧を練気で飛ばして飛び道具に使えるが……なんつーか…………聖騎士の使う剣技ってのは、ただ敵をぶった斬るんじゃあなくて…………『斬っていながらなお、斬られた者が生きているような』。そんな技を使えると思うんだ。」





「――ふむ。それはある種の不殺ころさずと言うものか……?」





「――わからねえ。だが…………イメージとしては近いかもな。斬りはしても殺さねえ。聖騎士様の御業のような剣――――」






 ――だが、そこでガイはハッと我に返ってしまう。







「――何言ってんだ、俺ぁ。聖騎士様なんてのは御伽噺の中の存在だぜ。こんなのは練気の為の力の具現化に過ぎねえ。はっ…………とっくに神様なんてふざけた存在に愛想尽かした癖に、俺は何言ってんだか。へっ…………」








 ――自分の中に確かに残っている、聖騎士が持っていたと思われる神への信心。それがふと自分の中から自然に湧き上がって来たことに気付き、ガイは心の中で唾棄した。







 ガイにとっては神への信心など、孤児院時代に刷り込まれたもの。それはエリーとかつてのグロウだった弟分の惨劇を前に粉々に砕け散り、理不尽な仕打ちを人間に与える神への不信どころか憎悪にすら成り代わったはずだった。








 苦汁にがりを飲んだような気分になり、顔を引きつらせる。







 ヴィクターは心配そうに、額の皺を深くして困り顔でガイの背中に声を掛ける。







「――ガイよ。信仰は自由。お前の神を否定する気持ちも、過去の惨劇も改めろとまでは言わん。だが……子供の頃は確かにあったのだろう? 明日の為に、ただひたむきに鍛錬に励んでいたのだろう? 聖騎士という己の憧れる英雄像が。自分を高めてくれるのならば、そんなに過去の自分を否定せずとも――――」






「――だあっ! うるっせえ! 俺の勝手だろ。現に修行の成果は出てるじゃあねえか。ガキの頃の俺は夢ばっか見てて未熟だった。神様なんて形も力もねえもんに縋ってたせいで、昔のグロウは死に、エリーは傷付いた。それだけだ。」






「ガイよ…………」







 ――ヴィクターは、己自身の純粋な気持ちに向き合えない、つまりは自分の中の英雄への憧れと目標に背中を向けてしまう彼のこれまでの険しい人生に心を痛めた。例え以前のように強烈な一喝を与えたとて、効かないだろう。







 こればかりはどんなに実力を付けても、時が経っても、彼自身が自分を肯定しない限りジレンマは続くのだろう。






 ヴィクターは、気付かれぬ程度に、ガイの背中に向けて密かに、例の拳を突き合わせて頭を垂れる一礼をした。ガイが自ら殺してしまったかもしれない彼の純真な子供心への哀悼の念だ。







「――さて。セリーナの方はどうかな…………」






 ヴィクターは、少し離れた処で修行するセリーナの方へ歩み寄った――――

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