第14話 狂宴宿での攻防

「――――よし。これで――――!」




 剃刀で荒縄を削り切ったガイは、一気に力を込めて捕縛を解き、引きちぎった。




「テイテツ、待ってろ」




 すぐに背中合わせになっていたテイテツの荒縄も、自由になった手に剃刀の刃で切り、その身を自由にした。




「俺たちの武器や荷物は――――くそっ、近くにゃあねえか。奴らと十分に相手にするにゃあ、武器がねえと心許ねえ……」




「まずは隠密行動で武器を確保しますか?」





「そうだな。逃げたことがバレないうちにとっとと――――いや、待てよ……」





 つい先ほどまで激怒し、咆哮すらしていたガイだが……エリーたちを助ける為に思案を巡らすうちに、だんだん冷静になっていく。





「……奴らがクソッタレな性欲でエリーたちを慰み物にするには……大きな見落としを奴らはしているな。だが、仮に個別に監禁されてるとしたら厄介だ。まずは……武器は適当な物で代用して、グロウから捜すぞ。」




「了解。では、そこに転がっている鉄パイプにしましょう。ガイ。貴方の技ならば屈強な鉱山夫と言えど昏倒ぐらいは出来るはずです」




「おうよ。テイテツは建物の中で迷わねえように、よく道を覚えといてくれ。じゃあいくぜ!」





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 ガイたちは小屋の扉を蹴破り、先ほどの宿屋を目指す。





 周囲でただ一軒。灯りが灯っている部屋がいくつもある宿屋。見つけることに苦労はしなかった。





 裏口から侵入し、灯りの灯る上階を目指す。ガイたちは迅速に、しかし忍び足で向かう。




 4階まで駆け上がった辺りで、例の悪魔の仮面を被った男が見張りをしている通路、そして薄明るい光がドアの隙間から漏れる部屋もある。




「――ああ……俺の順番まだかなア…………早く…………早く、ぶちまけて発散してえよオ……」




 間取りは、T字路になっている。南側の通路にガイとテイテツ。北へと伸びる通路の途中を左折すると男が立っている。




(このまま近付くと見つかるな……テイテツ。)




(わかっています)





 テイテツは静かに右足の靴を脱ぎ……男が余所見をした瞬間に、北の通路に向けて投げる! 





 ごとっ、と音が響き、男も気付く。





「ん? なんだあ……? こっちから聴こえたな――――」





 男が北側の通路を進み、ガイたちに背を向けた。――――チャンス。





「おあ? なんだこれ、靴――――」




「ふんッ!!」



「ぎえッ……!」





 すかさず、ガイは手にした鉄パイプで男の後頭部を一撃。昏倒させた。





「――よしっ。クリアだ。この辺にエリーたちがいるはずだぜ。すぐに助けに――――」





「――――うぎひあああああああアアアアアアアアーーッ!!」





 ――突然。灯りが灯る部屋の一つから猛烈な衝撃と共に爆裂したドアや壁と共に、情夫たちが情けない悲鳴を上げ吹き飛ばされてきた!!




「――行く必要も無いと思ったぜ。おめえら2人ならな…………」




 埃を巻き上げ、出てきたのは勿論――――




「――あたしを強姦レイプしようなんて、1億万年早いってのよ……」



「――私を組み敷くことを赦すのは、家に残してきたあの人だけだ……」




「「失せろ、下衆野郎共ッ!!」」





 ――錠や鎖など容易く引きちぎり四肢からぶら下げ、そう健啖を吐くエリーとセリーナだった。




「――ハイハイ。……うひえっ……一人残らず男の急所が潰されてらあ…………こっちまで寒気がすんぜ……」




 激怒していたはずのガイは情夫たちに対して、仮にも同じ男性としてほんのちょっぴり同情もした。




「――ガイ! 助けに来てくれたのね~!?」




「そうだが、まるで必要無かったな……」



「グロウは!?」



「まだ見つかってねえ。急ぐぜ」



「うん!! 待っててねグロウ――――ふんっ!!」




 エリーは掌から出す熱と怪力で、ぶら下がっている錠と鎖を完全に砕き、重りも元々取り付けているリミッター以外ゼロにした。続いてセリーナの四肢の錠と鎖も砕いた。




「行こっ、セリーナ、テイテツ、ガイ!!」




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「――やだっ! 離してよ…………っ!!」





「暴れても無駄だぜ、ひひひ……大人しく俺たちに喰われちまうんだなア」





 グロウは藻掻くが、四肢に錠と鎖に繋がれ、屈強な情夫たちに組み伏せられている。非力な少年には抗いようもない。




 情夫たちの腕がグロウの衣服に伸びる。容易く破かれ――――




 ――――キイイイイイン――――





「ひっ!? ――――ぎゃああああああああああッ!!」





 ――――そう思われた突如、グロウの全身から光が放たれた。





 気が付けば、情夫たちが悉く刺し傷を負っている。




「な、なななんだァアこりゃア!? 何が起こってんだあ!?」





 グロウ自身も驚き、ふと周りを見遣ると――――




「え……?」




 なんと、グロウを捕縛している鉄の錠や鎖から、鋭く無数の棘が伸びている! 鉄の棘が情夫たちを刺したのだ。傷口から血を噴き出している。





「これ……僕がやったのか…………鉄にお願いして…………」




 そして開け放たれるドア。




「――グロウ!! 無事!? って、何よ、このトゲトゲ……」





 踏み込んだエリーは、グロウを捕縛しているはずの錠や鎖から伸びる棘の異様さに見入っている。




「――考えるのは後。まずはこいつらを完膚なきまでに叩き潰さないと――――!」



「――そうだな。」




 セリーナが指の関節を鳴らし、ガイが首の関節を鳴らす。そして鬼の形相だ。




「――ひッ――――!!」




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 それからものの数分も経たず。




 エリーたちは情夫たちを傷めつけて昏倒させた。情夫たちは顔という顔を腫れ上がらせ、骨も所々ボキボキに砕けている。





「グロウ、立てる?」




 エリーは先ほどと同じように、掌から熱と怪力で以てグロウを解き放とうとしたが――――



「――痛たッ! ――もう、このトゲトゲ、何い!?」




 触れただけで、エリーほどの怪力を持つ者でも掴めば手に刺し傷を負った。それほどまでにこの棘は鋭い。




「――ふむ。グロウ。この鉄から伸びる棘のようなモノは……貴方がやったのですか?」





 この状況でもテイテツは変わらぬ冷静さでグロウに問う。




「――うん……そう、みたい…………」




 グロウは、『自分がやった』という確信はあった。確信はあったが、それがなぜゆえに起きたのか。自分のこの能力は何なのか。




 自分自身でも得体の知れぬ力に、助けが来たというのに彼は暗い顔のままだ。




「この鉄から伸びる棘は……まるで、樹木…………何らかの力で『急成長』したとしか――――」





「――――おおい! 獲物どもが逃げ出したみてえだぞおーッ!! 野郎も小屋から出たみてえだあーッ!!」





 建物中に響く、男の野太い声。




「――ちっ。おいテイテツ! 今は分析してる場合じゃあねえぞ!! エリー、さっさとやっちまえ!」




「わかってるって! これなら…………でやあッ!!」





 エリーは、掌に『鬼』の力で高熱を発生させ――――邪魔な棘に手刀を浴びせた!! 




 錠から伸びる棘は、熱と鋭的な力でパラパラ……と折れて落ちた。




「――――ふんぎっ!!」




 今度こそエリーは、グロウを捕縛から解放した。




「――立てる? 立てるわね? じゃあ、急いで逃げるわよ!!」





 エリーたちは再び駆け出し、建物を下ろうとした。





 しかし――――





「――ちいっ! 奴ら、もう階下を囲んでる!!」



 セリーナが後手に回る状況に思わず舌打ちをする。




「――あっちからも来やがる……テイテツ! 他に道は!?」




「ありません。既に塞がれました」




 ガイに苦渋が走り、テイテツは冷徹に告げる。





 俄かに、エリーたちの許へ、轟然と雄叫びを上げて……『悪魔』の仮面を被る男たちは駆け寄ってくる――――




「いや、道ならあるわよ!!」




「何!?」




 エリーの思わぬ声に、セリーナが訊く。




「――道は――――あたしが作る!! みんなついてきて!! ――はああああああーーーッッ!!」





 すると、エリーは『鬼』の力を轟轟と滾らせ、赤黒い英気オーラを立ち昇らせる! 




「こっちよ! 道よ……開けエエエエエーーーーッッッ!!」




 そう。エリーはあのグロウと出会った謎の遺跡で見せたのと同じように――――今度は壁に向かって猛烈な体当たりを繰り出した!! 




 ドゴオオオオオンンン……と豪快な破壊音と共に、外へと通じる大穴が開いた! 




「――おめえら、出るぞ!!」




 ガイはグロウを抱えて飛び降りた。テイテツも続く。




「――本当に……この人たちに『常識』なんてのは通じないみたいね。はは……頼りになり過ぎるぐらいっ、よっ!」



 一瞬驚嘆の念に暮れていたセリーナだが、肩を竦めた後、自身も飛び降りた。





 だが――――





「ちいい、奴ら、思ったより数が多いぜ!! 飛び降りた先にもこんなにいるとはよ!!」





 不運なことに、男たちは既に宿屋を完全に包囲するほどに待ち構えていた。手に手にブ厚い斧を携えている。




「くそっ、キリがねえな……せめて武器がありゃあ!」




「エリー! 貴女の『鬼』の力でこいつら全部薙ぎ倒してしまえば――――」




「駄~目~……。そうしたいのは山々だけどさ。グロウが絶対許さないもん…………それに、ここで『力』を出しちゃったら、山火事じゃあ済まないわよ…………?」





 セリーナの提案に、エリーは内心歯痒い思いでいっぱいだった。




「じゃあ、どうするの!? みすみす殺られろとでも!?」




「ガイ、どうする!?」




「むうう……!」




 ガイは一瞬考えるが、すぐに決断する。




「エリー、おめえは何とかこいつらを食い止めててくれ! 俺たちはその隙に『ガンバ』を取り返してくる!! 山を焦がさねえ程度なら、『力』の開放度はおめえに任せる……!」




「――――了解…………!」





 ――闇夜の鉱山都市で、生命を懸けた闘争の火蓋が切って落とされた――――

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