第13話 悪魔への贄
エリーたちは鉱山都市の奥深くの宿まで案内された。
鉱山が間近に見えるほど進むと、案内人が言う通り到着する頃には陽が落ちていて、夜の闇が広がってきていた。
「さあ、こちらです――――おおい! お客さんだ! ――ささ。丁度夕食も出来上がったところですよ……」
「わー! ホントだ、いい匂いすんじゃんー! 早く入ろ入ろ!!」
エリーは空腹に腹の虫を鳴らしながら、喜び勇んで宿の中へと入っていった。
無骨な鉄作りの玄関を潜り、案内人に招かれるまま廊下を渡り…………やがて、大きな食堂へと入った。
食堂には、いかにも鉱山夫らしい岩のように盛り上がった筋を持つ屈強な体躯をし、一人残らずぼうぼうとした髭を生やした男たちが、ジョッキを片手に鋭い一瞥を向けてきた。
「――あアん?」
鉱山夫たちが向けてくる殺気に負けず、ガイも凄んで見せた。
食堂に屯する男たちは、ある者は渋い顔をしながら酒を飲み、ある者は「けっ……」と不景気な声を吐いて顔を背けた。
「……なんだってんだ、ここの野郎どもは。初対面の人間に殺気を向けてきやがって」
「もー。そんなつまんないことで恐い顔すんじゃあないの! せっかくの夕飯が不味くなるわよ!」
珍しくエリーがガイを宥める。ガイもまた「けっ」とひと声吐いたのち呟く。
「まあ、余所者に冷たい野郎どもは珍しくねえよな……だからって、なーんか気に入らねえぜ……」
ガイは、妙な引っかかりを感じながらも、エリーの後に続き、食卓へと向かった。
エリーたちは、最大20人は掛けられそうな宴会用と見られる席に通された。真ん中あたりに山ほど皿が並べられている。
「うっひゃー! 想像以上じゃん!! テンション上がるー♪ ね、ね、セリーナもそうでしょ!?」
「む。ま、まあ……これだけ豪勢な食事は……久しぶりだ。どれぐらい長い間だったか……ずっと携帯食料だったからな…………」
「わあ……本当に、ここには生命の糧が沢山あるね…………精気が漲ってる。これからみんなでいただきます……」
グロウは、胸に手を当てながら瞑目し、これから平らげる食物に感謝を尽くした。
「――? グロウ、貴方は…………エリー。グロウには食物連鎖や宗教観などの学習を?」
「んー? 食物連鎖……ってなんだったっけ……?」
「おいコラ教育係」
露骨にガイに渋い声で凄まれ、びくつくエリー。
「――お、お、覚えてますとも!! えっと……食物連鎖は小さな生物から大きな生物へと……うーん……そう! ピラミッド! 数を図にすると三角形を描くように構成されてる他の生物を食べるランク? みたいなもんでしょ? 下に行くほど数が多くて上に行くほど数が少ない。食物連鎖の上に立つ生物ほど強いと言えるけれど、そのずーっと下を支えている生物がいないとバランスが崩れて……やがては上のランクにいる生物から絶滅の危険があることを示す、自然の摂理! ……こんな感じだよね? ね? テイテツ?」
「……やや雑で細部の説明に乏しいですが、概ねその通りです。では、『食べ物をいただく』というある種の宗教観については?」
エリーは頭をボリボリと掻きながら、早く御馳走を食べたいなー、でもガイに叱られたら嫌だなー、といった気持ちの揺れ動きを感じながら答える。
「しゅ、宗教観については……まだ教えてないかなー……だ、だってさあ、『糧になる動植物が神様から与えられたー』、とか、『大地の恵みを人間が摘み取ったー』、とか、食物連鎖の摂理が解っている以上、無理があるっしょー? ガラテア共の教科書でもそういう宗教観的な部分は削除されかかってるし。
「……確かに。科学至上主義とも言えるガラテア帝国の教育なら宗教的な側面は祖国への過ぎた愛国心にのみ注がれますね。その様子だと、食物連鎖もそれを教唆するような宗教観もグロウには充分には教えていないはず――――」
(――――まさか、グロウは無意識に食物連鎖の概念や自然への崇拝の念を初めから持っていた? あるいは、とてつもない速度で学習しているのか…………)
またひとつ。テイテツはグロウという謎の少年に対する疑念を深めた。
「ねー、テイテツ。なーんか難しいこと考えてるみたいだけどさ。まずは早くメシにしよーよー。あたしもう腹減りでしんどいんだけどー! 宿代なら、さっきガイが案内のおっさんに渡したよねー?」
「あア。……何かグロウに対して謎に思うことが多いのは、俺も同じだぜ、テイテツ。だが、腹が減っては戦いも研究も始まんねえだろ? まずは栄養を摂ろうや。久々に宿で、こんな豪勢なメシだぜ?」
「……そうですね。まずは休養を取ります」
――テーブルの上にはまさしく『御馳走』が並んでいる。肉料理が多めだ。
上等なソースがかかっていてよく焼けた獣肉のブ厚いステーキ。
塩味が効いていそうなバターを惜しまず塗ったパン。
少し離れた田畑から運んできたであろう、目が楽しい緑黄色の野菜のシチューやラタトゥイユ。
骨付き鳥肉の香ばしいフライの山。
鉱山の近くに工場もあるのだろう。濃厚な色をした地酒もたんまりと樽にして乗っている。子供には爽やかな風味の蛍光緑色のソーダ水が置いてある。
極めつけは巨大な鍋に煮てある獣肉や青魚、野菜や穀物を溶き卵に絡めて食べる鍋料理。ちょうど現代日本の大衆料理『スキヤキ』に近い。
どの料理にも……独特だが、実に美味そうな風味を感じるスパイスが、たっぷりとまぶされている……。
エリーたちは旅の為の食糧ならあるのだが、せいぜいシリアルや味気の無い携帯食料がほとんどなので、こんな馳走には久々にありつけるのだ。5人が5人とも、自然と腹の虫が鳴り、口の中は唾液で満ちてくる。
案内も務めた、宿の亭主が告げる。
「お気に召していただいたようで何よりでございます……それでは、ごゆっくり――――」
「ほら、みんな座って! ――――いただきまーす!!」
皆、こぞって目の前の御馳走を平らげるべく手を伸ばした。
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「んあ……?」
気が付くと、エリーは何やら薄暗い部屋の、やたらと大きな……しかし薄汚れたベッドの上にいた。
だが――――
「――あたし、何でここに…………それに、手――――」
身体を起こそうとしたが、動けない。
エリーの両手足は、鋼鉄の錠と鎖で固く縛られ、動けない…………。
「……すう……すう……」
「――セリーナ……? 貴女も?」
すぐ隣にはセリーナも横たわっていた。エリーと同じく縛られている上に、まだ目を醒ましていない。寝息を立てて眠っている。
エリーは何とか身体を転げて、セリーナに呼び掛ける。
「――セリーナ! セリーナ!! 起きて!! 様子が変だよ!」
「――うう……はっ……」
エリーの声に、ようやく目を醒ますセリーナ。
「……エリー……? あれ……どうしたの…………私たち、夕食を食べてるんじゃあ……」
セリーナは意識が覚醒し切っていないのか、まだ目が虚ろだ。
「……しっかりして!! あたしたち……なんかヤバいことになってるよ!!」
「――――夕食なら……これからだぜ…………俺たち全員分の、な……」
「……!?」
不意に、部屋の扉が開いた。急に光が射しこみ、エリーは目を細める。
すると――――先ほど食堂にいた者たちだろうか。屈強な鉱山夫たちが、ぞろぞろと部屋になだれこんでくる。
男たちは、何やら悪魔を連想させるような角のついた被り物をし…………皆、噎せ返るような息を弾ませ、上気している。
「――あんたたち……何する気――――!? まさか、あたしらを――――」
「――どうか、悪く思わんでくれ。俺たちの中のケダモノと悪魔を吐き出すには、昔っからこうするしかねえんだ…………あの軍隊共を駐留させてからは、尚更、な――――ああ、山々におわす石の神々よ。我らに逞しき獣の力を与え給え。そして…………目の前の女の柔肌の肉なる快感を、ケモノの本懐を供物に捧げ……我らの穢れと共に、ケモノの穢れと悪魔の情欲を、今、浄化せん――――」
男たちが、太い腕を伸ばしてくる。
男たちの身に伴うモノは、紛れもない。
女子供の身体を、心を犯し尽くし、一時の排泄を遂げる為の、獣欲だった――――
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「――う、うう……なんだ、こりゃあ。」
一方。ガイは何やら木で出来た部屋にいた。
牛馬の糞尿の臭いが鼻を刺激し、俄かにガイは目を醒ました。
「――ここは。」
牛馬の臭いがした通り、ここは牛馬の小屋のようだった。外から漏れる微かな月明かりしか、小屋の中に光はない。
ガイもどうやら縛られ、動けない。こちらは荒縄で後ろ手に縛られ、固い木の椅子に座った状態だ。全く動けない。
「気が付かれましたか、ガイ」
「テイテツ……こりゃあ、どういう冗談だ。」
声のする方を見ると、テイテツも同じく後ろ手に縛られて椅子に座らされている。
「我々は、完全に嵌められました。私も迂闊でした。このエンデュラ鉱山都市に古より伝わる風習を、すっかり失念し警戒を解いていました。申し訳ございません」
「……今、必要なのは謝ることじゃあねえ。この拘束を解いて、エリー……は、ここにはいねえようだな……脱出することだ」
ガイは何とか藻掻いてみるが、ガイの力でも、拘束は硬く解けそうにない。
「これは、エンデュラ鉱山都市の近隣にしかない伝承で、単なる寓話の類いかと思っていましたが、この状況を鑑みるに、事実に基づいた伝承だったようです」
「うるっ……せえ! いーから……おめえもっ……この縄をっ……!」
「その昔、ここは鉱山資源が豊かな村でした。ですが、鉱山を掘りつくすうちに山の悪魔の怒りを買い……『呪い』をかけられたと聞きます」
「っんな……御伽噺……どうでもっ…………!」
「『呪い』を受けた村人たちは、引き続き鉱山を掘り進むことを赦されるだけの強壮な肉体の力を受ける代わりに、絶えることのない『飢え』に苦しみ続けた」
「いーからテイテツ! おめえも――――」
「『飢え』に苦しみ続けた村人は、以来女子供を攫い、性欲を満たす為に蹂躙し尽し、その亡骸を悪魔に供物として捧げるようになった、と――――」
「――なんだと!?」
「この伝承……いや、純然たる風習が今も続けられているとしたら、男性よりもむしろ女性や子供の方が危険です。既にエリー、セリーナ、そしてグロウは鉱山夫たちの慰みものにされかかっている、かと」
一瞬、寒風が吹き抜けたような緊張感がガイとテイテツに降って来た。
そして、ガイは轟然と咆哮した。
「――――糞共があああああああーーーーッッッ!! 誰がッ……貴様らにエリーを好きにさせるかよ!!」
「ただ、彼らもこの風習は悪しきものと自覚はしているはず。故に廃れたものだとばかり思っていましたが……何故ゆえに復活したのか……」
「知るかァ!! んなもん!! 何が何でも奴らをぶちのめして、エリーたちを助ける!!」
そう叫ぶなり、ガイは強く頭を下げて荒縄に齧りつく!!
――否。
「ボケは(が)……! こんは(な)んで
齧りついたのは荒縄ではなく、ガイの服の腕部に隠してあった、剃刀のような刃であった。
ガイは器用に歯に咥えて、剃刀を縄に沿わせて、少しずつ切り裂く。
(待ってろ、エリー、グロウ…………!)
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「――んんん……あっ…………?」
また一方。グロウは独り、別の部屋のベッドに横たわっていた。エリーとセリーナ同様、錠と鎖で縛られている。
既に、悪魔の仮面を被った男たちは、己が身の獣欲を満たそうと、グロウのすべすべの肌に手をかけるところだった。目が醒めたことに気が付き、声をかける。
「おっと……目が醒めたかア……へへへへ…………子供はネンネの時間だぜえ…………最も――――これから何日も眠れなくなるくらい交わるんだがなア……どろどろになるまで犯してやるぜ…………!」
「――!!」
気が付いたグロウは血の気が引いた。が――――それ以上に男たちに憐憫に似た視線を送る。
「……このエネルギー……この熱…………僕に種を蒔くつもり…………? 僕、オスなんだけど…………種を蒔いても、孕まないよ…………?」
恐怖に声が震えながらも、疑問を投げかける。
「ひっひっひ。孕むかどうかなんてのは、俺たちの趣味じゃあねえのさ。この身の獣欲を満たし、悪魔の穢れを吐き出してえ。それだけだ…………なあに、静かにしてりゃあ、かわいがってやるからよ。カワイイ坊や」
男たちが卑劣な笑い声を上げる。
「――かわいそうに。」
「……ああん…………!?」
グロウの、心から憐れだ、という気持ちの籠った声と視線に、情夫たちは顔をしかめる。
「
「な、何わけわかんねえこと言ってやがる…………ッ」
「………………」
男たちはいきり立つが、グロウはただただ憐憫を込めた眼差しで見つめている。
「てめえ! そんなにグチャグチャにされてえかあ!? や、やめろォ…………そんな…………そんな目で……俺たちを見るなアアアアーーーーッッ!!」
やがて。
月夜の下、『生贄の』宿からはガタガタと騒音が鳴り響き、悲鳴が上がった――――
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